小児・発達障害・吃音専門の言語聴覚士に出会えないのは
こんにちは。言語聴覚士のななさんと申します。
言語聴覚士(通称、S T:スピーチセラピスト)はことばときこえの専門家で、国家資格です。
現在、国内に3万人の有資格者が存在し、その領域は幅広く、こどもから大人まで、先天性の疾患/障害から後天性の後遺症まで多岐に渡ります。
(この記事は投げ銭式です。全文公開されています。)
小児・発達障害・吃音の言語聴覚士に出会えない
わたしの主な専門領域は、小児・発達障害・吃音(きつおん)です。この領域を専門とする言語聴覚士は、いまものすごい勢いでニーズが高まっています。なのに、めちゃくちゃ足りません。
各自治体の発達センターは申し込んでも半年〜1年待ち。利用できたとしても言語療法の対象外とされ、受けられないことがざらです。病院などの施設で言語相談を設けると、問い合わせが殺到します。各施設は少ない資源のなか公平性を担保するために、ひとりあたまの回数を減らしたり(月1回実施は、小児のばあいには頻度として普通です)、クール制(半年ごとに交替)を敷いたり、年齢制限を設けたり(就学したら終了)、さまざまな施策を講じています。療育的支援・発達支援を必要とする未就学児・就学児の数は国内に数十万人規模と言われています。その統計には発音障害(機能性構音障害)、吃音(きつおん)は含まれていないと思うので、言語聴覚士に直結するニーズの正確な規模感は、わたしにもよくわかりません。
ところが、小児領域ではたらく言語聴覚士は全体の1〜2割。3000人から6000人程度です。体感ではもっと少ない感じがします。フルタイム勤務の人が少なかったり、成人領域と兼務している人がいたりと、3000人全員がまるごと1人分の業務をしているわけではありません。繰り返しますが、小児・発達障害領域の言語聴覚士はとてつもなく足りません。一方で、需要は爆発的に増加し続けています。
ことばには臨界期がある
「臨界期」ということばを聞いたことがあるでしょうか。医学的には「神経系の可塑性が一過的に高まる、生後から限られた時期」を指します。発達科学の表現を用いると、「その能力を伸ばすのに最も適した時期=タイムリミット」のことです。たとえば、音声言語(声を使ったおしゃべり)の獲得は、呼吸発声能力・運動能力・音韻能力などさまざまな力を統合的に行われてますが、その臨界期は比較的早く来てしまいます。早いものでは、母国語の音声を適切に選り分ける力は乳幼児0歳代に臨界期が来ることが知られていますし、そのほか音韻操作の能力や子音の発音獲得に最も敏感な時期は4〜6歳までです。その時期を過ぎて言語訓練を実施したとして、けして無駄ではないですし、遡っておぎなうことはできますが、最も感度が良く訓練による伸びが期待される時期は残念ながら過ぎてしまっているのです。
こうした脳の可塑性の研究から、国際的には(正確には、アメリカ、イギリス、オーストラリアなどでは)、早期介入を推奨する流れがあります。たとえば吃音の治療でエビデンスの蓄積されているリッカムプログラムは6歳まで(就学前まで)の開始を基本的にリミットとしています。いくつかの自閉症児の早期介入プログラムは、0~1歳代から介入を始めます。人工内耳手術による聴覚活用も同様です。国内のおおくの療育施設や言語療法がそうした体制を取れないことは百も承知で、世間の不安を煽ってしまうのはとても胸が痛みます。けれども、”療育を受けるまでの待機の半年“は、子どもにとっては臨界期(新規学習に対して最も敏感な時期)までの半年かもしれないのです。
小児・発達障害領域の言語聴覚士の不足
ではなぜ、圧倒的なニーズに対して小児臨床ができる言語聴覚士の人材がほとんど育っていないという、需給関係のアンバランスが続いてしまっているのでしょう。
制度上の理由
医療機関の雇用では、「脳血管リハビリテーション」という施設基準が、言語聴覚士を雇い入れる根拠のひとつとなっています。たとえば、「脳血管Ⅰ」という基準を取得するには1名の専従言語聴覚士の配置が必要です(追記:ご指摘いただいた通り、脳血管Ⅰを算定するのに必要なSTの人数は、1名でした。ただし、言語聴覚士のみ在籍する施設の場合には3名必要)。言語聴覚士が1名以上居ないと、取れる保険診療の点数(=売り上げ)に影響があるので、そこそこの待遇を用意し、採用活動を積極的に行います。病院で医療リハビリを受ける人の多くは高齢者です。脳梗塞や脳出血を起こしてリハビリをする方々。つまり、成人・リハビリテーション領域の求人数は多く、採用活動がさかんなので、就職先として選ばれがちです(小児に対しても一定の要件を満たせば脳血管リハビリを算定できますが、どのような病気の患者さんを受け入れるかというのはその施設の体制や主治医の決定などにより決まります)。
