《後編》ラファエル前派(Preraffaelliti Amore e Desiderio):ミラノ王宮にて開催、ラファエル前派の代表作がここに
《前編》に引き続き、《後編》でも、ミラノ王宮で開催された「ラファエル前派:愛と憧憬」(Preraffaelliti Amore e Desiderio)で展示されていた作品を紹介していきたい。
4. 近代的生活(Vita Moderna)
18世紀以降のイギリスの文学やアートのメイントピックとなっていた近代的生活(Modern Life)は、芸術家たちが自身の生活で直面している問題に光をあてるものであった。
移住や旅行、子供の教育といった当時ホットになっていた社会的問題はあったにせよ、芸術家たちの目下の関心は、近代的愛(Modern Love)であった。
ラファエル前派のメンバーたちは、描く対象の内なる感情や思考を表現することに挑戦した。
特に手は、常に、複雑な、時には矛盾に満ちたストーリーを語っている。
フォード・マドックス・ブラウン「あなた、あなたの息子よ」(Ford Madox Brown(1821-1893), Prendete Vostro figlio, Signore; 1851-52/ 56-57)。
このミステリアスな絵は、鑑賞者が、鏡ごしに映る「あなた」(Sir)となるような視点で描かれている。
不自然な赤子の抱き方をする女性は、幸福なのか、不幸なのか。
この時代、婚外子を見捨てることは男性とってはよくあることであった。
絵の作者であるブラウンは、この絵のモデルのエマ(Emma)と結婚した。
またここに描かれる赤子のモデルは、彼らの第二子のアーサー(Arthur)である。
ブラウンは、アーサーが亡くなった後、この絵を描くのを止めたため、本作は未完のまま、今に伝わっている。
フィリップ・ハモジェニーズ・コールドロン『破られた誓い』(Philip Hermogenes Calderon(1833-1898), Giuramento infranto; 1856)。
1850年代、ラファエル前派は、フィリップ・コールドロンのように、サークル外の芸術家たちにも影響を与えるようになっていた。
柵の外で男性は、わずかに口もとが見える女性に対して、新しい愛を表すピンクのバラの蕾を送っている。
しかしながら、その一方で、柵の中では、その男性の妻が、打ちひしがれた様子で立っており、彼女の足元には萎れた百合がある。
皮肉にも、妻が着ている服の模様となっているツタは、永遠の愛を表すもの。
恋心、期待、絶望が、一枚の絵の中で表されている。
アーサー・ヒューズ『4月の恋』(Arthur Hughes(1832-1915), Amore d'aprile; 1855-56)。
ヒューズは、メンバーではなかったものの、ラファエル前派に影響を受けた画家であった。
本作は、1856年、アルフレッド・テニスン(Alfred Tennyson)の詩とともに、ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツで展示され、好評を博した。
日に照らされたライラックの花は、若い恋人たちの愛を表しているが、少女の足元に落ちたバラの花弁は、彼らの愛の終わりを暗示している。
ジョン・コリンソン『空の財布』(John Collinson(1825-1881), Il borsellino vuoto(replica di "In vendita");c. 1857)。
コリンソンは、もともとラファエル前派のメンバーであったが、のちにグループを離れた。
ここでは、教会のバザーで様々なものを売るミドルクラスの女性が描かれている。
ウォルター・デヴェレル『ペット』(Walter Howell Deverell(1827-1854), Un animale domestico; 1853)。
この時代、作家や哲学者たちは、人間と自然界との関係について論じた。
この絵は、法律家であり博物学者のウィリアム・ブローデリップ(William Broderip)の次のような言葉とともに展示された:
「ペットを儚いものとして扱うことは、信用ならぬ親切心なのである。」
ロバート・ブレイスウェイト・マルティノ『キットの書き方レッスン』
(Robert Braithewaite Martineau(1826-1869), La Lezione di scrittura di Kit; 1852)。
本作は、チャールズ・ディケンズ(Charles Dickens)作『骨董屋』(The Old Curiosity Shop)の一場面を描いたものである。
親切な孤児ネルは、友人のキットに書き方を手取り足取り教えている。
キットは、当惑した顔で机に向かっている一方で、ネルは、優しく彼に向き合う。
この絵は、「自立」(self-help)運動の始まりを反映しているのである。
