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THE FIRST SLAM DUNKの感想(ネタバレあり)



新しいスラムダンク

スラムダンクは元々めちゃくちゃ好きだけど手元に単行本を置いていなかったので、今作を観る2ヶ月位前から数巻ずつチビチビ買い直し復習してから鑑賞した。
個人的にはこれがとても良くて、試合の細かい流れや結末を知っているからこそ今回のメインになる追加された「語り直し」の部分により集中出来た。

その「語り直し」だけど、ポスターの並びや予告の時点でなんとなく予想はしていたが、ここまで「宮城リョータ」を主役にした作品になっているとは思わなかった。

今作の監督であり原作者でもある井上雄彦がただ単にスラムダンクの名シーンをアニメ映画にする訳は無いと思っていたけど、「バガボンド」や「リアル」等、泥臭い人間ドラマをメインにした今の作品と通じる「1人の人間の喪失から再生」までを丁寧に描いた作品になっていたと思う。

今、井上雄彦が描きたいのは少年誌的なバトルじゃなく、青年誌的なドラマ描写だと思うので、みんなが大好きな山王との試合描写すらそのドラマを盛り上げるオマケに感じた。

今の井上雄彦が描くドラマ描写

追加された宮城のエピソードの数々は「リアル」のアプローチに近い気もする。
「リアル」は「スラムダンク」に出てくる才能の塊みたいな人達になれなかった人々を井上雄彦自身が自己言及的に描いた作品になっている気がしていて、主人公の1人野宮はバスケットが好きだったが桜木花道の様な才能はなく、暴力的な衝動を抑えられず高校を中退する所が話が始まる。

その他、流川の様にスポーツの才能に恵まれながらも中学生の時に病気で車椅子生活になり、そこからなんとか這い上がり車椅子バスケを続けるが、我の強さ故にチームメイトと上手く馴染めずにいる戸川。
野宮と同じバスケ部でキャプテンをしていたが、傲慢で他者を見下しながら生きてきて、その果てにあまりにもしょうもない理由で事故に遭い半身不随になってしまう高橋。
そういう人間臭い主人公達の人生の上手くいかなさを少年誌的な爽やかさはなしで文字通り「リアル」に描いた作品になっている。

スラムダンクはそんな井上雄彦の近作に比べるとある意味で記号的にも感じる天才達を描いた作品だと思うのだけど、その中で他のキャラの板ばさみ的に少し地味で不遇な扱いを受けていた宮城リョータというキャラクターの目線で、彼の人生のドン底だった時期を愛おしく切り取る様な映画になっていたのが、とても最新の井上雄彦の作品を観ている感じがした。

バスケアニメとしてのクオリティ

CGアニメだからこそ出来る、そこで彼らがバスケットをしているという表現手法も違和感がなくてとても良かった。
漫画だと伝わりきらない動きによって、プレイヤー達がいかにすごい事をやっているのかを伝えてくる手腕もすごいと思う。ただ単にCGのアニメで表現すると、コマ割りでその時の心情や表情のアップが無い分、スピーディー過ぎてこちらが感情が追いつかないまま本当にただバスケの試合を流しているだけになりそうな気もするのだけど、カット割りやスローモーションの使い方もしっかりしているし、映画として観せるバランスになっていたのはお見事。
スラムダンクの中でも、というかスポーツ漫画史に残る屈指の名勝負である山王戦を、今そこで起こっている様な臨場感で試合として表現しているのにとても感動した。

宮城

とにかく今作の一番の魅力は、宮城とその家族とのエピソードの繊細な描き方だと思う。
冒頭の父親が亡くなった時の兄の強がり、その兄との苦すぎる死別、兄の代わりになろうとしてなれない日々、かつて兄が泣いていた洞窟の中での号泣シーン、そして母親への不器用な手紙、等、思い出したら泣きそうになる印象的な場面が沢山あった。

そして山王戦での元々名シーンではあった「ドリブルこそチビの生きる道なんだよ!」の場面が、かつて山王との試合を夢見ていた兄の想いや、静かに見守る母親など、彼のこれまでの全てが集約される様な演出になっていて思わず泣いてしまう。