また、回復期リハビリテーションという大きな制度のもとで、セラピストの雇用枠がたくさん創出されます。そこでは、体育会系気質の縦社会のもと、先輩が後輩に仕事を教えてくれます。力づくでパワハラ的な側面も大いにありつつ、システムが機能しているので未経験の新人を毎年たくさん受け入れることができます。つまり現状、リハビリテーション業界自体が新人育成業務のかなりの部分を回復期病院(あるいは、リハビリテーション科のある病院)に頼っていると思うのです。
言語聴覚士・志望者・養成校側の理由
言語聴覚士になるには、専門カリキュラムを持つ大学か専門学校に通い、国家試験に合格する必要があります。専門学校では成人・小児・聴覚障害とすべての科目が必修であり、そこに優劣はありません。けれども学校を経て、小児領域を選ぶ人は少ないのです。ひとつは、「小児は難しい」という印象を持ち、消去法的に成人を選ぶパタン。学生はみな若いので、普段の生活で小さなお子さんと接する機会があまりありません。”子どもの扱い“に苦手感を持ったまま、「小児は無理」と諦めてしまいます。実習や演習を通し、「できる/できない」がはっきり見えてしまうことで心が折れてしまうことがあります(ほんとうはそんなことなくて、成人リハビリにも”できない“はありますが)。
もうひとつは、臨床実習先が成人だったから成人領域に就職先を探すというパタン。臨床実習とは、養成課程のカリキュラムで規定さている、480時間の学外施設実習です。そのうち、320時間は医療機関(病院または診療所)で行うことが指定されているので、主な実習先は医療機関になります。小児受入れが中心の医療機関もごくわずかありますが、医療機関のほとんどが成人・高齢者中心の施設です。また、小児施設(公営の発達センターや言語相談、福祉センター、民間の療育施設など)では、多くの言語聴覚士は非常勤や嘱託などフルタイムでないので、実習生の受け入れ態勢が整っていません。さらに、1人職場(その職場に言語聴覚士は1人)が多く、実習生を取る余力がありません。こうした理由から、仮に希望していたとしても小児の現場で臨床実習を行えず、あきらめてしまうことがあります(※実習で経験していない領域に進む自由はあります)。
雇用側の理由
雇用する側、つまり発達障害のお子さんが通う施設の立場からはどう考えられているのでしょう。さきほど述べた通り、求められる求人の多くが非常勤・1人職場で、フルタイムの求人はそこまで多くはありません。それらの施設は経験者を募集することがほとんどなので、新規に参入したい新人STさんは就職迷子になってしまっています。言語聴覚士にことばを見てもらいたい親御さんはとてもたくさんいるのですが、そうした方々は、専門の勉強をしていない無資格の先生から見よう見真似・手探りの療育を施してもらったという経験を語ります。
また、2012年の児童福祉法改正にともない、全国各所に民間の療育施設が乱立しています。児童発達支援事業所/放課後等デイサービスというもので、区分けとしては福祉施設にあたります。施設経営をされる方のなかには医療や福祉、教育のバックグラウンドを持たない方も多く、その場合には「言語聴覚士がなにをできるのか」ということをほとんど知りません。求人をざっと見る限りでは、有資格者と無資格者を区別して募集していない施設も多く見受けられます。社会に急増した児童発達支援事業所ではたらく言語聴覚士が増えていかないのは、ある意味、必要とされていないからなのです。医療のように、雇用すると請求できる額(売上)が変わる、などが無いようなので、施設管理の方もそのバリューがいまいちわかりにくいのだと思います。
どうしよう。
ここまでつらつらと書いてきて、わたしは以下のことを思いました。
すみません、ちょっと箇条書きにさせてください。
・希望者が少ない/あきらめてしまう → 現職者が魅力を打ち出そう!
