なぜ言語聴覚士として開業するのか
あけましておめでとうございます。
言語聴覚士のななさんと申します。
今年2020年に、わたくし、ことばの相談室を立ち上げます。
ななさんは言語聴覚士という国家資格を持っていまして、発音の悩みを抱える方や、ことばが遅いお子さんに対するトレーニングを生業としています。(過去記事:「言語聴覚士ってなに???」)あとは、教材を作って販売しています。みなさん買ってください。
ニーズが高く、必要としている人が全国にたくさん居る言語聴覚士ですが、その一方で、国家資格のわりに地味・知られていない・少ないと三拍子(?)揃っています。
そんな言語聴覚士は、どこに居てなにをしているのでしょうか。よく、「足りてない」と言われますが、ほんとうなのでしょうか。やや偏った話にはなってしまいますが、人数統計から感じるところを書いておきたいと思います。
需要に対して圧倒的に少ない
言語聴覚士(スピーチ・セラピスト、略称で「ST」と呼ばれます)は現在、日本全国に有資格者が3万人存在します。これは、理学療法士約16万人、作業療法士約9万人に対して、かなり少ない。理由には、国家資格化の時期が遅れたことや、一般的な知名度が低いことなどがあるでしょう。
また、現在の日本では高齢者医療のニーズが圧倒的であり、多くの言語聴覚士は初任の勤務先として病院を薦められます(※諸説あります)。そのため、高齢者医療・リハビリテーション領域に従事している人が8割、残りの2割を小児発達領域と聴覚障害領域、音声障害領域で分け合っている状況です。わたしは主に小児領域の仕事が専門ですが、2割というと単純計算で6,000人。産育休や有資格無就業者、フルタイムで働いていない人を加味するともっと少ないでしょう。さらに、地域の偏りなども加えてみると、その少なさが伝わるでしょうか。
病院STがほとんど
病院だけで全体の7割、介護関連施設を含めると、言語聴覚士全体の8割が高齢者医療に従事しています。しかも、病院や介護福祉施設、訪問医療などの高齢者向け領域でさえ、今後充足することはないだろうと言われています。
最もニーズが高いのは、言語障害ではなく「摂食・嚥下障害」
意外に思われるかもしれませんが、医療や介護の現場で言語聴覚士への要請が最も高いのが「摂食・嚥下障害」へのリハビリです。「え、言語聴覚士でしょ。耳とか言語の障害じゃないの?」ですよね。話がややこしくなりますが、ヒトの喋る器官と食事を摂る器官はだいたい共通しているという理由で、「喋る機能」に加えて「食べる機能」のリハビリも担当することになったとか。看護師さんや歯科衛生士さんが摂食嚥下療法を行うこともありますが、メインは言語聴覚士です。
やはり、「口から食事を摂る」というのは、生命を維持するための根源的な営みのひとつなわけで、医療施設的にも当事者の方にとってもかなり切実なニーズになります。なので、高齢者医療を中心とした医療現場の言語聴覚士は、摂食嚥下障害に対する療法を積極的に行っています(小児期の摂食嚥下療法へのニーズもあります)。
言語聴覚士といえば「失語症」、でもその割合は
言語聴覚士といえば、「失語症」。わたしにも、そう考えていた時期がありました。とにかく言語聴覚士は失語症のリハビリが大好き。やる気があって真面目な人ほどハマります。これには理由があって、失語症の臨床は私生活を投げ打ってのめりこむほどオモシロイのです。
失語症とは、脳の後天的な損傷(脳梗塞・脳出血)により言語障害が生じた状態を指します。とはいえ、ことばの機能が全廃になることは稀で、多くの場合、損傷する以前の言語機能が部分的に残されます。
障害を負った人の苦労は計り知れませんし、決してその孤独や喪失の悲しみを軽んじるつもりはありません。
失語症の臨床で、言語聴覚士は、ことばの間違いから(”言いまちがい”のような症状が高頻度で生じます)脳の内部を想像し仮説を立て検証する。まるで脳の秘密を暴く特別な権限を持っているような気分を錯覚します(それは、本当は錯覚です。自戒を込めて)。
