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カリソン(Calisson):メランコリックな王妃の瞳を形どったお菓子、フランス・プロヴァンス地方の幸せを呼ぶお菓子の歴史

突然だが、カリソン(Calisson)というお菓子をご存知であろうか。

筆者は、ミラノで生活し始めるまでこのお菓子の存在を知らなかった。

初めて食べたのは、ミラノのスフォルチェスコ城近くにあるヴァニッラ・ミラノ(Vanilla Milano)で販売されていたものを購入した時。

少し細長いレモンのような形のお菓子。

初めて食べるお菓子に思わず「これはこのお店のオリジナル?それともイタリアのお菓子?」と聞いたところ、フランスの伝統的なお菓子だとお店の人に教えてもらったのである。

奇しくもこのnoteを書いている頃、瀬戸康史さんが古今東西様々なお菓子を作るNHKの人気番組『グレーテルのかまど』にてこのカリソンが紹介され、作られていたようである。

イタリアにいる筆者はこの放送を見ることはできなかったが、番組の公式ホームページには詳しいレシピが掲載されている。

こちらは、筆者がニース滞在時に訪れたカリソン専門店「ル・ロワ・ルネ」(le Roy René)の色とりどりのカリソンたち。

プレーン味から、スミレ、レモン、イチジク、ピスタチオ、オレンジ、そして苺味までバリエーションは様々。

値段は100gあたり5.9ユーロ、この量で約3ユーロであった。

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こちらのお店は、エクス=アン=プロヴァンスに本店とミュージアムがある他、ヴェルサイユ、マルセイユ、ディジョン、リヨンなど、フランスの各主要都市に15店舗の支店を展開している(2019年11月現在)。

ここでは、ニース店で撮った写真をもとにカリソンを紹介していきたい。

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カリソン(またはカリソン・デクス)の作り方を簡単にまとめると...

1. 地中海周辺地域で収穫されたアーモンドパウダーとアーモンドエッセンス、オレンジの花水、オレンジピール、蜂蜜、粉砂糖などをペースト状にし、型抜きをする。

2. グラス・ロワイヤル(シュガー・アイシング)を上に塗ってオーブンで焼く(『グレーテルのかまど』のレシピでは型抜きをしたミルクせんべいをグラスアイシングでくっつけると書いてあった)。

アーモンドとオレンジの風味がふわっと広がる、食感はねっちりとしたお菓子である。
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カリソンの歴史については諸説あるようだが、次のようにまとめられるであろう(参考にしたサイトや記事については文末の「参考」の欄を参照)。

カリソンの誕生に深く関わったのは、ルネ・ダンジュー(René d'Anjou; 1409-1480)という15世紀のフランス王家ヴァロワ家の分家にあたるヴァロワ=アンジュー家出身の人物。

中世のフランスは、様々な伯領や公国に分かれており、王家の人々が、それぞれの領地および称号を持って統治を行っていた。

つまり、フランス全土を見渡した時、その統治構造は極めて複雑なものであったと言える。

(ブルボン王朝のルイ14世によってフランスが絶対王政の時代となるのは、17世紀末・18世紀初頭以降のことであった)

ルネ・ダンジューは、たった一人でギーズ伯、ロレーヌ公、ナポリ王、アンジュー公、プロヴァンス伯などといった様々な称号を保有していた。

そのために、ルネ1世(René I)や善良王ルネ(Le bon roi René)など様々な呼び名も持っていた。 

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ルネ・ダンジューは、1453年に最初の妻イザベル・ド・ロレーヌが没すると、翌年ジャンヌ・ド・ラヴァル(Jeanne de Laval)を次の妻として迎えた。

しかしながら、ジャンヌはこの結婚に乗り気ではなかった。

なぜならば、結婚当時、ジャンヌは21歳。

その一方で、ルネ・ダンジューは、45歳。

いくら富も名声も権力も持つ男性とはいえ、20歳以上も年上の男性との結婚(しかも向こうは再婚)に対してジャンヌの気は晴れなかった。

とはいえ、娘が親たちの決めた結婚に反対することなどできなかった時代、ジャンヌは、この結婚を受け入れ、ルネ・ダンジューに嫁いだ。

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ルネ・ダンジューも年若い花嫁を不憫に思ったのか、彼女に様々な贈り物を送った。

ところが、ジャンヌは、一度も笑わなかった。

1457年、この夫婦は、エクス=アン=プロヴァンスに移り、現地では、新しい王妃ジャンヌのために豪華な祝賀会が行われることになった。

ルネ・ダンジューは、ジャンヌを喜ばせるために、イタリアの料理人に特別なお菓子を作るように命じた。

晩餐の席でも、ジャンヌは浮かない顔をしていた。

ところがデザートの時間となり、特別に依頼したお菓子が運ばれてきて、ジャンヌがそれを口に運んだ時、彼女は結婚以来初めて微笑んだ。

その時のお菓子がカリソンの原型だったとされている。

このお菓子は、伏し目がちでメランコリックな若き王妃の目の形を模して作られたとされるが、このお菓子を食べたことで王妃ジャンヌは、憂鬱を吹き飛ばすことができたのであった。

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このカリソンをルネ・ダンジューに以来されて作ったのは、イタリアの料理人ということで、カリソンの起源は、12世紀頃のイタリア半島にまで遡るとされているが、筆者にはそれが何なのかまでは分からなかった。

その後、16世紀になる頃には、カリソンは、アーモンドの生産が拡大するとともに、エクス=アン=プロヴァンスの名物菓子となった。

19世紀になると、初のカリソン工場が作られ、さらに多くの地域にこのアーモンド菓子は届けられるようになる。

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美しいパッケージのカリソンは、贈り物にピッタリ。

今でも結婚式などお祝い事のお菓子として人々に求められている。

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筆者が訪れたカリソン専門店「ル・ロワ・ルネ」では、カリソンの他、コンフィチュールやヌガー、チョコレート、ギモーブがコーティングされたアーモンド菓子などが販売されており、また試食も行っていた。

フランス国内にしか店舗はないが、公式のオンラインストアもある。

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実はこの店舗で、カリソン型のUSBも見つけ(写真には撮っていない)思わず欲しくなったのだが、4GBで10ユーロという値段だっため、筆者は買うのを思いとどまった。

「10ユーロあったら16GBいや、64GBのUSBが買えるな」と夢のないことを思ってしまったからであった。

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南仏を訪れると、様々なカリソンを目にすることであろう。

ねちっとした食感、キャラメルとはまた違った甘さのため、ひょっとしたら人によって好き嫌いはあるかもしれない。

それでも、南仏の歴史ある名物菓子として、一度トライしてみる価値はあるであろう。



参考:

「南仏プロヴァンスのカリソン」『NHK グレーテルのかまど』(初回放送: 2019年11月11日)

「レオナール・パルリ社製カリソン・デクス(Calissons d'Aix)のご紹介」『カリソン・デスクとプロヴァンス特産品の店』

Léonard Parli depuis 1874.(レオナール・パルリ社公式ホームページ)

"The origin of Calisson", ByGilles(2013年10月31日付記事)

"Calissons:Aix en Provence", Office de Tourisme.

"The Calisson of Provence: A Sweet Story", The Curious Rambler.(2018年2月1日付記事)


《今回紹介したお店》

「ル・ロワ・ルネ」(Le René)ニース店

住所:29 Rue Benoît Bunico, 06300, Nice, France

営業時間:10:00-20:00

公式ホームページ:le Roy René

※公式ホームページにフランスの他店舗情報、オンラインショップあり。

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