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【お題】25.切ない恋心

 春樹の様子がおかしかった。それは、急な生徒会への誘いから始まった。
「生徒会?」
 俺が戸惑っていると、春樹はぐいぐい迫ってくる。夏休みが明け、俺と春樹はバイトから解放されて時間は有り余っていたのだが。
「めけ先輩、お手伝いしません?」
「………まあ手伝いくらいなら」
 そんなこんなで、俺は春樹に誘われて一緒に「生徒会」へ手伝い要員として関わることになった。何でも経験してみたいという春樹の要望なので、なるべくサポートするつもりだが、なんで急に生徒会活動をするのかは分からなかった。いずれ生徒会役員になりたいのだろうか?

「はじめまして、僕は生徒会長の浅倉です。よろしくね」
 3年の浅倉という生徒会長は、いかにも品行方正な物腰で俺に挨拶した。なるべくしてなった感じがする。俺も返事を返し、辺りを見渡す。全員揃っているわけではないが、何人か役員がそこにいた。春樹の紹介ということで、俺を迎えてくれたようだ。いつの間に生徒会と接触したんだ?と、思っていると俺はすぐに気付いた。

 …………あの顔は。

 春樹は、俺が見た中で一番の笑顔を生徒会長に向けていた。そういったことに鈍い俺でも気付いた。あれは恋をしている顔だ。そうか、以前俺に言っていた告白はこれがあったからか。悪い奴ではなさそうだが、ライバルが多い気がする。大丈夫か春樹?
 周りはとっくに気付いているのか、春樹の様子を温かく見守っているようだ。
「獅子王くん。帳合い手伝ってくれる?」
 副会長に声をかけられ、俺の意識は途切れた。見た目は可愛いが、芯が強そうな女だった。(名前は忘れた)
 何らかの資料を帳合いし終えると、副会長は礼を言って、お茶にしようと誘ってきた。見ると、他のメンバーも作業を一段落させていた。春樹は相変わらず生徒会長の側にいた。楽しそうで何より。

「めけくーん。これ食べる?」
 書記をやってるわからん男が(先輩か?)俺にチョコを渡してきた。断るのも何なので、ありがたくいただいた。特訓のおかげでそれなりに食べられるようになったので、これくらいなら大丈夫だ。礼を言って食べていると、ソイツはニコニコしながら俺を見ている、なんだ一体?
「かわいいなぁ。もう一個あげる」
「———はあ。ありがとうございます」
 まるで小動物のふれあい広場みたいな行動をする。俺の喰ってるところなんて見ても癒されるわけないだろ。変な奴だ。

 このあと、少し手伝いをしたあと春樹と一緒に帰ることになった。手伝いと言うより、おやつを食べに来てる感じだった。いいのかこんなので。
「どうでした?」
「うん。あんなゆるくていいなら………それより春樹くん。君さ……」
「分かってます!………僕は生徒会長が好きなんです」
 おお!自覚してたのか!春樹が!すごいぞ。
「じゃあ、付き合うの?」
 その質問に、春樹は急に落ち込んだ。
「———いえ、恋に落ちたときにはもう、お相手が…」
 あ、やっぱいたのか。恋人が。あんなの放っておくわけないよな。
「そっか。………まあ、その、他にもいい人見つかると……いいな」
 俺は何て声をかければいいのか困惑した。
「春樹くん。でもさ、辛くない?片想いのままなんて。無理して手伝うことないんじゃ?」
「下心だけで入った訳じゃないんです。自分で決めた事ですし。だから、最後まで続けたいなって———でも、ちょっと辛くて、それでめけ先輩を誘ったんです。すみません」
「謝ることはないよ。そうか。君がいいなら俺は構わない」
 春樹は少し困ったような顔をして「すみません。いつも」と言った。

 春樹のことだから、興味を持って入ったら恋に落ちたんだろう。だが、それは実ることはなくて。でも辞めることも出来なくて、心細くなったのかもしれない。俺は何も出来ないけど、そばにいることで気が楽になるなら良いだろう。
「上手くいかないもんだな」
 俺が呟くと、春樹は小さく笑った。
「いいんです。彼が幸せなら」
 春樹はそう言い切った。嘘は感じられなかった。
「———春樹が好きな彼は、恋人あっての彼だから?」
「ああ。そうですね。そこまで深くは感じてなかったですが。たぶん、僕と付き合ったとしても、僕が好きになった彼であったかは分かりませんから」
 人は関わる人によって変わることがある。良くも悪くも。
 春樹が好きだと思った彼は、恋人なしではあり得なかったということか。
 俺は業が深いから、そうだとしても強引に奪ってしまうかもしれないが。………本気なら、なんでもやるから。相手がどうなろうと。

「春樹は優しいな」
「いいえ、お人好しなだけです。……揉めたくないだけで、やさしくないです」
「そうかな」
 駅が見えてきた。ここで俺たちは別れる。春樹は「また明日」と言って離れた。
「またね」
 春樹を見送ってから、あの生徒会長を射止めた相手は誰だろうと考えていると、当の本人が彼女を連れてこっちに向かってきた。
「獅子王くん」
「——どうも」
 生徒会長の隣にいたのは、副会長だった。手を繋いでいる。———そうか。この女は、春樹の気持ちを知ってて平然としてた。自信があるのか、それとも……。

 春樹なんて最初から眼中になかったのだろう。

 そう悟った瞬間、俺は何となく胸が苦しい気がした。この感情が何なのかは分からない。



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