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「言語聴覚士が足りない」をなんとかする方法を本気で考えてみた

こんにちは。
言語聴覚士(げんごちょうかくし)のななさんと申します。
国家資格である言語聴覚士は、ことばときこえの専門家です。

先日、小児・発達障害・吃音領域の言語聴覚士がなぜ足りないのかという記事を書いたところ、さまざまな反響をいただきました。
なかには、10年前とほとんど状況が変わっていないとのお声も。

 わたしが書いたのは、ざっくり次のような内容でした。

・規模の大きい新人育成システムがない
・実習生をあまり取らない
・福祉施設(児童発達支援事業所)が言語聴覚士のことをよく知らない
小児・発達障害・吃音専門の言語聴覚士に出会えないのは:https://note.com/nanu/n/n238eb2724414

「足りない」に対して、増やす・増えてほしいというのは大切ですが、これほどの需給ギャップです。それだけではなかなか解決しません。「増やす」以外の施策や考え方はないのか。これを考えてみることにします。

 こうしたことは、業界内にすでにあるものを見ていても、なかなかいいアイディアは出ません。そこで、世の流れに目を向けてみると…。そうです、世のなかではシェアリングエコノミーオンラインサービス化の流れがきています。

オンラインはとっても便利、だけど個人の時間には限りがある

 オンラインサービスについては、欧米から遅れること数年、日本国内でもあちこちで萌芽がみられます。移動が不要で時間を効率的に使えるので、医療過疎地や国外にもセラピーをお届けでき素晴らしい。

 オンラインは便利ですしわたしも取り組みを始めていますが、ただし、セラピスト個人がもてる時間には1日24時間という限りがあります。つまり、圧倒的なニーズを満たすには、それだけでは不十分でしょう(オンライン上でデータのやり取りを行い臨床をすすめるという記事を、先日執筆しました)。

それでは、シェアのほうはどうでしょうか。

時間のシェア

 言語聴覚士の仕事は、そのほとんどが個別相談や個別リハビリ、つまり1対1です。ですが、グループ(1対多)という指導の方法も無いわけではありません。たとえばわたしは、行政の委嘱で失語症の方の集まるグループ訓練を4グループ受け持ち、定期的にリハビリをしています。また、前職では失語症の方に向けた特色あるグループ訓練を立ち上げる活動も行ないました。

 セラピストの時間をひとりの患者さんにしか割けない限りにおいては、受け入れ枠を増やすには言語聴覚士を多く雇い入れるか、ひとりあたまの労働時間を伸ばすしかありません。また、希望者が集中する時間帯(夕方以降)や曜日(週末)は決まっています。グループ訓練がうまく機能すれば、ひとりの言語聴覚士が一度により多くの人を受け入れることができます。

知識のシェア

 相談支援には、背景となる障害(失語症・発達障害・吃音など)について、具体的な知識をお伝えすることも含まれます。障害を持つ方々やご家族に向けて説明するのは、大きく2点です。

・個別のアセスメント結果
・障害ごとに共通する背景知識
  ※これらをお伝えした上で、具体的な助言や提言にはいります

 このうち、「個別のアセスメント結果」については、シェアすることができません。なぜならば個人的な情報のみで構成されており、匿名性が低いため開示が難しい。また、他人に対するアセスメントが自分には当てはまらない場合、参考程度にはなりますが積極的にシェアするメリットはありません。逆に、あてはまらない情報を鵜呑みにしてしまい、状況が悪化するケースもあるので注意が必要です。

 「障害ごとに共通する背景知識」については、共通している部分なのでシェアが可能でしょう。講演会や書籍などがこれにあてはまります。また、最近では「発達ナビ」という巨大なウェブサイトを筆頭に、ウェブ上で「体験談」のシェアがさかんです。ひとつひとつの情報は玉石混合ですが、体験談やトラブル・困りごとへの対処(いわゆるケース・スタディ)については、経験に基づく情報の共有が役立つことがあります。

場所や資源のシェア

 そもそも、複数人セラピストが居て訓練室を共有して使う形の組織は「場所や資源のシェア」をしているといえます。検査用具や教材など個人で所有するには高い道具も、組織で所有し複数人が使用することで、資源を最大限活用できます。また、セラピストが患者さんを何人も担当するということは、セラピストひとりを複数人の患者さんがシェアしている(支えている)と言い換えることもできます。さらに、シェアではありませんが、オンラインセラピーや訪問リハビリなどは物理空間としての訓練室が不要なため、コストを抑えることのできる方法のひとつです。

