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【お題】11.ささくれた心

 夏休みが始まって、私と先輩はアルバイトに精を出していた。自分が誘ったとは言え、先輩の仕事っぷりは惚れ惚れするほどだった。その点、私の方は———いや、自分なりによくやっていると思うことにしよう。

 元々人気でオシャレなカフェだけあって、客の数は多かったが、夏休みに入ってかなり混雑している。そんな状況で、自分から見ても見蕩れる先輩の仕事ぶりに、客達が黙っているわけはない。学生に姿を変えたとはいえ、以前の先輩とはすっかり見違えてしまった。丸くなったと言うか、随分印象も変わったし、私の我が儘にも付き合ってくれている。一体何があったんだろう?

 などと、思っていたある日。
 その日は、バイトも早く終わり、一緒に店を出たときだった。見知らぬ男達が(10代後半から20代といったところか?)こちらに近づいてきた。なんか嫌な雰囲気だ。
「おい、そこのモジャ毛」
 言うなり、馴れ馴れしく先輩の肩に手を回す。
「ちょっと来いよ」
「なんで?」
「話があるんだよ」
 先輩、めっちゃ絡まれてる!私は青くなったが、ここは止めないと!と、思った瞬間、先輩がこちらに目配せした。———鈍い私でも分かった。ここはいいから逃げろというのだろう。私は察すると直ぐに路地裏へ身を隠し、素早く移動した。
 私の能力はごく限られていたが、瞬間移動は有していた。先輩のいる近くの建物から見下ろすと、肩を組んだ男が、何か言いながらどこかへ連れて行く。先輩なら心配ないと思うけど、私はすぐにカネチカの元へ向かった。今日は部活があったはずだ。

 カネチカは「ダンス部」に所属していた。勉強も運動も抜群な彼は、当初たくさんの部活に勧誘されていたが、私に気を遣って断っていた。確かに、彼は私のサポートとしてきてくれたけれど、彼なりに学生生活を楽しんでほしいと思い、好きな部活に入ることを勧めたら、案の定というかピッタリというか、キラキラ陽キャ集団の巣窟(と、正宗が言っていた)のダンス部へ入部した。
 この学校のダンス部は、かなり実力もあり人気の部活だ。そのため、校舎の別棟にある立派なダンススタジオを割り当てられ、だいたいいつもそこで練習している。

 急ぎ、そこへ出向くとちょうど練習が終わったようで、カネチカがひょっこり現れた。
「カネチカさん大変です!」
「あれ?春樹さん。どうしたの?」
「めけ先輩が、怖そうな人に連れ去られました」
「………え」
 その瞬間、カネチカの顔色が青くなった。と、すぐに女子達が部屋から出てきて、カネチカに寄ってきた。カネチカは上手くかわしながら、私を引き連れてその場を離れる。

「めけ先輩大丈夫ですかね……」
 さっさと逃げてしまった身としては、無事だと思いながらも内心穏やかではなかった。カネチカは、少し悩むような仕草をして「あれ?気配がない…」と呟いた。
「え?めけ先輩の身に何かあったんですか?」
「分からない………先輩に限って…とは思うけど」
「とりあえず、攫われたところに行ってみましょう。何か手かがりがあるかも」
 そういうわけで、私達は先ほどの場所へ戻った。が、そこには先輩の姿はない。人通りもある場所なので、ここでは変なマネは出来ないはずだ。私は目撃者を探し、近くの店舗などに聞き込んだ。ようやく掴んだ情報は、この近くにある裏路地へ向かったというものだった。
 元々曇っていた空模様が、いつの間にか雨雲に変わり、辺りは薄暗くなっている。