フォード・マドックス・ブラウン「ひどい主題」(Ford Madox Brown(1821-1893), Cattivo soggetto; 1863)。
本作は、果物をかじりながら文字を書き散らす、落ち着きのない少女を表現している。
1870年代、子供の教育に対する関心が高まる中、義務教育の必要性が人々に認識されていった。
アーサー・ヒューズ『木こりの娘』(Arthur Huges(1832-1915), La figlia del boscaiolo; 1860)。
眠りこける少女は、おそらくヒューズの娘がモデルとなっている。
彼女の両親は、木の後ろで働いている。
木こりの父のジャケットと母のショールが眠る娘にかけられ、両親の代わりにコマドリとリスが幼い少女を見つめている。
5. 自然への信仰(Fedeltà alla Natura)
ラファエル前派は、屋外で作品を描くことも試みた。
汽車や汽船は、芸術家の創造力を刺激するような旅へと誘った。
ラファエル前派のメンバーは、光の新しいモチーフと効果の豊かさを観察した。
ジョン・ブルット『フィレンツェの眺め』(John Brett(1831-1902), Veduta di Firenza da Bellosguardo; 1863)。
ブルットは、1861-63年の間にフィレンツェに訪れ、イギリスのアーティストたちが集まっていたブリキエーリ邸(Villa Brichieri)からの眺めを描いた。
フィレンツェの町並みやアルプスが一望できる美しい風景がである。
ジョン・ブルット『ドーセットの岩壁からのイギリス海峡の眺め』(John Brett(1831-1902), Il Canale della Mancia visto dalle scogliere del Dorset; 1871)。
6. ロマンス(Amore Romantico)
1853年、ラファエル前派のグループは、一旦活動を休止した。
その後、彼らは、新しいメンバーを迎え、結成当初からの中心メンバーであるロセッティは、イタリアの詩人ダンテ・アリギエーリ(Dante Alighieri; 1265-1321)やイングランドの作家トマス・マロリー(Sir Thomas Malory; 1399-1471)といった中世の文学を題材としたサイズの小さな絵を描くようになっていった。
会則などを持たない、まさにボヘミアンなスタイルをとったラファエル前派。
彼らは、日常生活の一面を切り取った複雑な感情を表現しようと努めた。
ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ『バラの愛』(Dante Gabriel Rossetti(1828-1882), Roman de la Rose; 1864)。
この作品は、ロセッティが17歳の時に書き始め1861年に出版された『初期イタリアの詩集』(Early Italian Poets)の口絵となったものである。
この『初期イタリアの詩集』にダンテの『新生』(Vita Nuova)の翻訳を収録したロセッティは、ダンテを中世と近代のアートの基盤を気づいた人物として捉えていた。
中世イタリアの詩人もダンテ、この絵を描いたロセッティもダンテ・ゲイブリル・ロセッティと、どちらも「ダンテ」という名でややこしいため、以下、ダンテとは詩人のダンテ・アリギエーリ、ロセッティとはラファエル前派のダンテ・ゲイブリル・ロセッティということにする。
ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ『ベアトリーチェの死に立ち会うダンテの夢』(Dante Gabriel Rossetti(1828-1882), Il sogno di Dante alla morte di Beatrice; 1856)。
ロセッティは、ダンテの『新生』に着想を得てこの絵を描いた。
ベアトリーチェ (Beatrice Portinari)は、ダンテが幼い頃に出会いって以来、恋い焦がれ続けた女性であったが、2人の人生が交わることはなかった。
このベアトリーチェが24歳の若さで亡くなった時、ダンテは深く嘆き悲しんだ。
以降、ベアトリーチェは、ダンテのミューズとして、彼の作品の中に登場している。
ロセッティも、妻となったモデルのエリザベス・シダルや他の女性たちと自分自身の関係を、ベアトリーチェとダンテの関係になぞらえて創作に励んだ。
ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ『パオロとフランチェスカ・ダ・リミニ』(Dante Gabriel Rossetti(1828-1882), Paolo e Francesca da Rimini; 1855)。
こちらは、ダンテの『神曲 地獄編』の一場面を描いた作品である。
ダンテは、古代の詩人ウェルギリウス(Publius Vergilius Maro; BC 70-BC19)に導かれて、地獄へと下っていく。
