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【お題】26.胸にくすぶる炎

 ——————青天の霹靂。

 まさに、その言葉のままの事が起こった。とんでもないことだ。この俺が!!

 今まで一度だって奪われたことがなかった。学年一位の座を。あのチャラいカネチカですら俺を抜かなかったのに、あの、ポッと出のモジャ毛の眼鏡野郎がかっさらっていきやがった!
 許せない。単なるモブ顔のくせに。俺をあっさり抜くなんて。

「獅子王めけ………許さない」

 あのモジャ毛野郎が転校したのが、夏休み前の事だった。なので、モジャ毛野郎の学力は分からなかったが、この学校に転入できたということは、そう悪くはないのだろうという認識だった。(この学校は全国有数の進学校だからだ)
 そして夏休みが明けて期末テストが始まった。俺はいつだって全力を出すために、勉強を欠かさなかった。常にトップに君臨し、成績優秀者として表彰され首席で卒業する。………はずだった。

 いざ期末テストが終わり、結果が発表されると(この学校は上位成績者が張り出される)膝から崩れ落ちそうになった。一位を取ったアイツは全て満点。どういうことだ?

 獅子王めけを知っていたのは、あのカネチカの所為だった。アイツはとにかく目立つ。うるさい取り巻きもいる。ダンス部なんてチャラさ極まる部活に入っている。そんな奴が、俺のクラスに転校してきた獅子王めけに、やたら会いに来てベタベタしていたからだ。どうやら付き合っているらしい。同じ名字なので親戚なのか、赤の他人なのか分からないが、ウザイとしか思わなかった。しかも、相手の獅子王めけは、どう見てもあのチャラいカネチカには釣り合わなかった。地味で、モジャ毛で黒縁眼鏡をかけたモサい奴。夏休みにバイトをしていたらしいが(俺は塾に通い詰めだった)痩せたようで、休み明けに見たときには、ほっそりしていた。以前はもう少しモチっとしていた気がしたが。———まあいい。映え重視のコーヒーショップでバイトなんてしておいて、満点とは。どういうことだ。こっそり勉強していたのか?

 あまり気にしていなかったモジャ毛野郎を、俺はこの日から意識するようになった。次こそは絶対に一位を取り戻すためだ。俺でさえ満点を全教科取るなんてしたことないのに。
 前の学校がよほどの進学校だったのか、分からないがたまたま運が良かったのかもしれない。敵を知ることは大事なので、俺は仕方なくモジャ毛野郎と関わることにした。

「獅子王………くん。一緒にランチをしないか?」

 昼休み、俺はぼんやりしていたモジャ毛野郎に声をかけた。こいつは、基本的に弁当を持参していたが、時々ゼリー飲料で済ませてることもあった。

「誰?」

 おいおいおいおいおい!なんだって?クラスメイトの事すら覚えていないのか?「やだなぁクラスメイトの眞木だよ」
「サナキくん。なんで俺を昼飯に誘うんだ?」
 見た目と違ってモジャ毛野郎は口が悪いようだ。ぱっと見はぽやーっとしたお坊ちゃんな雰囲気だったが、まともに話したことがなかったのもあって、その言動が意外に感じた。
「ちゃんと話したことなかったし、君、こっちに来て日が浅いだろ?クラスメイトだし仲良くしたいって………思ったんだよ」
「ふぅん。俺と仲良く……ね。あいにく、今日は弁当持ってきてないんだ」
 なぜかモジャ毛野郎は、俺を疑っている。俺のモクロミに気付くはずはない。単に性格が悪いのだろう。こんな奴に学年一位を奪われるなんて!
「丁度いい、一緒に食堂に行こう。今日はおごるよ」
 俺が誘うと、モジャ毛野郎は眉を曇らせた。嫌そうな顔するなよ。おごってやるって言ってるのに。
「………おごらなくていい。折角なんで付き合うよ」
「う……うん」
 なんだコイツ。妙に偉そうだな。なんか年上と話してる感覚だぞ?
 俺は移動しながら会話を試みた。
「食堂は行ったことある?」
「———うん」
「おいしいよね。安いし」
「うん」

 くそ。会話が盛り上がらない。アカラサマに面倒くさそうな態度も腹立つ。やっぱりコイツは性格が悪い。こんな奴のどこが良いんだ?カネチカが分からん。………あ。

「カネチカ……くんは?一緒じゃないの?」
「一緒が良かった?」
 チラッとこっちを見たモジャ毛野郎と、まともに視線が合った。なぜかドキッとした。なんだ?一体。
「………いや。彼、華やかだから」
「分かる」
 え?分かるだって?
 とか思っていると、食堂に着いてしまった。相変わらず賑わっている。ひとまず俺たちは各々メニューを選び、受け取ってから席に着いた。俺は無難なランチセット。モジャ毛野郎は、食欲がないのか、ダイエット中なのかアイスコーヒーだけだった。

「食べないの?」
「———それより、君は俺に用があったんじゃない?」
 急に問われて俺は驚いた。なんだコイツ。
「なんの話?」
「そういうのいいから、俺にどうしてほしい?」
 まるで全て判った上で聞いてるようで、偉そうなのも腹が立ったが、同時に見透かされてるようで怖くもあった。

「なんで………?」

「君は俺になんか興味なかっただろ。急に飯に誘うなんて初めてだ。そんな行動を取ったのは何かキッカケがあったはずだ。………この間のテストの事?君はクラスで一番だって聞いたよ」
 コイツ。分かってて俺の誘いに乗ったのか。あと、クラスじゃなくて学年の間違いだ。
「じゃあ分かってるんだろ?僕が君をどう思ってるのか。分かっててついてきたのか?」
「わかんないよ。俺は君のこと何も。だから君は俺にどうしたいのか聞いてる」
「聞いてどうするんだ?」
「聞いてから考える。言ってみてよ」
 俺は、頭がカッとなっていた。

「言ってやるよ。お前は俺がバカだと思って見下してる。絶対に次は負けない。お前が満点を取ったのは偶然だ。次も取れると思うなよ」

 言ってやった。酷く惨めな気分だ。俺は………馬鹿だ。見苦しい。
 モジャ毛野郎は、俺をジッと見つめていた。俺はいたたまれなくなって目をそらす。さあ、蔑め。見下せ。こんな惨めな野郎は相手にならないだろう。俺が同じ立場なら、もう二度と関わらない。

「———すごいな」

「は?」
「すごい真剣だったんだね。じゃあ、次もがんばろう」
 そう言ってニコッと笑った。………くやしいが、可愛らしい笑顔だった。なのに、なんで口が悪いんだ?
「馬鹿にするなよ」
「してないよ。俺は君のライバルなんだろ?」
 そう言われて、俺はハッとした。なぜか、モジャ毛野郎———めけは、嬉しそうだ。
「じゃあ次は俺と一緒に満点取ろう」
 そう言って、めけは俺の手を取って握手した。柔らかくて暖かかった。

 その日から俺にとって、めけはライバルで———気になる存在になった。



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