・ 実習先が少ない/就職先が少ない → 現職者が実習生を取ろう、新卒を指導しよう!、新規参入を歓迎しよう!
・ 民間施設のトップの人たちは、言語聴覚士がなにをできるのかイマイチわかっていない → 現職者がプレゼン能力を高めよう!
…これ、現職者側でできることがまだいろいろとある段階なんですよね。
私たちは、圧倒的ニーズの前にあぐらをかいていますが、本来ならばプロフェッショナルとして求められる能力のひとつである「ニーズを把握して適切に届ける」という力を磨くことをサボっているのではないでしょうか。
受け持つ人数が多いから、ひとりあたま月1回でいいとか、就学したら終了でいいとか、本来ならばまったく本質的でない理由でセラピーの提供の形を決めてしまっている。もしかすると、言語聴覚士のニーズのうち、手厚く見てあげないと臨界期=タイムリミットが来てしまう症状がある。逆に、自動化したり外注したりできる部分があるかもしれないし、マンツーマンじゃなくてもやりくりできる部分を、まとめてお届けできるかもしれない。本質を追求することで、かえってより多くの人に届けられる形を模索できるのではないでしょうか、と思うのです。
そして、魅力のある業界には、優秀な人が集まってきます。いま中高生の人が、5年後、10年後、言語聴覚士になりたいと思ってもらえる業界をつくっていきたい。
手前味噌になりますが、Instagramでの発信やコトリドリルという教材は、そうしたことの第一歩としてはじめました。療育を待機しないでほしい。おうちで療育を始めたらいい。道を切り開く手がかりにしてもらえたらいいな、と思っています。
小児領域をやりたい言語聴覚士さん向けに
小児を希望する人の最大にして唯一のハードルは「最初の経験を積める場所が無い」で、そこさえ越えればあとはやれます。小児一本に絞るのは不安、だけど興味があるという人向けに、いくつかルートあるよ、ということを書いて終わりにします。同業向けですみません、保護者の方などは読み飛ばしてください。
①地方の総合病院/急性期病院を初任地に選ぶ
→都市部と違い、地方はあまり医療の細分化が顕著で無いので、さまざまな疾患の方が広く訪れます。成人も小児もどっちも経験できておトクです。(ただ、給与は安いのかも?)
②最初は回復期など成人領域、数年したら訪問リハビリに移る
→訪問リハビリでは、「成人中心だけれどすこし小児をやっている」という事業所がわりとあります。訪問リハビリは未経験ではなかなか厳しいので、最初は病院など施設型の職場で経験を積まれるのがよいかと思います。ただし、訪問では言語発達や食事の相談が中心なので、吃音と構音障害はみれません。
③バイトとしてやる
→ここは、もっと詳しい人がいるのでわたしはどろんします。オイシイ求人はよくよく探せばあります。
※追記
小児療育全般、児童発達支援事業所に詳しい福原桃子さん(言語聴覚士)。彼女は複数の事業所で業務を請け負い、そこに通うお子さんの発達支援に携わっているそうです。
療育施設の言語聴覚士の求人がスーパーバイズ的な形で表に出るのはかなり稀なので(たいていは学生アルバイトのような扱いになる)、いったいどうやって探したのか尋ねたら、なんとご自身で直接営業に行き、責任者の方と交渉を重ねていまの働き方をつくっていったのだそう。なんという柔軟な発想と行動力。背景にある考えに共感したので、この場でご紹介させていただきました。
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それでは。
がんばって書いたー!
4月までに開業目指しています。
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