脳神経科学や認知神経心理学を必死に学び、それをリハビリテーションに活かし、さまざまな練習方法を考案し、、、。少なくない数の学生が、そんな夢を描き現場に立ちます。しかし現実には、失語症の患者さんは全体の1割ほど。通年して担当するのは数名です。失語症のみで業務を回しているわけではなく、摂食嚥下やそのほかのリハビリにあたる時間のほうがむしろ長いのです(養成過程において必修の、臨床実習。その最終審査にあたる「症例レポート」では、失語症の方について分析を求められることがほとんど。実際の現場で扱う疾患の内訳を考えると、言語聴覚士の「失語症」に対する思い入れの強さがうかがえます)。
「失語症リハビリ」は将来、娯楽になるのかも
もしかすると、「失語症リハビリ」は、将来的に娯楽として享受されることになるのかもしれません。これは荒唐無稽な話でしょうか。一部のスペシャリストがプライベートクリニックで高額な報酬を受け取り、そのほかの言語聴覚士は病院での仕事をしつつ余暇時間にボランティアとして失語症支援にかかわる。実はもうそうなっているかもしれません。
ここだけの話、失語症臨床にまつわる知的興奮を言語聴覚士が独占している現状はちょっと不思議です。世界がいつ、その底知れない面白さ・興味深さに気付いてもおかしくない。特に、語学学習や脳科学、人工知能や機械学習などに関心の高い知的高階層は、「失語症という現象を一度で良いからこの目で見てみたい」と思っているはずです。
発症して6か月間の集中リハビリ合宿
さて、わたしは医療の人手不足について訴えたいわけではありません。
リハビリテーション医療では、「算定期限」というものがあります。代表的なものは、「病気の発症から6ヶ月間、リハビリテーションの算定加算を取れる」というものです。この加算(保険料を多く請求できる)により、リハビリテーション病院は経営収支を成り立たせています。
脳梗塞や脳出血になった患者さんには発症の翌日(当日のことも)から、リハビリのセラピストが3名(3職種)担当につき、歩行やら衣服の着替え、装具や杖や車椅子のセッティング、食事能力の評価など、手取り足取り教えてもらいます。また、最も認知機能の回復が急激な期間(※諸説あります)に合わせ、1日みっちり3時間、宿泊合宿のような病院(回復期病院)でリハビリを行います。
けれども、ひとたび退院してしまうと、ぱったり。リハビリはおしまいになります。外来や通所・訪問で継続できる人も居ますが、加算が取れなくなってしま…人手が少なく充分に外来を回せないのも現実(※諸説あります)。適切なリハビリが継続されれば、週に1回でも充分に成果は上げられますが、これまで実施していた毎日1日3時間との落差たるや。毎日ひっきりなしに、入れ替わり立ち代りやって来る、若いおにーちゃんおねーちゃんらはいったいなんだったのか。。。
なんでリハビリの頻度や期限がみんな同じなのだろうか…
わたしは以前から疑問だったのですが、これはとても不自然ではありませんか。人間って病気で倒れてからすぐの6ヶ月間、モチベーション高くいろんなことに取り組めたり、7ヶ月目からはリハビリなしの通常の生活を唐突に再開できたりするんでしたっけ。
それから、毎日付きっ切りのコーチングやカウンセリングが必要…という人も居るでしょうが、3日に1度が良い人がいれば、週1回が快適な人、3か月に1ぺんで良いけどみっちりやりたい人、思い出したときに相談したい人、いろいろな都合や意見が出るのが自然ではないでしょうか。
セラピーやリハビリの本質に立ち返れば、頻度や回数、時間は当人の必要性に応じて決められ、柔軟に変更されうるべきであり、全体的な基準から統一決定するものではないはず。言い換えれば、必ずしも頻回であればよいとは限らず、介入のスパンを設けるからこそ効果が出る、というケースは往々にしてあります。
誰にとっての「足りてなさ」なのか
