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二階への階段

これまで何度かふれてきたように、コメ書房の店舗である元納屋には二階がある。かなり変則的な構造(全然フラットでない)ではあるものの、ほぼ一階と同じ広さのスペースが存在する。ただ、いかんせん階段がないので、二階への昇降にはハシゴを使うこととなり、例えば本の入った段ボールを上げるといったことすら現実的ではなかった。ハシゴをかけることができるのはちょうど古本が置いてあるスペースの真上で、吹き抜けのような構造になっていた。

ハシゴを使って昇り降り

オープン当初はまだ蔵書も少なく、二階のスペースが必要という状況ではなかった。それに、そもそもこの店は「最初から完成したものを提示するのではなく、少しずつよりよい方向へ変化していくもの、広げていくものである」という考えがあったので、とりあえず二階のことは後回しにしていた。

していたのだが、2018年の春にオープンしたコメ書房が、夏を迎え、冬を迎えてみると、「冷暖房効率」というリアルな問題が出てきた。身も蓋もない言い方をすれば、要はお金の問題だ。屋根の周辺にはいくらか隙間があり、一部とはいえ天井が吹き抜けだと冷暖房が効きづらい。床がモルタルで底冷えするため、特に冬の暖房に関して影響は深刻だった。

コの字の部分には柱がくる

というわけで、いずれ二階を正式に活用する前の暫定的な処置として、上へ向かおうとする空気をせき止めるためのカバーを作ることにした。吹き抜け部分のよいところは一階から屋根の構造、特に大きくて野生的な梁がよく見えることだったので、製作にあたっては透明な素材を使用することにした。つくりはいたってシンプルで、以前に紹介した天井の穴を塞ぐ透明の蓋と同様に、木枠にビニールシート(ホームセンターでテーブルクロスとして販売されている)を留めただけのものだ。それを三つ作って(二階にスムーズに上げるためにパーツを分けた)並べた。ハシゴをかけられなくなるのもまずいので、少々妥協し、その部分だけはビニールを張らないことにした。それでもまずまずの効果があったと思う。

カバー設置完了

2020年からコロナ禍に入り、それに伴う休業を経て再び店を再開した頃、「コロナ以降に向けた攻めの姿勢を」ということで、二階への階段設置を具体的に考え始めた。予算等の都合で二階全てを工事することは現実的ではなかったため、階段を取り付けた上で、二階に柵を設け、壁周りを本棚で取り囲むというところまでの計画にした。この頃には開店から三年ほどが経過しており、いくら本棚を増やしても一階だけではスペースが不足していた。ご時世によりECによる古本の販売がそれなりに軌道に乗ってきていたこともあり、二階が(工事をしない他の部分についても)倉庫として使えるようになるというのも階段設置の重要な利点だった。

工事は地元の大工であるJさんにお任せすることとなった。Jさんは引越してきた後の早い段階で私たちのような外から来た者を認めてくれた(と私が勝手に感じた)恩人であり、何かと私たちのことを気にかけてくれた兄貴的な存在(と私が勝手に思っている)のひとりだった。Jさんとは普段からの関係値があるので、最初からスムーズかつ具体的に工程の話を進めることができた。施工内容についても材料や工法等々を丁寧に説明していただき、その都度こちらが選択できるようにしてもらったので、事前の想定と出来上がりにずれがなかった。というよりも、完成した階段や柵は想定よりもはるかに立派な出来で、何より、元からここにあったと言っても驚かないほどこの建物によく馴染んでいた。ちなみに、古い建物なので、二階床(柵を立てるために補強が必要だった)にそこそこの傾斜がついており、工事の際にはその補正にかなり苦労されたようだった。よく考えれば当然のことだけれど「古い建物=よい」ということばかりなわけはない。リスクもあるのだ。

