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ある使節の記録 第8話

 なんでこんなことになったんだろう。よく分からない。

「あー、先輩それじゃないですよー。あれの隣の…」
「あれって何だよ?」
「晴明、こっちから見る?」
「ああいいね。春樹に耐えられるかな」

 ここは、カネチカの住む一軒家。正確にはタナカという兄と同じ大学の男の家だった。私が人間の勉強として、どんな作品から学べば良いか分からずカネチカに相談すると、連休に予定がなければこちらに来ないか?と誘われた。

 私が親に許可を貰うときに(友人の家に泊まると言った)兄がソレを聞きつけ、自分も行くと言い出した。いくら私がいないと眠れないとはいえ、友人の家に着いていくなんて異常だ。私が、思い切って外泊を決めたのは、兄の睡眠障害を改善させたいのもあった。しっかり病院へ通って改善して貰いたかったが、兄は私と離れることを極端に嫌い、どこでどう調べ上げたのか、あの家の持ち主であるタナカを割り出し、接触し一緒に泊まることまで取り付けたのだった。(ちなみに私が学校行事で家を空けるときや、兄自身が私に会えないときは、兄は眠れず大変な事になっていた)

「兄さんくっつきすぎ…」
 私にピッタリと張り付いている兄に離れるよう伝えたが、兄は映像が怖いのか離してくれなかった。ミステリー映画だが、暴力的な表現がある。私の反対側にはカネチカの先輩が座っている。以前と違って髪は落ち着いていた。彼はチラチラと兄を見ていた。
「あ、すみません。兄は怖がりなもので」
「え?あ………そう」
 と、カネチカが軽いツマミをテーブルへ並べ
「先輩ー、飲みましょう~」
 そう言ってお酒を取り出した。
「俺はいい。君だけ飲みなよ」
「えー。甘いの買ってきたんですよー」
 ふて腐れるので、先輩はそのお酒だけ飲むことにしたようだ。他のメンバーは二十歳前なので飲めなかった。
 タナカの家に訪れたときは、まだ昼前だったのでそこでご飯をご馳走になった。その時にここはタナカの家だと分かったのと、タナカが以前インターホンに出た人物だと分かった。兄には言わなかったが、タナカは先輩の奴隷だった。感情はよく分からないが、自由に過ごしているようだった。私の認識する奴隷とはえらい違いだったのには驚いた。
 カネチカはここで、先輩とタナカと暮らしているようだった。なぜそうなっているのかは分からないままだった。

「あー。怖かった。こんなのをずっと観るの?」
 兄は、一本目の映画が終わった後ぼやいた。
「怖い?」
 タナカは不思議そうに兄を見る。同じ大学なのは分かったが、彼と兄がどういう関係かは私には分からない。知らない仲ではなさそうだが。
「そんなんだから弟くんが苦労するんだよ」
 タナカの言葉に兄は顔をしかめる。
「……それを言われると……」
 私はこの隙に兄から離れた。体を伸ばすとポキポキ音がした。
「そうだよ兄さん。無理にここまで付いてきて。僕がいなくなったらどうするの?」
 その言葉に兄はショックを受けたようだった。
「いなくなるなんて言うなよ春樹」
「へー。晴明さんはブラコンなんだー」
 無邪気に笑うカネチカに、兄は俯いてしまった。
「どうにかしたいと思ってるんです…でも……」
「噂には聞いてたけど酷いね。弟くんが可哀想」
 タナカの追い打ちに、兄はぐすぐす泣きだした。
「うう………ごめん………春樹ぃ……」
「タナカさんが泣かしたー」
「カネチカさんもです」
 二人が責任の押し付けあいをしていたが、ふと私は先輩の何とも言えない視線に気付いた。その目は兄を捉えている。先ほども気にしていたようだが、何かあるのだろうか?
 私は先輩に近づき、そっと尋ねた。
「兄に何か?」
「………いや、何でもない」
 ふっと目をそらし、先輩は出て行ってしまった。私は迷ったが、後を着いていった。
「言って下さい」
 先輩に追いつき問うと、彼は諦めたように部屋へ案内した。そこは客間のようだった。
「何であんなのと一緒にいるの?」
「あんなって、何ですか」
 先輩は驚いていた。
「………知ってているんじゃないのか?」
「だから、何ですか?」

 頭をボリボリかいて黙考したあと、彼は口を開いた。

「君を殺した男と一緒にいるのはなぜだ?」

 一瞬、全ての音が消えた気がした。———


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