見出し画像

ブルペンエース、高校野球最後の一日

その日は朝からずっと嫌な予感がしていた。


震災の影響で春の大会が変則的になり、全校ノーシードでの夏の大会。チームの雰囲気は良く、大会直前の練習試合でも、その夏に別地区で甲子園に行くことになる高校に、自分を含めたメンバー入り投手全員の継投で完封勝ちもしていた。

大会に入ってからも順当に2試合連続でコールドで勝ち、3回戦は都立の工業高校。球速が出るそこそこ評判のエースがいるらしいが、下馬評はもちろんこちらだし、試合前までなんとなく楽観的な雰囲気だった。

やや試合間隔が短い次戦の私立校との対戦を見据え、球場入り前のアップ中には2番手投手と共に、今まで公式戦登板の一度も無い3番手の自分にも「展開次第では早めにエースを下げるから準備しとけ」という指示が出た。

試合が始まり、予感が的中した。

とにかく全てが悪い方向に転がった。
好投手対策でオーダーを今まで練習試合でもほぼ試したことのない布陣で組んだことで、少し綻びが出た中堅私立の優等生な野球が、都立高特有の大雑把でイケイケなムードに飲まれるのはあっという間だった。

初回からピンチを迎えてマウンドに集まるバッテリーと内野手のもとへ伝令に走った後、3回には2番手とともに慌てて並んでブルペンに入った。

そのまま点差が開き、エースが降板。
2番手がマウンドへ向かい、思っていたよりずっと早くブルペンで1人になった。

すぐ上のレフト寄りの三塁側スタンドからは、ベンチ付近の部員や父兄席から離れたところで応援している女子生徒達の声援や戦況への悲嘆が聞こえる。今日は球場の都合で吹奏楽もチアも参加できない日だ。ここで終わるのは本当に洒落にならんな、と思いながら、グラウンド内で誰よりもホームベースから遠い距離で戦況を見守る。

目の前10メートル先はフェアグラウンドなのに、なんだか別の世界みたいだなぁと思う。


終盤に差し掛かっても点差は縮まらない。

ベンチ入りできなかった仲のいい同期が、次戦以降のため他球場に偵察に行っているのを思い出し、唇を噛んだ。

最上級生になってから、とにかく生き残るためにメンバー内に毎年1枠あった「リリーフ専門投手」を目指し、監督に言われる前にブルペンで投球練習を始め、気付いたらそれが普通になり、以来誰よりもブルペンにいた。
それがたまたま上手くいっただけでここにいる、運が良かった。

慣れきった風景。肩なんかとっくに温まっている。

毎年、夏の大会で負けると、その日のうちにグラウンドの室内練習場で3年生が監督コーチ、後輩、父兄に向け、一人一人感謝の言葉や思いを話すセレモニー的なものがある。
今日そうなったらいったい何を話そうか。ふと考えてしまい慌てて投球練習を再開する。

流れは止まらず、逆にさらに絶望的な点差が開く。
これで終わるのかな。そろそろ代えてくれてもいいけどな。今更かな。
そんな時、監督が1歩前に出るのが見えた。

何か指示すると、ベンチにいるメンバーが一斉にこちらを見た。


1年生の冬に体育の授業中にケガをしてから3ヶ月ボールを握れずに退部を考えたところから何とか粘って、打たれたら引退と言われた3年生の5月6月のメンバー争いも生き残って掴んだ念願のマウンドは、ストレートの四球からのショートゴロ。たった1アウト、7球で終わった。

ロクな球が投げられなかったことだけを明確に覚えている。
ブルペンでは今までになく調子良かったのに。
9点ビハインドのマウンド、感慨も熱くなる暇もなく、ただあっという間に終わった。

3点取れなければコールドが成立する次の攻撃で代打を出され、ピッチャー交代。結果最後は3点差まで猛追するも敗戦。

ロッカーで大声を出して号泣するレギュラーメンバーを見て、冷めていく自分を感じて凄く嫌になった。早くここから出たいと思った。
球場の外ではメンバー外の3年生が泣いていた。そこでやっと泣けた。
それは多分「何もできなくて申し訳ない」という気持ちだった。


「予想外」の敗戦に、恒例になっている試合後の球場裏での応援団への挨拶も行わないままグラウンドに戻り、セレモニーが始まった。

一人一人感謝の言葉や後輩への思いを伝えていく。
自分の番になったが、何を言えばいいかわからず、全く上手く喋れなかった。後日映像を見たが、凄く態度が悪く見えた。

30人分のスピーチが終わり、監督が話し出す。
ああ、本当に終わるんだなぁ…と思った。明日から受験勉強か、週末にある模試も受けられちゃうな…。

その時、突如監督の声が震え出し、そして泣き崩れた。

あんなに綺麗なもらい泣きは見たことがない、すぐさまそれに呼応するように、本当に3年生全員が堰を切ったように同じように一斉に泣いた。

「ああ、めっちゃくちゃ悔しい。終わってほしくない。」

やっと心から思った。

甲子園大会中止のニュースを見て、
自分の高校野球の終わりを思い出してふと書きたくなった。
地方大会はできる可能性があるのか、どんな形なら実施できるのか、
色々なことを考えている方もいらっしゃると思う。

「どう終わらせるか」がその先に繋がる。
できる限り多くの球児、他のスポーツを懸命にやってきた高校3年生がきちんと「終われる」ことを心から祈っている。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?