最終回のその先を描いたラストも驚いたけど、吐きそうな程緊張していても平気な顔をして闘い続ける宮城の物語はまだ続いていくのを宣言しているみたいで、また泣いてしまった。そんな感じでとにかく彼の為の映画なので彼のシーンは全部素晴らしくて最高だった。

三井

オープニングの横並びで歩くキャラクターの紹介順がそのまま今回の映画のメインになっていく順番でもあって、湘北メンバーの中では宮城の次に三井が今作では描かれる部分が多くなっている。

宮城目線だと三井との揉めていた時期が入院をして、一番腐っていた時期になるので結構重要なポジションになっている。
引っ越ししたばかりで初めて声をかけてくれたのが三井だったというのも、後にソータと重なる様に湘北での兄的な関係性になっていく最初の出会いとして良い改変だと思う。

個人的には原作では名シーンとされる「安西先生バスケがしたいです。」の所とか今読むと「いや、これだけの事しといてそれだけじゃ済まんやろ」という気持ちになったので、今回の映画でちゃんとバスケ部に戻る際の謝罪のシーンが入っていたのは凄く良かった。

赤木

今回印象に残ったのは、河田に追い詰められ倒れた彼が再び立ち上がるシーンの改変だった。
宮城の記憶とも重なる回想シーンで前キャプテンとの確執が描かれるのだけど、倒れたタイミングで悪魔のささやきの様に前キャプテンの幻が囁くのを振り払い改めて今自分が出来る事に気づきチームメイトを活かす為に立ち上がる。
ここは原作では赤木の神奈川でのライバル魚住が大根の皮むきで救うというかなりギャグ寄りな励ましをして立ち上がるシーンになっていた。
もちろん原作は彼らのライバル関係がとても印象的だったので名シーンだとは思うのだけど、今回は会場に観にきている海南チームのメンバーや魚住などのかつてのライバル達は描きようがないのでカットは当然だし、なんなら僕は今回の映画版の改変の方が好みだったりする。
人に助けてもらうのではなく自分の中で自分の弱さと向き合い自分で立ち上がるというのが、この赤木という真面目な男には合っている気がしてより感動的だと思った。

沢北

山王高校のエース。
原作の方では幼少期からの父親との関係性が回想として入るのだけど、今作では神社で神様に祈るシーンが入る。
それが全国制覇とかじゃ無く、日本一の高校生プレイヤーでありながら自分に足りないものを未だに求めているのが、とても彼らしいしそれが皮肉な形で成就してしまうのが切ないし、原作では無かった思わず悔し泣きをして崩れ落ちてしまうシーンが入ってるのがやっぱり今の井上雄彦の人間ドラマ演出になっていたと思う。

山王側で唯一彼のエピソードを少しだけ描かれるのが観ながら引っかかていたのだけど、最後に宮城のその後と合流していく流れも良かったと思う。

気になった所

ドラマ部分や宮城メインの構成は満足だし、山王の試合のシーンのメインの登場人物の動きとかは良かったけど、引きの画になると少し安っぽく感じる部分も多かった。
特に観客のハリボテ感はもう少しなんとかならなかったのかなぁという気はする。アニメというよりゲーム映像見ているみたいな瞬間が何度かあった。

あと原作は桜木花道が主人公で、彼に対して常に先を走り続けているライバル流川との関係性がメインの描き方になっているので、試合の決着が最大の感動的な見せ場になってくるのだけど、そこが今作は宮城を主人公にしたことで、かなりあっさりした描き方になっているのはなかなか難しいバランスだなぁと思った。
これは今回のアプローチだとしょうがないのだけど、個人的にはこの映画のみ一作で楽しむというよりは、原作の元々の名シーンを読み尽くして、色んな登場人物の背景を知っているから別の視点で感動をさせるタイプの作品だし、先に漫画のスラムダンクを全巻読んでいるのはかなり必須な気がする。

あとThe Birthdayの曲に乗せて横並びで湘北メンバーが歩いてくる最初の演出がめちゃくちゃカッコ良かった。あそこのこれから何が始まるんだ?というワクワク感からの山王登場の流れが痺れる。
今年のベストオープニングだと思う。

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