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「パワー・オブ・ザ・ドッグ」の感想(ネタバレあり)


映画館で集中して一つ一つのシーンを味わい尽くせて良かった。
雄大な自然の風景の数々に思わず見惚れる感覚になったし、台詞も多くないので登場人物の小さな仕草も見逃せないし、明らかに大きいスクリーンで観る事に適した作品だと思う。ありがとうイオンシネマ。
今日からNetflixでの配信が始まったので細かいディテールを振り返りながら観ている。

フィル

主要登場人物全員に言えるのだけど、人間的な魅力と弱さと狡さが同時にあってそれぞれが重層的な印象を残し、どの役者さんも素晴らしい存在感だった。


カンバーバッチはどちらかというと、インテリな印象な人だったので今回のマッチョイズムを体現する様な役はどうなの?とちょっと思っていたのだけど、本来繊細な人なのに無理矢理自分の生き方を矯正しているみたいで、観ていてとても痛々しい。
自分だけの秘密基地の川辺で体に泥を塗りたくっているのが、彼の不器用な生き方をそのまま象徴しているみたいだ。

ただそういう生き方しか出来ない被害者的な目線はほぼなく、塗り固めたマッチョイズムで他の人を傷つけていく描写はどのシーンもドン引き。
レストランでのくだりから始まり、周りの取り巻きの雰囲気とかも最悪。ローズのピアノの練習を邪魔するシーンは最早威厳とかゼロで子供っぽ過ぎて観てらんない。

原作を読んでないから分からないけど、この映画で観た感じでは力が強いとか喧嘩が強いとかではなく男達が喜ぶ嫌味チョイスとかが上手くて、マッチョイズムを熟知している立ち回りが上手いという感じがした。
だから野蛮なんだけど、凄く知的なアプローチでマッチョさを醸し出しているのがなんとも複雑で、演じているカンバーバッチの雰囲気にバッチリハマっているというか、カンバーバッチにしか演じられないキャラクターだと思う。

だから終盤にピーターと仲良くなっていくことで自分の信じていた(信じようとしていた)強さに少し揺らぎが出ていき、もしかしたら良い人間になれるかもしれない微かな気づきみたいなものを手にしていくのだけど、その時点では全てがもう遅くて、それが観ていて切なくなった。

ピーターがどこまで狙って行動したのかは分からないけど、うさぎを無駄にいじめて手に怪我をしたり、ローズにさんざん嫌がらせをして牛の皮を持っていかれたりしてるので、結局自業自得の感も強い。
ただそれでもピーターに縄をプレゼントしたい想いのみで怒るラストは身勝手ではあるのだけど、この映画で唯一といって良い彼が心の底から他者に何かをしてあげたいシーンでもあるだけに、それがある意味裏目に出てあっけなく亡くなってしまうのは、言いようのない切なさがあった。

ローズ

息子の為に強くあろうとしているのだけど、男達のいざこざに巻き込まれてなかなか気の毒。
ピアノの披露の件が観ているだけで辛い結末を迎える所で、お酒を飲み干し、その後の彼女の気休めが最初嫌いだと言ってたお酒だけになっていく展開を示唆していて映画の繋ぎとしてとても良い。
あとあの食事会のシーンの彼女の表情が全然環境の違う家族の中で生きていかないといけない絶望に満ち溢れていて、地獄結婚挨拶描写として素晴らしかった。
しかしここの招かれてた知事がどんなに家族間の地獄やりとりを見てもほとんど明るい態度変えないのが、強すぎて笑った。

お酒に溺れていくシーンから、1人で働いていた時の気丈さが消えていきどんどん精神的に不安定になっていくのだけど、こういうノイローゼな人を演じたらやっぱキルスティン・ダンストは一級な役者さんだと思う。
彼女が自ら決めて牛の皮を売った後に、貰った手袋をする表情が素晴らしかった。

そしてマジの旦那であるジェシー・プレモンスとこういう夫婦役でこういう映画出るって改めて凄い。そう思うと実際はこの二人が本当の家族である事でカンバーバッチ演じるフィルの蚊帳の外で孤立してる感が増してより切なくなるなぁ、、、。

ジョージ

出だしの印象で真逆の性格な彼と兄との確執を軸にお話が進んでいくのかと思っていたけど映画が終わって振り返るとフィルとの関係はほぼ変わらないままだったのが結構ビックリした。
彼からしたら兄の心境の変化にほぼ気づかず亡くなってしまったし何が何やらって気持ちだと思う。

最初のレストランのシーンでの「うわ、また始まったよ、、、」みたいな顔をする所で個人的には男たちの中でこの人が一番まともっぽいので感情移入していった。
その後お店を手伝ったりしながら、ローズとの愛情を深めていくシーンがとても感動的。
特に結婚した後、美しい山々をバックにダンスをするシーンは映画的としか言いようのない素晴らしさで思わず落涙してしまった。
またジェシー・プレモンスがキルスティン・ダンストと本当の夫婦であるのが、とても生々しい距離感を醸し出していた。

ただ彼のズルいのはローズに辛く当たるフィルを止めてないし、彼女へのフォローも出来ない所で、大事な時にいつもいないし、結局彼女を幸せに出来ていない。
外回りの仕事を全て彼がやってるせいで(おそらくフィルに出来ないので)そうなってんだろうけど、もうちょっと頑張れよ、と思って観てた。
ピアノ弾いてよ!とゴリゴリ要求してくる所の家族に紹介しようと良かれと思ってやっているのだろうけど、全く彼女の立場に立てていない無神経さは観ていて辛かった。

ピーター

冒頭の彼のナレーションで彼にとって一番大事なモノが既に提示されていて、彼の母親への愛情や父親から言われた「強さ」の意味などが全部繋がってくる様なラストの怒涛の展開に本当にハラハラしたし、彼目線で考えるととても痛快な映画だと思った。

うさぎの解剖シーン辺りから弱々しい見た目から印象が少しずつ変わっていき、牛の死体を見つけキコキコ皮を剥いで何をしているのかと思ったら、使い方が分かった時のゾッとする感じ。医者を目指しているのとかも全部繋がってくる。

ラスト、作ったタバコを吸わせフィルを翻弄する所はとても妖艶で完全に主導権が移ったのが分かる素晴らしいシーンだった。
そして彼の微笑みで映画終わっていく切れ味も最高だった。

演じたコディ・スミット=マクフィー、僕は今作が初見の人だと思っていたけどX-MENのナイトクローラーの子だったのね。

アカデミーなど賞レースに絡むと言われてるけど、それも納得の骨太ドラマ映画だった。
そして何より「男らしさ」の有害さとその末路を描いた「現代」の映画としても傑作だった。

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