その過程で見かけたのが、地獄を彷徨うパオロとフランチェスカである。
このイタリア文学史上、最も有名といっても過言ではないカップルは、情欲の罪で地獄で彷徨っていた。
フランチェスカの夫は、パオロの実兄ジャンチョットであった。
妻と実の弟の不貞を知ったジャンチョットは、二人を殺害する。
ロセッティは、『神曲』作者ダンテとベアトリーチェの関係に飽き足らず、パオロとフランチェスカとの関係にさえも、画家ロセッティ自身とモデルのシダルの関係を投影した。
実際にロセッティとシダルは、結婚前に、三角関係に陥ったりするなど、その関係は決して安定したものとは言えなかった。
皮肉にも、ロセッティの泥沼の私生活は、彼の創作に力と光を与えるものであったのである。
参考:ダンテ・アリギエリ、原基晶訳『神曲 地獄編』講談社、2014年。
ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ『青の小部屋』(Dante Gabriel Rossetti(1828-1882), Lo studiolo blu; 1857)。
ラファエル前派の特徴として、宝石のような色使いがあげられる。
それは絵画に描かれる人物の高まった感情を表現するのに効果的に機能していると言える。
ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ『聖ゲオルギウスとサブラ姫の結婚』(Dante Gabriel Rossetti(1828-1882), La nozze di san Giorgio e della principessa Sabra; 1857)。
聖ゲオルギウスは、竜を退治し、サブラ姫とその街を救った。
このサブラ姫のモデルを務めたのは、ロセッティの妻シダルではなく、ジェーン・モリス(Jane Morris/ 旧姓 バーデン(Burden);1839-1914)であった。
ジェーンの夫は、詩人でありデザイナーでもあったウィリアム・モリス(William Morris; 1834-1896)であった。
ロセッティは、人妻ジェーンに思いを募らせ、妻シダルというモデルがいるにもかかわらず、ジェーンをモデルにした作品も数多く残した。
ここで描かれる聖ゲオルギウスのうつろな表情は、シダルとジェーン、2人の女性の間で揺れるロセッティ自身の感情が投影されていると言える。
7. 精神美、肉体美(Bellezza dell'Anima, Bellezza del Corpo)
1860年代より、ロセッティをはじめとするメンバーたちは、ラファエル前派の第二段階として、アート、デザイン、詩、音楽などを相関的に扱い、創作活動に取り組んでいった。
彼らは、レオナルド・ダ・ヴィンチやティツィアーノといったルネサンス期の芸術家の光の描き方や色使いに影響され、女性の新しい肖像画を創作した。
特に、ロセッティのもとで学んだエドワード・コーリー・バーン=ジョーンズ(Sir Edward Coley Burne-Jones; 1833-1898)は何度かイタリアを旅行し、自身の理想的な作風を築いていった。
ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ『ルクレツィア・ボルジア』(Dante Gabriel Rossetti(1828-1882), Lucrezia Borgia; 1860-61)。
ルクレツィア・ボルジア(Lucrezia Borgia; 1480-1519)は、ローマ教皇アレクサンデル6世(1431-1503; r. 1494-1503)の娘であり、父に寵愛されていたと同時に、3回の政略結婚を経験した。
ボルジア家の周りでは、不審な死を遂げるものが多かったことから、当時より、毒殺や近親相姦など、ボルジア家をめぐる黒い噂が後を絶たなかった。
19世紀に入ってから、ルクレツィアは、ファム・ファタール(運命の女)としてロマン主義の芸術家たちに取り上げられ、ドニゼッティ(Gaetano Donizet; 1797-1848)も彼女をモデルとしたオペラ『ルクレツィア・ボルジア』を作曲している。
ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ『アウレリア(ファツィオの恋人)』(Dante Gabriel Rossetti(1828-1882), Aurelia (L'amante di Fazio); 1863-73)。
この絵のモデルを務めたのは、ロセッティの恋人でありハウスキーパーでもあったモデル、ファニー・コンフォース(Fanny Cornforth; 1835-1909)。
中世の詩人ファツィオ・デッリ・ウベルティ(Fazio degli Uberti; 1305/ 1309-1367) の作品『アンジョーラ・ダ・ヴェローナ』(Angiola da Verona)の一場面を描いた本作。
