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【小説】今宵、図書館で逢いましょう

『夜の図書館探検ツアー☆ランプを持って集合しよう!』

まるっこいフォントでそう大きくタイトルがつけられているプリントに、何度も視線を滑らす。あたかも今、たまたま手にとってチラ見していますよ、というテイを装いながら。

内容はこうだ。夜の21時、普段なら学校の図書館(厳密には図書室、なのだけれど、うちの高校の図書室は規模が大きくて別館に入ってるから、みんな図書館って呼んでる)は閉まっている時間だが、この日だけは特別に解放デーとされる。館内の明かりは最低限となるため、各自ランプなどを持ち寄って「探検」してみよう……と。

どうやら、図書委員が考案した企画のようだ。図書館限定とはいえ、夜の学校を解放するなんて。我が高校ながらゆるいもんだな、と笑いがこみ上げる。


「ご自由にお取りください」の棚から一枚拾ってきたプリントに、アカリはもう一度だけ目を落とす。タイトル、日時、持ち物、場所といった必要事項と、だれかイラスト好きの生徒が描き加えたらしい、制服を着た男女が本を読んでいる絵が載っている。

そして最後に小さく「詳しくは、3-A柏木 または 3-C若宮まで!」と手書きで書き添えられていた。

柏木というのは、たぶん図書委員長だ。まるで漫画の中から「図書委員長」を召喚したらこんな感じだろうなという容姿をしているので、記憶に残っている。まるくて縁の黒いメガネをかけて、つやつやの黒髪はいつもきっちりと三つ編みに結われている女子だ。


一方、若宮の方はアカリのクラスメイトだが、ほとんど話をしたことがない。成績優秀な優等生である若宮と、いつも赤点ぎりぎりのアカリには「クラスメイト」以外の接点がないのだから、当然といえば当然のことだった。けれど、アカリは若宮のことが気になっていた。というより、もはや恋と呼べるほどに好意を持っていた。

これといった理由はない。ただ、授業中ぼんやりと窓の外を見つめている横顔や、ネイティブかと思うくらいに綺麗な英語の発音や、考え込むときに口元にあてる細くて長い指や、そういうものの一つひとつが胸をきゅうっと締めつけるのだ。

(これは、チャンスじゃない?)

図書館探検ツアーにはこれっぽっちも興味がなかったけれど、少しでも若宮と近づく口実が欲しかった。好かれているとは思っていない。告白なんて大それたことをするつもりもない。けれど、今よりもちょっとだけ、仲良くなれたら……そう思わずにはいられなかった。



当日、ホームセンターで適当に買ったキャンプ用のランタンを持ったアカリは、夜の学校へ足を踏み入れた。

別館には図書館の他に科学室や音楽室といった教室が入っているだけで、一般の教室はない。人の出入りもそこまでないからか、別館の空気はいつも少しだけひんやりとしていて静かだけれど、その夜は特にそう感じた。

雰囲気を出すためなのか廊下の蛍光灯すらほとんど消されていて、ちょっとした肝試しみたいな気分だ。ぺた、ぺた、ぺたと、自分の足音だけが響いて、なんだか薄気味悪かった。


『本日、夜の図書館探検ツアー』と書かれた紙が貼られた図書館のドアを開けると、奥にいくつかの明かりが見える。顔まではわからないが、何人かが『探検ツアー』に参加しているようだ。

入ってすぐに出迎えてくれたのは、まるい黒縁メガネをかけた柏木だ。アカリの姿を見て一瞬驚いたようだったけれど、すぐににっこりと笑顔を見せた。

「橋本さんが来てくれるなんて、びっくりした。ここで会うのなんて、初めてじゃない?」

それはそうだろう、とアカリは思う。図書館なんて、入学したときに案内されて以来かもしれないのだから。

「夜の学校とか、珍しいからさ。ちょっとおもしろそうかなって」

買ったばかりのランタンを揺らして見せる。ランタンを買うのも、使うのも初めてだ。おもしろそう、というのはあながち嘘でもなかった。うんうんと、なぜか満足気に頷いた柏木は、手に持っていたランプで館内の案内図を照らしながら「ここ、広いから。あんまり来たことないと、どこにどんな本があるかわかんないでしょ」と説明してくれた。

