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暗箱奇譚 第8話

「ニカ………さっきから何を言ってるんだ?」
 俺は緊張していた。おかしい、夜見も、ニカも………ノブナガも。
「なんで僕が堕とされたのか分からなかったけど、ようやく分かったよ」
「堕とす?」
「神は契約を騙った。………神の資格はなくなったってこと」
 先ほど言っていた、人に仕掛けたリミッターのことか?魔素で発症する呪い。
「ここにいるのは神じゃなくて、人を惑わす悪魔。神の名を騙ったニセモノ」
 ニカは俺に説明する気はないらしい、まるで自分に言い聞かせているようだった。
 ただ、ニセモノの神というのは、あの夜見も言っていたのを思い出す。
「だから、魔素を浴びたら人が呪われる。あんな化け物になってしまう。人の姿を失う………残酷だ」
 気持ち怒っているような、嘆いているような不思議な口調だった。……と、このあと不穏なことを口走る。


「でも、僕が介入したとしても………人は生き残れないんだけどなぁ」


「は?」
 ニカは俺をジッと見つめた。
「言ったとおりだよ。要ちゃん。人は以前神殺しをしたからね。ニセモノの神と共に滅びる運命なんだ」
「ニカ、あんた………何者だよ。変な事ばっかり言いやがって。しまいには滅びるなんて」
「どちらにせよ、呪いが発動している限り怪異はおさまらない。神技が起動している今、その力を手放すことも出来ない。それを手放さない限り呪いは止まらない。今、人ができる事は、神技を諦めるか、神を殺すかの二択って事だよ」
 神技の事は分からないけど、神に匹敵する力を簡単に手放さないだろう。だとしたら、呪いを発動させる神を殺し、人を化け物にするのを止めるしかない。それがまさか、神がAIだなんて思わないし、そうだとしても壊すなんてとんでもない。
 そもそもニカが、ここまで分かっていたのなら最初から教えてくれても良かったのではないか?あとからこんな事言われても信じられない。
 ニカがなぜそんな事を知っているのか、先ほど言ってた「堕とされた」とは何なのか、分からないことが多すぎる。ニカは人間ではないのか?俺が知っている同級生は、何者なんだ?

「僕が何者だってどうでもいいじゃない。君の同級生で、始末屋の協力者。それ以上何を望むの?僕の身元より、今やるべき事が迫ってるんじゃない?………ニセモノの神の居場所が分かったんだから」
 警戒する俺に、ニカはAI破壊を促す。だから、なんで言い切れるんだ。
「出来るわけないだろ。そんな話信じられないし、証拠もない。だいいちそこまで知ってるなら、なんで早く……」
 言いながら、俺は夜見が言った言葉を思いだした。
「………ちょっと待って、夜見は俺に神を殺せば魔素の呪いは解けるって言ってた。しかも神は人間がつくったニセモノの神とも」
「へえ。自身を殺すよう進言してたんだ。しかもニセモノって自覚もしてるんだね」
「どういうことだ?神は殺してほしいのか?人間に?」
 ニカは、すぐに返事をしなかったが、やがてため息と共に答えた。
「少なくとも僕には殺されたくないだろうね」
 また、意味深なことを言う。いい加減にして欲しい。俺は、つい声を荒立てた。
「またかよ。………いい加減説明してくれ。ニカは堕とされたとか、介入しても人は生き残れないとか言ってたけど、あれはどういう意味なんだ?ニカは人間じゃないのか?」
 その質問に、ニカは何でもないような口調で

「僕は死者だよ」

 と言った。
「え?………死者?!」
「死者の国からここに堕とされたんだ。歪んでしまったこの世界を正すために」
 頭のおかしな事を言う。死者が世界を正す?
「なんで、死んだ人が世界を正すんだ?」
「だって、僕が創った世界だからね。人に滅ぼされたけど」
 もうついていけない。それって………元の神ってこと?魔素の溢れた神代の。
「世界を正すって、どうやって?」
 俺はヤケになって聞いてみた。どうせヘンテコな話を聞かされるのだろう。
「世界のゆがみの原因は、ニセモノの神と神殺しをした人間だから。それらを滅ぼして、正しい形に戻すんだ。魔素の溢れた秩序の整った世界に」
「………それって、人は結局滅びてしまうってことじゃないか」
「僕が介入したらね」

 ニカは死んだ元の神?
 世界を正すために死者の国から堕とされた?
 ニカの使命はニセモノの神と人間を滅ぼすこと?

「どっちにしたって、俺たちは滅びるのか?」
「そんなことはないよ。人の手でニセモノの神を殺せばいい」
「ニカが殺したら?」
「僕が一度手を出すと、ニセモノだけじゃなくて人間も殺すことになるよ」
 不毛な会話だ。俺はそれでも適当に聞いてみた。
「だって、そのためにここにいるんだろ?それに、人間に滅ぼされたんだからやり返したくならないのか?」
「要ちゃん。僕は今を気に入ってるんだ。人間としての僕をね。それに、人間の中には楽しかったり、愛おしい人もいて嫌いにはなれないんだよ。だから、僕は人としてこうやって生きてるんだ。もし、本来の使命を果たす事になったら、人じゃいられない。………神になるから」
 ニカは死者だの神だの言ってるが、今は単なる人間らしい。一体どういう仕組みなのか。頭が痛くなる。
「ふん。神ね。神と今のお前とどう変わるんだよ?」
「一度神になったら人に戻れなくなるよ。要ちゃんの同級生のニカには戻れない。全て忘れて———感情もなくなる」
「神って慈悲深いんじゃなかった?」
「人の思う慈悲なんてないよ。自然現象と同じ。たとえば台風に慈悲はないように」

 頭がおかしい奴なりの理屈があるようだ。俺はため息をついた。もういいだろう。
「じゃあ、俺たちがAIをぶっ壊すしかないってこと?」
「人が生き残るには、そうしたほうがいい」
「ニカはどうするの?」
「僕は何もしないよ。ノブさんが良いなら手伝いは出来るけど」
 俺はノブナガを見た。彼は相変わらず目力がすごかったが、深く頷いてくれた。
「そう。………じゃあ、今の話を報告してまた連絡するよ」
「じゃあね。夜見に会ったら気をつけて」
 嫌なことを言う。俺は片手をあげて店を出た。警戒していたが、部署に着くまで夜見には会わなかった。

 俺は、残っていた上司を含め全員にニカから聞いた話を説明した。
 言いながら、あまりに現実離れしすぎてて嫌な気持ちになっていた。

 俺の同級生は、自分が神だと思っている頭のおかしな奴と説明している事が、結構しんどい。



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