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「空白」の感想(ネタバレあり)


新たな吉田恵補作品

前作「BLUE/ブルー」から半年も待たず、吉田監督の新作が観れるのは嬉しい限り。
「BLUE/ブルー」は甘くはないが爽やかな印象も強い作品だったけど、今回はドスンと重いものをこちらに対して突き付けてくる様な作品だった。
自身が影響を多分に受けていた「愛しのアイリーン」の映画化、ずっと続けてた来たボクシングを題材にした「BLUE/ブルー」と、吉田監督自身が個人的な想いに沿ったある意味で集大成的作品が続いていた印象だったので、この後どんな作品を撮るのか楽しみにしていたのだけど、これまでの作風からかなり変わった所が多い気がした。
特に今回はお得意のコミカルシーンがほぼない。
あまりにも酷い事が起こってブラックユーモア的にコミカルになっているシーンはあるのだけど、これまでの様な分かり易く笑えるポイントが全然なくて結構ビックリした。(それでも寺島しのぶがキスする所とかで劇場内で笑いが起こってたりして良かった。)
「ヒメアノ〜ル」とか結構重い話でもコミカルさでバランス取っていてそれも良かったのだけど、今回は悲劇や絶望と真っすぐ向き合う作品になっていて、それだけにラスト周辺の感動のカタルシスがより大きかった。

空白

娘を亡くした添田や元妻、担任だった教師、など花音が亡くなった事で狼狽える人達だけじゃなく、大切な人を亡くし空白を抱えている登場人物が今作には沢山出てくる。
スーパーの店長の青柳は父親と最後に電話が出来なかった事が引っかかっている、添田の傍にいてくれる藤原季節演じる野木も同じく亡き父親、そして片岡礼子演じる娘を亡くしてしまう母親。

しかし大切な人の突然の死に対して「あの時ああしておけば良かった」という想いを抱く事って誰の人生にも訪れるもので、彼らの苦しみは決して他人事ではなくて、観ながら登場人物と同じ様に心が痛む。
映画は人生の予行練習ではないかもしれないけど、「あなたならどうする?」とこちらに突き付けてくるし、やっぱりそれでもその空白を埋めようとしながら必死に生きていくしかないと、元気づけてくれるような作品になっていると思う。

添田

最初の仕事シーンは「他人に対して厳しい人だな」くらいの印象だったけど、通行止めの場所を無理矢理軽トラで突破しようとした所で完全にやばいヤツ認定に変わる。ここの一緒にいる藤原季節がもう何言っても駄目だと分かっているので素早くコーンをのけていくのが最早コミカルで笑う。

予告で娘を亡くす事は分かっているだけに、この時点でどんな恐ろしい怪物になっていくのか想像するだにクラクラしてきた。

最初の花音が万引きをして青柳にバックヤードに連れて行かれる所は、その後観る青柳の雰囲気と若干繋がらない冷たい印象がするし、微妙に断片的でぼやかす様な見せ方になっているのだけど、僕は添田の想像している映像なのかなと思った。
何故こうなったか絶妙に何か抜けている感じで、だからこそ「空白」を埋める為に青柳に執拗に執着している気がした。

直接の死因である車の運転手に対しての怒りはなくて、青柳や学校側に対して怒りを燃やしているのが、殺された事より舐められている事に怒っている感じ。それとテレビが悪い意味で自分達の報道をコントロールする気がなくて、店側も父親側のどちらも擁護する気がないどころか、明らかにどちらの事も馬鹿にしているのが本当に胸糞が悪い。だから途中、添田がテレビ局に電話して怒る所は真っ当に彼に共感してしまいそこだけちょっとスカッとしてしまった。

運転していた女性が自殺してしまい彼女の葬式に行く所で、母親が自分と同じ様な苦しみの中にいながらも必死に発する言葉の数々を聞きながら彼の中の意識が変わる所は重要なシーン。
「自分の方がそちらより正しい」と主張する不寛容な登場人物達の中で唯一彼女だけが他人のせいにするのではなく正しい人間であろうとしていて、地獄の様に生々しい苦しみを描きつつそれでも善意を信じている様な吉田監督の優しさを感じる。
これまで誰の話にも耳を傾けなった彼が同じ痛みを持った人間の言葉で変わっていく。

ラスト前、娘の事を知る為に同じように絵を描き、少女漫画を読んだりするシーンは感動的なのだけど、彼女の気持ちに近づいた事によりずっと知りたくなかった万引きの可能性を見つけてしまう。
その後、青柳を見つけ和解を示唆して、彼が冷静に対話を試みようとする所は感動より彼の狡さを強調されている感じで、ただ良い話で終わらせないバランスは吉田監督の真摯さを感じる。

それでもそれぞれに嘘臭くない希望を提示している所でやはり感動してしまう。彼が初めて人に謝り自分の気持ちに正直になった所は思わず泣いた。そして「どうやってみんな折り合いをつけるんだ」と、問いかけるシーンで、セリフじゃなくて手を握って答えるという演出がとても上品で素晴らしかった。
そしてイルカの様な雲の画を見つける時に、「確かにこの世界で娘と同じものを見れていた」と分かる所は演出がさりげなくて、また涙腺が決壊する。