若宮はどこにいるだろう。案内図を見ながら、アカリは考えていた。柏木に聞けば教えてくれるかもしれないが、それはなんだか恥ずかしい。とりあえず「何人くらい来てるの?」なんてそれとなく、当たり障りのないことを聞いて、探りを入れるタイミングを見計らう。

「12、3人かなあ。図書館の常連さんがほとんどだけど、橋本さんみたいに『なんかおもしろそう』って来てくれた人も何人か。あとは図書委員の若宮くんがどこかにいるよ」

若宮の名前を聞いた途端、心臓がドキドキと音をたてて鳴り始める。ほんの小さな物音も響く図書館内では、聞こえてしまうんじゃないかと心配になるほど高鳴っていた。

「あ。橋本さんって、若宮くんと同じクラスだったよね。声かけるなら、たぶんねえ、このあたりにいるかなあ……」

べつに聞いてないけど、と言っておくべきか迷ったが、結局黙っておいた。「気が向いたら行ってみるわ」なんて言いながら、アカリは心の中でガッツポーズした。



柏木が教えてくれた棚の方へ行ってみると、長机に肘をついて本を読む若宮の姿を見つけた。そばには白鳥が水を飲むときの首のラインみたいな形をしたレトロなランプが置かれ、長い指をぼんやりと照らしている。

「橋本?」

アカリに気づいた若宮は、少し驚いたように声をあげた。

「図書館に来るなんて、珍しいな」

こんなに真っ直ぐに目が合ったのは、初めてかもしれない。そう思うと、全身の血が沸騰するんじゃないかというほど体が熱くなる。ここが暗くてよかった。今きっと、耳の先まで真っ赤になっているだろう。熱をはらんだ耳たぶを触りながら、アカリはそんなことを考えていた。

「あーなんか、夜の学校とか、ちょっと入ってみたかったから」

用意してきた答えを口にすると、若宮がうんと頷きながらちょっとだけ笑顔を見せる。

「わかる。俺も初めて入ったし。探検っぽくて、なんか楽しいよな。廊下はちょっと不気味だったけど」

さっき通ってきたあの暗い廊下を、若宮も同じ気持ちで歩いたのかと思うと、なんだかくすぐったい。自然と笑みがこぼれつつ、「わかる」とだけ答えた。

「隣、座ってもいい?」
「うん」
「おじゃまします」
「俺んちじゃないけどな」

どちらからともなくふふ、と笑い合う。アカリは若宮の隣の椅子に腰掛け、入り口付近の棚から適当に取ってきたファッション雑誌をぱらぱらとめくり始めた。それきり、若宮も手元の本を読むのを再開したので、あたりは再びしいんと静まり返った。


雑誌を読むふりをしながらちらり、ちらりとアカリは隣の様子をうかがう。ランプの明かりに照らされた横顔は、教室で見るのとはまた少し雰囲気が違って見えた。

あんまり見たら、おかしく思われるかな。でも、せっかくそばにいるんだからもっと話したい。でも……

長々とそんなことを考えていると、再び目が合った。どうやら、考え事に夢中で雑誌を読むふりを忘れていたらしい。ランプ越しにぶつかった視線は、少し戸惑ったように揺れている。なに?と問いかけているようだ。

昼間の教室でなら、こんな距離で話すことなんてできなかった。絶対に。そして今を逃せば、またきっとこれまでと同じ距離感に逆戻りだ。

どうする?――ううん、ここまで来た時点で、とっくに気持ちなんか決まっている。アカリは、意を決して口を開いた。

「あのさ、あたし……」

今回のお題「図書館」「ランプ」

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