階段設置

予算を抑えるために、工事前の養生、引き戸をつけてもらう箇所の壁抜きや、使用する板のペンキ塗り等に関しては自分で行った。養生は時間さえあればもう慣れたものだ。壁抜きは土壁だったので、鼻炎の私はなかなかひどい目にあった(粉塵マスクをつけて臨んだが完璧には防げなかった)。とはいえ、自分で壊してみると構造がよくわかるので、その点だけは楽しむことができた。ペンキ塗りに関しては、7mほどの長めの板だったため、一度ほとんど全ての材料を母家に運び込み、大広間(アズマダチ建築の古民家には「枠の内」いう大広間があることがほとんだ)で数週間作業を行った。当たり前のように享受していたが、いま振り返ると、こういう作業スペースがあったことはDIY環境として恵まれていたな、と思う。

枠の内でペンキ塗り

Jさんによる大工工事の工程が終わり、本棚を設置する前に、二階スペースをとり囲む土壁をなんとかしなければならなかった。壁から落ちてくる塵への対策だ。それまで特に大きな影響はなかったものの、強い風が吹いた日などは若干塵が散らばるということがあった。二階に大切な本を置き、お客さんを上げる以上、対策は万全でなくてはならなかった。すでに階段がついていたので、脚立を二階に上げて作業を開始した。徹底的な掃除の後、まず、土壁に馴染む色のコーキング剤で隙間を埋めた。その後、土壁強化剤で可能な限り全面を固めた。終始脚立に登りながら行うそこそこ危険かつ面倒な作業だったが、終わった頃に二人目の子どもが生まれたからか、不思議としんどい記憶にはなっていない。人間、単純なものだ。いやむしろ複雑なのか。

レール付きの本棚

二階の本棚は、知人である福野の木工職人Mさんに製作をお願いすることとなった。配架する本の判型が変わっても柔軟に対応できるよう、ほとんどの棚はレールで高さを変更できる仕様にしてもらった。調整に何度か立ち会ったが、最終的には細かい傾きの確認などしっかりされていて、DIY もいいけれど、やはりプロの仕事は違うなと感じた。

ちなみにMさんは富山〜金沢周辺の古本屋界隈から引っ張りだこの存在で、私たちもこの本棚以前に、催事用の持ち運びができる箱を作っていただいたことがある。催事以外のタイミングでは店で本棚として使用しているから、コメ書房に来店された方は知らないうちに目にしていると思う。これは優れもので、棚の中身(選書)を作り込んでから車に積み込むことができ、現場では起こすだけで売り場が成立する。またスタッキング可能なため、運搬の際の倒壊リスクも少ない。自分で作ろうと思えば作れないことはないのだろうし、実際自作している同業者もいるにはいるが、持ち手の穴、スタッキング機能、材料選び(軽くて丈夫)など、私にはさすがに手が余るなという代物だ。

スタッキング可能

できることは自分たちで、できないことはプロに任せる。やはり、それくらいのバランスが私たちには合っていたなと思う。まあDIY に限った話でもない。もとより私たちは超人ではないのだ。超人ではないし、ありあまるようなエネルギーも、たくさんのお金も、時間も、特別なスキルもない。多くの人たちの力を借りて、凡人ができる限りのことをやってみたという記録が、この一連の記事だと思っていただければよいと思う。

最終的なペンキ塗りのタッチアップを完了する時間がなかなか取れず、当初予定より大幅に遅れてしまったものの、本棚に本を詰め終わり(あの作業はどうしてあんなに楽しいのだろうか)、無事に二階をオープンさせることができた。2022年の秋頃のことで、これでおおむね現在のコメ書房の姿が完成した。

二階の本棚

今回閉店することで、二階の、それよりも奥のスペースは結局ほとんど手付かずのまま残ることになる。長い間あたためていた構想では、いつかそこを一部は倉庫、一部はイベントスペースに改装して、ちょっとした映画の上映や演奏会などを開催したいと考えていた。いつになるかはわからないけれど、それまでにまたエネルギーと少しのお金を蓄えて。せっかくだからできればそのときはまた、下手でもDIY がいい。床の下にはスタイロフォームか何か断熱材を入れよう。そうすれば一階の断熱効果も上がるだろう。店の営業と並行しながら少しずつ進めることもできるはずだ。そんなことを何年もずっと考えて、ずっと夢を見ていた。

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