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【お題】18.四つ葉のクローバー

 独りは平気なはずだった。………なのに、あの騒がしい二人がいなくなると、タナカは妙に落ち着かないような、今まで味わったことのない感覚に戸惑っていた。
 のちにそれが「寂しさ」だと気付くまでかなり時間を要した。
 会おうと思えばすぐに会える。タナカはめけの奴隷だ。だが、めけは主だが元奴隷という異質な存在で、その所為か奴隷のタナカに対して自由を奪うことなく好き勝手させている。むしろタナカにとって有利な能力の恩恵を受けているくらいだ。そんな事をするめけの考えていることは分からなかった。

「おーい、タナカくん」
 玄関から声がした。………主だ。勝手に入ってくればいいのに、わざわざ声をかけている。タナカは、玄関まで出向いて上がるよう声をかけた。
「タナカくん。ここらでクローバーが生えてるところある?」
 入ってくるなり、主はそう尋ねてきた。
「クローバー?…ああ、シロツメクサですね。そこら中に生えてますよ」
「うん………群生してるところが良いなぁ」
「じゃあ、案内しますよ」
 タナカが提案すると、主は嬉しそうに「ありがとう」と言う。
 奴隷に礼を言う必要はないが、指摘はしなかった。

「ここなんかどうでしょう?」
 いつも散歩している道の脇に、シロツメクサが群生している広場があった。
「おお。ここならありそうだな」
「……まさか、四つ葉のクローバーを探す気ですか?」
 タナカの言葉に、主はぎくりとした。
「………べつに」
 と、言ってシロツメクサをあさっている。なぜ誤魔化すのか分からなかったが、きっとカネチカに何か吹き込まれたのだろうと予想した。
「一緒に探しますか?」
「いや、俺が見つけないと駄目なんだ」
 そう言われたら何も出来ない。タナカは主を放って家に帰った。それにしても、四つ葉のクローバー探しとは、なんとなく甘酸っぱい感じがして、主は変わったなと思っていた。

「タナカくん。入っていい?」
 また玄関から声がする。タナカは「いいですよ」と部屋から声をかけた。
「見てくれ。2つも見つけたぞ」
「良かったですね」
「タナカくんに1つあげる」
 主は四つ葉のクローバーを1つ渡してきた。タナカは思わず受け取ってしまう。
「…………なぜ僕に?」
「嫌だった?」
「そうじゃなくて、なぜ奴隷にこのようなものを?」
 そう言うと、主は恥ずかしそうに俯いた。
「礼にはならないかもしれないけど、色々教えてくれただろ。だから、あげる」
 主の頼みで料理は教えたが、礼なんていらない。それに、以前手作りのスイーツまでいただいたし。ただ、今突き返せば主が傷つくことは容易に想像出来たので、タナカは受け取っておくことにした。
「では、遠慮なく」
 本に挟めて押し花にしようか、などと思いながら、なんとなく主の嬉しそうな顔を見てると、少しだけ意地悪をしたくなった。
「四つ葉のクローバーの花言葉…………復讐でしたよね」
「え」
 案の定、主は驚いてこちらを見ている。
「カネチカさんに渡すんですか?」
「———花言葉って、復讐なのか?幸運のしるしじゃなかった?」
「ああ、すみません。花言葉って真反対のもありますからね。一般的に主様の言うとおりですよ」
 タナカを睨む主の姿に、これくらいにしておこうと思った。
「そもそもなぜ、四つ葉のクローバーを探してたんです?」
「遠慮のいらない………プレゼントって奴だよ。気を遣わなくていいやつ」
「ほう?」
「俺は傲慢だから、ちゃんと感謝とかそういうの伝えたいって言うか。言わせるなよ。君なら分かるだろ」
 主の顔は恥ずかしさで真っ赤になっている。
「そうですか。ありがとうございます主様。本当に変わりましたね。行動も外見も」
「外見はカネチカくんの所為だ」
「でも、当初よりすっかり変わりましたよ。以前はもう少しムチっとして、ぐでっとしてました」
「ムチっと、ぐでっと?」
 バイトをしていると聞いていたので、少しスリムになったのかもしれないが、以前のようなぐでたま仕様ではなくなった。………それがなんだか寂しい気がした。
 なので、やっぱり少し意地悪をしたくなった。

「毎晩愛されてると変わるものなんですね」
「誤解を生むようなこと言わない」
 主はなぜかシモネタを嫌う。潔癖症なのだろうか?毎晩あんなことをしておいて。意味がわからない。
「とにかく、場所教えてくれてありがとう。………じゃあ帰る」
「はい。いつでも遊びに来てください」
 これはタナカの本音だった。この家でイチャイチャされるのはうざいけど、遊びに来る分には構わない。………あと少しならぐでぐでしても。

 主が姿を消した後、タナカは受け取った四つ葉のクローバーを見つめた。高校生(の姿)とはいえ、やってることは少し幼い気がしたが、こうして幸運のシンボルを主から貰えるのはありがたい。自分にとっての「幸せ」を真剣に考えた方がいいかな?と、柄にもなく思ってしまった。

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