 すぐに路地裏へ向かったが、そこには誰の姿もなかった。焦る私とは裏腹に、カネチカは冷静に辺りを見渡し、何か見つけたのか歩みを進めた。私はそのあとを着いていく。——と。
「なんだお前、傷だらけじゃねえか」
 微かに男の声が聞こえた。
 そこは、入り組んだ先の廃ビルで、割れた窓から数人の気配を感じる。私達は身を隠しながら様子をうかがった。例の男達に囲まれ先輩は上着を剥ぎ取られていた。遠目でも体に残る傷跡が分かった。………あの傷は以前の?と思いカネチカを見ると苦しそうな表情を浮かべていた。
 やはり、そうか。
 以前カネチカが先輩に付けてしまった傷跡だ。ちょうど服で隠れる部分だったので、傷跡があるのは分からなかった。相当な怪我だったので、治ったとしても傷が残ったのだろう。
「ケジメだよ。………俺の自己満足だ」
 先輩はそう言って、例のあのけだるそうな表情を浮かべた。
「自己満足?お前マゾかよ」
「誰も俺に刃向かえないからね。………今なら見逃してやるけど?」
「ふざけんな!」
 一気に緊張が走った瞬間、突然落雷が鳴り響いた。その凄まじい音に、身をすくむ男達だったが、そこへカネチカが飛び込んでいった。あまりの速さに私は身動きひとつ取れなかった。
 男達はカネチカに気付いたのかどうか。あっという間に全員が倒れ込んでいた。
「先輩、大丈夫ですか?」
「カネチカくん。大丈夫だよ。ありがとう」
 先輩は床に投げ捨てられた衣服を取り上げ、ホコリを払っている。と、もの凄い雨音が響いた。私は慌てて中へ駆け込む。しかし、二人の間に流れる不穏な空気に圧倒され、物陰から覗くことしか出来なかった。
「ケジメってどういうことです?あの傷…治したはずなのになぜ?」
「聞いてたんだ。……カネチカくんは俺を一切責めないから」
「当たり前ですよ。先輩を責める理由がありません」
「あるよ。俺は奴隷のくせに君の力を奪った」
「それは、別に構いませんよ。先輩に使ってもらった方がいいですし。俺には必要ないです」
 その言葉に、先輩は複雑な表情を浮かべた。
「必要ない、か」
「はい」
 きっぱい言い切るカネチカに、先輩は苦笑を浮かべた。
「やっぱりカネチカくんには敵わないな」
 そう言うと「俺には君がもったいないよ」
「え?」
「ごめん。先帰る。コイツらは……自分の女が俺にどうとか言ってたけど、これで懲りただろうから放って置いて」
 どうやら、男達は付き合っている女性が先輩に熱を上げたのが気に食わなかったようだ。…おかげで大変な目に遭ったが。自業自得だろう。
「先輩?」
「あと、傷はわざと残しただけ。これは俺の戒めなんだ」
 先輩はそう言って姿を消した。残されたカネチカが困惑している。私は、そっと顔を出した。
「どうしたんですか?」
「……わからない。けど、ケジメとか戒めって……」
 シュンとするカネチカを伴って、私達はここから離れた。

 ひとまず私の家に来て貰い、部屋に落ち着く。外はまだ雷雨が続いていた。
「先輩はカネチカさんに…ちょっとだけ気兼ねしてるというか、元奴隷だったみたいですから気にしてるのかも知れません」
「そんなの関係ないのに」
「カネチカさんのそういう気持ちも分かってるから、ケジメつけたかったんじゃないですか」
「ケジメって、あの傷……?」
「カネチカさんには辛いでしょうけど、疑似的な責めを負うことでケジメを付けたかったというか。傷が戒めというのはそういった意味でだと思います」
 私が思うことを伝えると、カネチカはふうと息を吐いた。
「まだ立場とか、した事とか気にしてるってことですか」
「多分。カネチカさんが好きだからこそ気にしたというか、絶対本人は言わないでしょうけど」
「………そうなんだ」
 カネチカはそう言って、立ち上がった。
「それって、先輩が俺のこと思ってくれてるってことになりますよね」
「はい。複雑そうですが、そういう事ですね」
「………そっか」
 カネチカはニカッと笑うと「ありがとう!先輩のとこに戻ります」
 といって姿を消した。

 先輩なりに色々思うことがあって、あえて戒めとしてあの傷を残しているのだろう。それは、カネチカに対する「詫び」の気持ちの表れとも言える。

「………結局のろけじゃん」
 私はそんな根本的な事実に気づき、雷が鳴る中ぼやいた。なんか妙に心がささくれ立っている気がしたのは、気のせいだろう。——たぶん。

 

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