アイデア1:グループ訓練

 言語聴覚療法において、個別の訓練とグループ訓練はたんなる参加人数の違いではありません。

<集団訓練/リハビリの目的>
・相互コミュニケーション実践の場
・共通の課題を持つ同士の交流による自己理解/他者理解の場
・ピアカウンセリングの場
・場の空気(いわゆる非言語コミュニケーション)を経験し、理解する場
・複数人の間でのスピードの速い会話への参加
・ゲームやソーシャルアクティビティのルールや楽しみ方を学ぶ場
・1対1での指示応答から、1対多数に向けられた指示応答への移行を練習する場

 このように、個別には個別の目的、集団には集団の目的があり、集団訓練は個別訓練の単純な代替ではありません。達成したい目的によっては、個別の指導訓練よりも集団での指導訓練が適している場合があります。学校教育などは、まさしくその最たるものでしょう。また、さきほどのとおり、いちどに受け入れ可能な人数が多いので利用枠が広がるというメリットがあります。

 そうしたメリットを考え、ことばの相談室ことりでは今後、発達障害のお子さん向けのグループ訓練の立ち上げを計画しています。

アイデア2:半分個別で半分集団

 通常の個別指導塾では、先生が1人に対し、生徒が2人ないし3人で机上学習をすすめます。それを言語聴覚士の手で行うのはどうでしょう。実際に、失語症の成人の方2名に対してこの方法で実施し、成果につながりました(次第に相互の交流・やり取りが生まれ、より集団リハビリらしくなっていった)。また、知人の言語聴覚士が勤める公的機関では、問い合わせ数に対して1対1では受入れが追いつかないため1対2の個別療育を取り入れているそうです(めちゃ大変そう。。)。

 幼児期の学習は基本的に人を介して行われます。なので、マンツーマンである必要があります。しかし、プリントや作業などの机上課題が行える段階にすすみ、数分ならば自分ひとりで集中力を保持していられるというお子さんであれば、この方法を試す価値があるかもしれません。

アイデア3:スーパーバイズに入る

 たとえばそのお子さんの学習指導に一般の家庭教師の先生が付いているケースで、ちょっとした学習支援のコツを言語聴覚士からお伝えすることで、指導がより豊かなものになることを目指す。お子さん−先生−言語聴覚士で3者の関係を結ぶ方法です。つまり、言語聴覚士がスーパーバイズの立場になるわけです。

 これは、親御さんが家庭でお子さんを教える場合にも同じことができそうです。言語聴覚士がおうちで出来る練習メニューをお伝えし、それを家庭で実施していただく。発音のトレーニングでは、昔からこの方法で行われています。そのほか、自閉症児の早期介入プログラム(欧米圏で主流)や吃音のリッカムプログラム(オーストラリア発の吃音の治療法)、人工内耳手術後の聴覚活用トレーニングなどは、この方法で行います。

 この方法がある程度理にかなっている根拠として、”定着のよさ“が挙げられます。月1や隔週で効果的な言語訓練ができたとしても、その子の生活のほんの一部にすぎません。また、言語訓練室は注意が逸れないよう環境設定が行なわれている特殊な空間です。ことばの相談室で上手にできることがゴールではなく、むしろ相談室で学んだ内容が日常の空間に戻ったときに定着していくかどうかが肝心ではないでしょうか。月に1度だけ練習したことよりも、毎日5分練習を継続することのほうが定着がよいのは、学習心理学の少量頻回の原則からいっても明らかです。セラピストと会っている時間以外にも練習が行えるので、コストの面にも利点があります。

 同様の取り組みとしては、公的な機関である保育園・幼稚園への巡回指導、学校への外部専門員派遣という制度があり、各自治体に問い合わせると専門の言語聴覚士を手配してくれます。この仕組み(あるいはその類似したやり方)が、民間の児童デイにも今後、広がっていく流れだと思います。

アイデア4:教材制作

 言語聴覚士がつくった、言語療法の行える教材を塾や放課後等デイサービス、家庭で行ってもらうという考えです。これはなにを隠そう、わたしが制作・販売しているコトリドリルシリーズのコンセプトです(笑)。ことばは、語彙、文法、音韻、コミュニケーションの4側面に、発音がプラスされて5つの要素で構成されます。

<ことばの4側面+1>
・語彙
・文法
・音韻
・コミュニケーション
  + 発音
(※発音は声帯やべろ、唇の運動なので、ことばそのものとは区別して考える)

 このなかで、市販の教材が極端に少ないのは「音韻」、「コミュニケーション」、「発音」です。発音を教材で学ぶのはなかなか難しいので、コトリドリルからは、まずは音韻とコミュニケーションに使える教材をリリースしました。