絵の中の女性は、遠くを見つめながら、虚ろな目で髪を編んでいる。
ヘアブラシや手の仕草など、ロセッティは、細部までこだわって描いている。
ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ『聖女ベアトリーチェ』(Dante Gabriel Rossetti(1828-1882), Beata Beatrix; c. 1864-70)。
こちらは、ダンテの『新生』より、ベアトリーチェが昇天する前を描いたもの。
この絵のモデルとなったのは、結婚してわずか2年後(1862)に亡くなった妻エリザベス・シダル(ELizabeth Siddal)。
ベアトリーチェの背後にはダンテの姿が見える。
ロセッティは、妻シダルを埋葬する際、自身が訳したダンテの『新生』の原稿を棺の中に入れた。
ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ『傲慢な女』(Dante Gabriel Rossetti(1828-1882), Monna Vanna; c. 1864-70)。
この絵のモデルは、労働者階級出身のアレクサ・ワイルディング(Alexa Wilding; c. 1847-1884)。
ロセッティは、彼女をモデルとした作品を他にも多く残している。
本作は、ダンテやボッカチオの作品に現れるような女性を描いた空想上の肖像となっている。
ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ『モンナ・ポモナ』(Dante Gabriel Rossetti(1828-1882), Monna Pomona; 1866)。
この絵のモデルとなったのは、アダ・ヴェルノン(Ada Vernon)。
ポモナ(Pomona)とは、ローマ神話に登場する果物の女神のこと。
8. 神話(Mito)
1880年代までに、ラファエル前派の芸術家たちは、成功を収め、名声を手にしていった。
ラファエル前派のテーマは、より壮大なものに、彼らは神話や伝説を取り上げるようになった。
当時、平等な権利に対する人々の意識が高まる中、それに伴う女性の権利拡大は、モラルおよび家庭内や社会的規範を見出す可能性があると懸念された。
ラファエル前派は、女性を、強く、神秘的で魅力的な女神として描くことに挑戦した。
まるでファム・ファタール(femmes fatales; 運命の女)のように。
ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス『シャロットの女』(John William Waterhouse(1849-1917), La Dama di Shalott; 1888)。
ウォーターハウスは、ラファエル前派の影響を受けた芸術家の中でも特に成功を収めた画家である。
ウォーターハウスの代表作の一つである本作は、詩人アルフレッド・テニスン(Alfred Tennyson; 1809-1892)の詩作『シャーロットの女』(1833)のクライマックスを描いたものである。
ここで描かれるヒロインは、塔の中に閉じ込められ、鏡を通して見た世界を刺繍するというタスクを放棄すると死ぬという呪いをかけられている。
彼女は、騎士ランスロットを見た時から、このタスクを放棄し、彼を求めて小舟に乗り込む。
彼女の命を表す蝋燭の火は、3本のうち2本が消えている。
それは彼女の死が近いことを暗示すると共に、彼女は、死の危険を冒しても自分の運命を選び取る女性として表現されている。
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19世紀のイギリス社会は、様々な変化に迫られた。
産業革命、技術革新、都市生活の発展、大衆文化...
ラファエル前派のメンバーたちの作品は、高尚で煌びやかなものであるが、決してこのような社会的変化を無視して生み出されたわけではなかった。
時代の変化を読み取り、表現しようとした芸術家たちの見た19世紀の世界が、作品には落とし込まれているのである。
おまけ:素敵なデザインのグッズが並ぶ物販コーナーより。
参考:
「ラファエル前派」Preraffaelliti:Amore e Desiderio
会期:2019年6月19日から10月6日まで
会場:ミラノ王宮
住所:P.za del Duomo, 12, 20122 Milano, Italy
開館時間:14:30-19:30(月曜)、9:30-19:30(火曜、水曜、金曜、日曜)、9:30 - 22:30(木曜、土曜)
※最終入場は閉館1時間前。
料金:14ユーロ(一般)、12ユーロ(割引)
公式ホームページ:palazzorealemilano.it
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