「彼女が好きなものは」の感想(ネタバレあり)
描くテーマに対する真摯さ
LGBTをテーマにしている作品だけど、映画内でも言われた通り決して分かりやすく単純化しない事を徹底していて僕はそこが真摯でとても好感を持った。
前半部は心象ナレーションから始まり、登場人物同士の言葉数も多く説明的な感があったのだけど、登場人物の紹介が終わった中盤辺りからグッと映画的な画で見せる演出が印象に残ってきてどんどん引き込まれていった。
LGBTをテーマにした映画は近年特に世界的にも沢山作られている訳だけど、あくまで「映画」として受け取ってしまう、こちらに対して警鐘を鳴らすような作りになっている。
途中のゲイについてどう思うかクラスメイトに意見を言ってもらうシーンがあるけどすごくドキュメンタリーっぽくなっている。
ただそこで生徒が答える内容が現実の僕らの感覚の模範解答っぽくて「世界的にはそうなってるから受け入れるべき」とか「僕は気にしません」みたいな現実感がある意見が出るのだけど、それに対して小野が言う「みんな他人事じゃないか」という批判が観ているこっちにも問題意識を切実に投げかけているみたいでかなり喰らった。
ラストの演説シーンはフィクションだからこそ出来る希望ではあるのだけど、それでも厳しい現実に対して背中を押す様な描写になっていてとても胸を打たれた。
でもそこで終わらずこの映画で一番傷つき命をも落としてしまった人物への想いを馳せる場所で映画は終わっていく。
もう亡くなってしまった人に対して全ては手遅れで、両親の何も出来なかった後悔などが苦しくて、こないだ観た「空白」とも通じる重さがあるのだけど、海辺の駅で純が紗枝と離れ離れでもお互いを「好き」であるまま生きていく事を宣言するようなラストの切れ味に思わず泣いてしまった。
純
ゲイである事と家族を作って生きていく事を両立したいと願う主人公なのだけど、僕はこういうLGBTを題材にした作品で見た事がなかったので、当たり前だけど「そりゃそうだよな、、、」と気づきになる事が多かった。
紗枝がラストの演説で言う通り、ひたすらゲイである事を隠す事で回りとの軋轢をなくしたのは、彼が優しい人間でもあるからなのだけど、傷つける結果になるとしても紗枝と付き合う事を選んだのは初めて自分の幸せを願ってしまった結果で、誰も間違ってないし、それが観ていてとても辛い。
彼の目線で観る高校生男子の下ネタに合わせるシーンの数々が観ててキツいし、自分もあの空気感の中で学生生活を送っていたのを思い出し居心地が悪くなってしまう。
演じた神尾楓珠、今作で初めて観たけど繊細で優しい雰囲気がとても良かった。
紗枝
特に彼女が水族館で純を好きになる瞬間の描写が素晴らしくて、彼のペンギンの水槽を見上げる顔、それを見つめる山田杏奈の表情の変化だけで恋が始まっていく高揚感が伝わってきた。そこからは「とにかくこの二人に幸せになって欲しい!」と思いながら観ていた。
腐女子(そもそもこの名称とても苦手だ)というレッテルみたいなものに縛られて自分の好きを隠し続けてきた人だからこそ、背負ってるものは同じではないけど好きを隠している彼を好きになる瞬間がとても尊く感じた。
ただその彼女が好きなBL漫画がゲイである彼を傷つけるのではないか?という部分をも乗り越えてやっぱり好きなものを好きな自分を讃えあう様なラストは凄く好きだ。
ラストのスピーチの時に彼女が純の目線の裏でもっと好かれようとがんばっていたシーンが入ってくる所で特に胸が締め付けられた。
最近は山田杏奈出演作がかなり豊作で「ひらいて」のゾッとする様な妖艶な役も素晴らしかったけど、僕は今作の優しくてチャーミングな紗枝役が今年観た作品では一番好き。
大体家族殺されたり呪われたり酷い目に合う役ばかりなのでこういう普通に爽やかな役も今後もっと観たい。
亮平
なんと言っても一番泣かされたのは彼だった。
彼が純や紗枝や小野がバラバラになるのを常に繋ぎ止めているのだけど、下手すると「そんな性格良すぎな都合の良い高校生いる訳ないじゃん」とシラけしまいそうな気もするのだけど、流石は前田旺志郎で圧巻の存在感だった。
僕の大好きな是枝監督の「奇跡」でも無邪気に、それでいてそこで生きているとしか思えない実在感でこちらを感動させてくる役柄だったけど、あの時の彼がそのまま高校生になった様な、とても良い奴なのにやっぱり記号的じゃない実在感でそこにいる感じが素晴らしかった。
ゲイである事が発覚して学校を出て行った純を公園で引き止める所の子供時代にスッと戻る演出とかもとても良くて、油断してたら泣かされた。
この映画で純や紗枝より先に恋とか友情を超えて「あなたがあなただから好きなのだ」という事を体現しているのは彼だと思った。
他にも優しい人ばかりの中で正直に、かと言って露悪的じゃなく自分の意見を言える小野役の三浦獠太も素晴らしかったし、今井翼のちょっと汚れた大人感も新鮮だった。
あとちょっとしか出なかったけど、担任(?)の男性教員の人が本当にそこにいそうな良い先生って感じで凄い実在感だった。
そんな感じで、とても重いテーマの映画だけど、けっして安易なハッピーエンドで終わらず、観た後も考え続けてしまう作品。
それでいて青春モノとしても、とても爽やかな映画になっていて素晴らしかった。