青柳

松坂桃李のイケメンだし一見好青年にも見えるけど、なんとなく信用できない佇まいが本当ハマっていた。
なんでもとりあえず謝って、それが逆に火に油を注いでしまう事って誰にもあると思うので、他人事と思えない。
そんな優柔不断な性格の彼が父親の跡を継いで店長として店を守っていこうとしていたのは本人的には、父親との最後に心残りがあり彼なりの贖罪の意味もあった気がしてそう思うと切ない。

それと今作で僕が一番好きなのは弁当屋相手に彼が声を荒げてクレームを言うのだけど、その後改めて電話をかけ直し謝ってまともに食べていない弁当に「美味しかった」と話す所は思わず泣いてしまった。
ずっと人に謝り続けてきた事で分かる痛みで、決して悪い人間になれない優しさと哀れさ、彼の中でギリギリ守っている善意があまりにも観ていて辛い。ここは本当松坂桃李にしか表現出来ないであろう凄みがあった。

そして「弁当」というのが心に残っている故にラストの我らが奥野瑛太(あんだけの登場で全部さらっていくのズルい!)との会話のカタルシスがデカくて目がもげそうになる位泣いてしまった。ここも青柳に関して取ってつけた様な救いになってしまう恐れもありそうだったけど、奥野瑛太のどこにでもいそうなお兄さん的な自然な佇まいと、松坂桃李の受けの演技が凄まじくて本当に素晴らしいシーンになっていた。

花音

彼女を不在の中心にせずとても人間臭いバランスで描いているのがいかにも吉田監督らしい。前作「BLUE/ブルー」でもそうだったけど、一生懸命に生きているのにどうしても上手く出来ない、立ち回れない人の哀愁を描くのが本当に上手い。個人的には「ギャングース」でもお馴染みの幸薄い表情にさらに磨きがかかった伊藤蒼のはかない佇まいが切ない。

事故シーンが思わず目を背けたくなる凄惨さで、一度跳ねられて起きあがった後に突っ込んでくるトラックのタイミングに思わずビクッとなってしまう。引きずられた血の跡とかかなり残酷で本当にきつかった、、、。

スマホを持ちたいと思っていた彼女に対して最後iPhoneを仏壇に備えてあるのとかさりげない演出だけど泣けてしょうがない。

スーパーの面々

最近は「ヤクザと家族」の肝っ玉母さん的なイメージや「アーク」のバリバリなキャリアウーマン的なカッコイイ女性役がバッチリハマる女優という印象があったけど、寺島しのぶをこんな痛々しい使い方をするのは本当吉田監督は意地悪だ、、、。
善意の押し付けと青柳に対する恋愛感情がごちゃ混ぜになって、全然話通じない人という意味で一番添田と近い人間だと思う。「こちらが正しい、あちらは間違っている」という価値観が同じだ。
ラストの力こぶを見せるシーンが切なすぎて辛い。

あと吉田監督作品では「愛しのアイリーン」でも印象的だった桜まゆみの最初から最後までずっと気の毒な感じもちょっと笑ったし、あと青柳親子をずっと支えてきたであろうおじさん役、加藤満の全然説明はないけど優しい存在感も素晴らしかった。いつも明るいムードメーカー、地獄の様な人間関係をかろうじて繋ぎとめていたのはこの人だと思う。

教師

趣里演じる教師も凄かった。
冒頭の花音に対して効率的に動く事を注意する所の、言ってる事は真っ当だけどキツい感じが凄くリアル。その接し方に関して後から後悔し他の先生に相談した時に「今更理解者ぶるのはズルいですよ」と冷や水をかける様なセリフで返される所は、吉田監督が多大な影響を受けている新井英樹の作品みたいなキツイやりとり。それでも何かしようと添田に重要な意味を持つ絵を届けに来る所に繋がってくるラストのやりとりに感動してしまう。

個人的に趣里は「生きてるだけで愛」の印象が強くて、そちらではどうしても他の人の様に器用に生きれなくて生き辛さを抱えた女性を演じていたのだけど、今回の役が器用さや効率的な方法を押し付けてくる役で真逆の人だからこそ逆に強く連想してしまった。(音楽も今回と同じ世武裕子だし)
同じように「恋人たち」で大切な人を亡くしボロボロになっていた篠原篤が今回は妻を優しく支える役だったり、それぞれの俳優さんが代表作を思い起こす様な配役になっているのも絶妙だったと思う。

その他、吉田監督作品では「さんかく」以来の田畑智子も今作はまた全然違う雰囲気で良かったし、何と言っても添田を人間として繋ぎとめる役割として大きい藤原季節の役柄に何回も涙腺を刺激された。今作唯一のコメディリリーフで彼がいる事で映画全体の風通しが良くなっていた気がする。青柳の次に「すんません、すんません」言ってるけど全然心がこもってないのが最高。最初のギャグ的に話してた「ホストになる」が終盤で繰り返される所はボロ泣き。

これまで観た吉田監督作品の中でもかなり重い部類には入るけど、やっぱり最後に残る優しい後味とか相変わらず素晴らしくて、最近はマジで撮る度ベストを更新しているのが本当凄い。「BLUE/ブルー」とは全然違う雰囲気でこちらも大傑作になっていて個人的には今年の年間ベストトップ3に2作品が吉田作品が入っているという状態になってしまった。

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