つまるところ、「加算」という制度を最大限乗りこなすために採用が行われているのが医療系職種で、「足りてない」とは、「診療報酬を請求するため」だったり、「施設としての配置基準をクリアするため」という、施設経営の立場からの「人的リソース(頭数)としての足りてなさ」であることも多いのではと思うのです。頭数、というと怒る人もいそうですが、ベテランの療法士がリハビリしても、資格を取って3か月の療法士がリハビリしても、診療報酬の点数は同じですよね。
察しの良い人ならばおわかりかと思いますが、最も点数を請求できる=リハ職の人材価値の高い回復期病院ではとても多くの人的リソースを抱えており、画一的な運用をしているので、必ずしも必要とは限らない時間や頻度でその技術が贅沢に提供されているのでは、というのがわたしの意見です。
3万人をどう分配・活用していくかのゲーム
こういったさまざまな疑問があるものの、配置基準と言うのは、もともと全国にたった3万人の我々が統計最も最適な人員配置になるよう制度設計されているはずです。わたしが見えていない前提をクリアしているのかもしれません。
日々、多くの人に、平等で清潔で良質な医療が届けられていると思います。また、急性期・回復期・生活期というシステム、特に回復期医療は、新人セラピストが一人前になるまでの育成にかかるコストをほとんど一手に引き受けてくれているという側面もあります。
ただ、今述べてきたようなことだけがすべてではありませんが、「誰にとっての足りてなさなのか」を療法士(セラピスト)の側からも整理する必要があると感じます。
大前提として、言語聴覚士は現在3万人で、これからも他の療法士の人数や欧米水準の人口比に追いつくことはまずありません。少子高齢化が進み、向こう何十年かは高齢者医療に、それも摂食嚥下療法の提供にリソースの大半を割く必要があることもわかっています。
人員を充足させることを考えるのではなく、限られた人数をどう分配し、最大限活用し、さらにはどう後進を育成していくのか。どんな人材が入ってきてほしいのか、その土壌をどう育てていくのか。さらには、それを外側から一緒に考えてくれる味方を取り込み、社会や資本が応援してくれたり育ててもらえるような、魅力ある市場/土壌をつくっていけるのか。
医療とか福祉とか教育とか、「既存の制度がこうだから」という前提をいったん外して、「言語療法の必要な人に言語療法を届ける」というシンプルな課題に戻し、考える人はどのくらい居るでしょうか。
自費リハもひとつの解
わたしは、ここ数年間、いわゆる保険診療外・自費の施設で仕事をしてきました。成人の方も多く受け入れてきました。
利用者や当事者グループの方々からは、「保険が効かなくてもいいから、良質なセラピー/トレーニングを受けたい」、「いったん止めても再開できたり、スキマの時間に予約を調整できる自費のリハがいいんだけど、住んでる地域の近くに無い」、「保険算定期限ギリギリまでリハビリを受けたい・延長したいのは、そもそも自費でリハをやっているところが無いから」――――こうした声をよく聞きます。
若年層(40代~60代の後天性障害者)を中心に、プライベートセラピーの需要は確実に伸びています。実際、都市部では自費のリハ施設を開業し、店舗展開を進めている企業も出てきました。
健康な人からすると、保険診療外の治療は美容整形外科や歯科くらいでしか馴染みのないものですが、国の医療費も膨れ上がっている現状、個々のニーズに合わせて保険内なのか、保険外なのか選択するケースは今後もっと増えていくでしょう。
2020年、言語聴覚士として開業します
さて、話がどこへ向かうのか、自分でもわからなくなってまいりました。もともと小児医療や発達障害にかんする話も含める予定でした。てすが、開業する理由を自分に問うたとき、なぜ、「医療保険診療によるリハ=セラピストが就労する第一選択肢」からはずれる選択をしたのかを、まず考える必要がありました。
大きな流れに対する、とてもささやかな一歩ではありますが、「言語療法の足りていない人に言語療法を届ける」ことを粛々とやっていきたいと思います。
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