アイデア5:図解資料・説明用リーフレット

 前述した、「情報のシェア」がこれにあたります。発達障害にかんする情報はかつてないほど世に溢れていますが、意外にも言語聴覚療法やことばの発達にかんする情報はとても少ないです。今後、もっと増えていく流れかとは思いますが、ほかの職業の方々頼りのわたしたち言語聴覚士も、”わかりやすくお伝えする“活動の一翼を社会で担っていきたいところ。

 ことばの相談室ことり/コトリドリルの活動の一環として、Instagramで発信を始めました。

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(ことばの相談室ことりInstagramのアカウント)

 このアカウントねらいはふたつあって、ひとつは、ことばの発達やことばの障害について知りたい親御さんが情報を得られること。もうひとつは、現場の言語聴覚士さんが、親御さんや他の職種の方向けに説明する際に、お役立ちな説明資料として機能すること。

<ことばの相談室ことりInstagramアカウントのねらい>
・ことばの発達について知りたい親御さんへ向けた情報発信
・現場の言語聴覚士さんが使える説明用のお役立ちツール

 手探りではじめたアカウントですが、まずは継続!でやっていきたいと思います。みなさん、フォローお願いします。

アイデア6:レンタルセラピールーム

 最後に、あったらいいな・・・とわたしが密かに妄想しているサービスをふたつ書いて、終わりにしたいと思います。そのひとつが、レンタルセラピールームです。

 わたしは、4月から賃貸物件を借り、事務所を構えますが、それまでは貸し会議室を時間レンタルしてことばの相談を実施していました。会議室は雑居ビルの一室などで、内装もオフィス然としているので、大人の方には慣れた場所ですが、お子さんにとっては緊張しやすく、最適な場所とはいえません。かといって、親しみやすくリラックスできる場所(カフェやファミレスなど)で行うと、騒音やプライバシー保護の課題があります。わたしは常々、「セラピーやカウンセリング専用の個室がレンタルorシェアするサービスがあったらいいのにな…」そう思っていました。暖かい照明で、机を挟んで対面したときの距離がほどよく、キャスターの付いていない椅子があり、欲をいえばお子さん用の椅子も備えてある‥

 このシェアサービスがあれば、言語聴覚士のみならず、たとえば臨床心理士さん、コーチングを行うコーチの方、そのほかのアドバイザーやカウンセラーの方にとっても使い出のよい場所となるのではないでしょうか。

 近々、そうした不動産関係のサービスに詳しい方とお話する機会ができたので、この熱い思いを伝えてきたいと思います!(笑) 

アイデア7:検査用具・訓練用具のシェア

 もうひとつは、同じ発想で検査用具や訓練用具の貸出しorシェアリングサービスがあるといいなということ。WISCや田中ビネーなどの知能検査、SLTAやLCスケールなどの言語検査は臨床には必須のアイテムです。しかし、専門的な道具なのでとてもお高いところが難点です。知能検査の相場はだいたい10万円ほど。なのに、使用頻度はそこまで高くありません。フリーランスが個人でいくつもの種類の検査を所有するのはちょっと現実的でないのが正直なところ。検査用具と教材などを貸出ししてくれるサービスがあれば最高だなと思っています。これはフリーランスにかぎらず、訪問リハビリ事業所に勤務する言語聴覚士にも役立つと思います。

おわりに

 シェアについていろいろと考えてきましたが、やっぱり我々言語聴覚士の基本はマンツーマンの個別指導にあります。そして、それはいまのところ代替不可能な個人の技能に拠るところが大きい。ただし、その上にあぐらを掻いて座っているあいだに、便利なサービスはどんどん出てきます。言語聴覚士が提供する技術よりも、ちょっと質は劣るけれど“便利”なサービスがアクセスしやすい姿をして、そこにあればどうでしょう。人々の関心はそちらに向くと思いませんか。わたしは言語聴覚療法が10年先も存続してほしい。こんなにたくさんの有益で希少な知見がロストテクノロジーになってほしくない。埋もれることなく必要な人に届いてほしい。大袈裟な言い方かもしれませんが、わりと危機感を持っています。

 必要な人すべてに必要な支援が行き渡る世の中が理想ですが、それには膨大なコストと時間がかかります。だからこそ、代替の効かない部分はどこなのか、まとめられる部分はどこなのかが気になっています。まとめられる部分をショートカットすることで空いた時間や確保できた資源を使い、代替できないことをより高い質で提供できないだろうか。最近はそんなことをずっと考えています。

 最後までお読みいただき、ありがとうございました。みなさんのアイデアも募集しています。

いただいたサポートは、ことばの相談室ことりの教材・教具の購入に充てさせていただきます。