「エンパイア・オブ・ライト」の感想(ネタバレあり)
サム・メンデス監督最新作。
同時期にやっていた「バビロン」に比べると映画がある事の意義みたいな部分をさほど重要にしていないし、あそこまで激烈なシーンもない。
でもあくまで僕達の様な小さな人生を生きる人々のドラマこそがメインで、そこに気休めかもしれないけど、側にある小さな光として映画が寄り添っている様な素朴な味わいがとても深みがあって素晴らしい作品になっていた。
冒頭に出る「暗闇の中に光を見出す」というフレーズがこの映画の全てを示している様にも思える。暗闇の中にいても一時の安らぎをくれる映画讃歌。
サム・メンデス監督✖️ロジャー・ディーキンス
全シーンどこを切り取っても美しい画作りへのこだわり等は流石のサム・メンデス監督とロジャー・ディーキンスの黄金コンビという感じで、どのシーンも本当に印象深く刻まれる。
この映画の中である意味もう1人の主人公とも言える映画館の撮影が本当素晴らしくて、実際はあの映画館はもう廃館になってしまったらしいのだけど、かつて映画を流し続けた場所にこれ以上ない敬意を持って美しく映画の中に残そうとしている気がした。
特にヒラリーの心情を示す様な窓の撮り方とかは本当巧み。前半のスティーヴンと愛し合った後のタバコを吸うシーンの2人の後ろの窓の色の違いが、この先見えている景色が違う事を示唆しているみたいで美しいし上手い。
そういう繊細な窓描写が味わい深いからこそ、デモのシーンで窓を割って入ってくる若者達の暴力性がとてもショッキングでハラハラしてしまう。
中盤に心を病んでしまい自分の部屋の窓からヒラリーがスティーヴンを見下ろすカットの怖さやその後完全に部屋中の窓を閉め切ってしまう描写で、もうこの2人は心を通わせる事は出来ないのかもしれないという絶望感、それでも立ち直りお互いの未来を讃えあい直接陽の光を浴びて映画が終わっていくラストカットの鮮やかさに泣いた。
静かな映画愛映画
スティーヴンがノーマンから映写機材の使い方を教わるシーンで「映画を観ている間は闇が見えなくなる」というのをさりげなく会話の中に入れている所とかプロットとして上手いし、演出の仕方もすごく感動的だった。
何かが解決したり、救いにはならないかも知れないけど、映画を観ている間のささやかな幸せを得られるだけできっと意味はあると作り手が宣言しているみたいだ。
最近は映画愛をテーマにしている作品が多い気がするのだけど、映画が僕らの様な普通の生活をする人間に寄り添って存在しているような目線が凄く好きだった。
ラストに映画館で働きながらも、これまで映画に触れてこなかったヒラリーの喜びの表情が、今それを観ている僕らと繋がっているみたいで、思わず泣いてしまった。
それでいて映画館の支配人が肉体関係を強要したりするのが最近の日本のミニシアターでも明るみになりまくっているハラスメントの問題とも通じる気がするし、店員に信じられない悪態をつく観客のおっさんとかがしっかり出てくるのが、やっぱり映画を発信する側も受け取る側にも悪い人間はいるという綺麗事だけじゃないリアルさも描いているのが逆に真摯に思えた。
ヒラリー
家庭環境のトラウマに心を病み、その心の弱さにつけ込む様に関係をせまる映画館の支配人によって悪化して、常に暗い表情を浮かべているのだけど、スティーヴンとの出会いによって活き活きしていく様子が本当に素晴らしくて、今世界で一番演技が上手い女優なんじゃないかと思えるオリヴィア・コールマンの圧巻の演技も凄いし、積み重ねられる繊細な演出や、彼女の心情にリンクした美しい撮影なども最高としか言いようがない。
終盤ノーマンが彼女にスティーヴンのお見舞いに行った方がいいと話す場面が凄く良かった。
誰かと向き合うことから逃げた結果、逃げた理由も思い出せなくなると話すノーマンの切なすぎる表情と、でもその後悔があるからこそ彼女の背中を押す事が出来る連なりの様な部分にめちゃくちゃ感動して泣いてしまった。
スティーヴン
彼の素直さでヒラリーが変わっていく様子がとても愛おしい。
人懐っこい無邪気さがとてもチャーミングで初めてヒラリーに映画館の中を案内される所の「上の階もみたい」とキラキラした目でお願いする所で「こいつは悪いヤツじゃないな」と一発で分かる感じ。
演じたマイケル・ウォードは今回の映画で初めて観たけど、爽やかな佇まいが本当に素晴らしかった。
そんな純心さを持っているからこそ彼への人種を差別する描写は観ているのが本当辛くなった。
中盤のデモから殴り込んでくる若者ももちろん、最初の方に出てくる映画館で朝飯を食べようとするおっさんの見下した態度などあまりに酷い。
それでもヒラリーやあそこの映画館の面々がいたから、自分の人生を前に進められたと思うし、ラストのヒラリーと最後に会う抱擁のシーンは泣けたなぁ、、、。
あと彼とノーマンの関係性も良かった。
振り返るとスティーヴンに自分の子供に出来なかった事を投影させている様にも思えて、映写室での彼に教えている様子が後追いで感動してしまった。それしか出来ない不器用な人間だからこそ伝えられる事が救いになっていく様なシーンだった。
ただシリアスなだけな映画にもなってなくて笑える所もあるバランスなのも好き。
特にコリン・ファースの紳士ぶってるだけに、より際立つクソ野郎っぷりとかは、腹が立ちつつもちょっとコミカルでもあったりする。
炎のランナーのお馴染みの美しいテーマ曲がうっすら流れる中、ヒラリーとの関係を奥さんにバラされて怒る所とかめちゃくちゃカッコ悪くて笑えた。
そんな感じで観る前からサム・メンデス監督作品だし良い映画とは思っていたけど、やっぱりめちゃくちゃ素晴らしかった。
個人的にはサム・メンデス監督作品で一番好きかもしれない。
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