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【お題】21.熱い唇

 最初は良かった。いや、今でも最高だ。こんなに「視えない」生活が快適だとは思わなかった。今、目に見えているのは生きている人間で、彷徨く化け物なんていない。最高だ。

 だが、あの後から妙に疲れやすくなったし、寝付きも悪い。だんだん体も重くなってきたし、スッキリしなくて頭も重い。病気かと思って病院に行くが、どこも悪くはなかった。………一体どうしたんだろう?
 不審に思いながら、気分転換に散歩に出かけると、カネチカがめずらしく一人歩いている。制服を着ているので部活帰りだろう。
「カネチカ…」
 俺が声をかけると、カネチカは俺に気づき、ギョッとした。
「どうしたの正宗!」
「え?」
「真っ黒で分からなかったよ」
 そう言って、俺の手をギュッと握った。とたん、あのダルかった不調がスッと消えていった。
「………え?何か軽い…」
「ああそっか、先輩に視えなくしてもらった所為で、回避できなくなったのか」
 カネチカはふむふむと俺を見ながら納得している。
「どういうこと?」
「良かったら、家に来ない?…先輩はバイトでいないけど」
「ああ」
 
 というわけで、俺はカネチカの(と、めけの暮らす)部屋へ来た。男二人暮らしにしては、きちんとしている。なんとなく、チャラい部屋かな?と思ったがシンプルで心地よかった。
「綺麗にしてるんだな」
「先輩きれい好きだから」
 冷たいお茶を出しながら、カネチカが笑顔で答える。この言い方だと家事とかはカネチカがやってるのか?謎だ。それより、先ほどのことを説明して貰おう。
「で、さっきのは何?俺真っ黒だったの?」
「うん。今まで視えてたから回避できてたんだけど、今はノーガードだから、悪意とか悪いものを浴び放題なんだよ」
「でも視えないやつのが多いだろ、なんで俺だけ?」
「もちろん今の正宗みたいになってる人もいるよ。でも中には護ってくれる者がいたり、無意識に跳ね飛ばしてる人もいたり、まったく影響を受けない人もいるんだ」
 この世に漂う、良く無いものを俺はノーガードで受けまくっているらしい。それが「真っ黒」な煙みたいにカネチカには視えたようだ。その影響で俺は体調を崩していたようだった。
「で、カネチカがソレを祓ってくれたのか?」
「祓うってよく分からないけど、消したよ。………でも、またなるね」
「おいおい。どうしたらいいんだよ。せっかく快適に過ごしてるのに」
 カネチカは俺をジロジロ見ながら「守護してくれるのいないなぁ」と言う。
「じゃあ、また視えるようにしないと駄目なのか………」
 俺が落ち込んでいると
「正宗、君は口がかたい?」
「え?………う。うん。家が家だから秘密厳守は徹底してる」
「じゃあ、今から俺がすることは絶対誰にも言わないで」
 真剣なカネチカに、俺は頷いた。どうしたんだ一体。
「俺の加護を分けるよ。これは人にするべき事じゃないけど、俺たちは友だちだから」
「カネチカの?———いいのか?」
「うん。もう正宗が怪異で苦しまないようにする」
 そう言って、カネチカは俺の耳を手で挟んだ。
「———カネチカ?」
「———し。黙って目をつぶって。怖くないから」
 俺は、半信半疑なのと、ちょっと緊張しつつ、言うことを聞いた。またまぶたに手を当てるのかな?と、めけに力を奪われたときのことを思いだした。あっという間だったな。

「ん!」

 違う、これは………。俺は目を開けそうになったが必死で堪えた。ショックで肩が上がる。そんな俺の緊張を解すように、カネチカがやさしく抱き留め、俺は口の中に絡まる刺激に、頭が真っ白になった。

 キス、してるよな?しかもディープ!?

 初めてだけど、分かる。俺はカネチカと深く唇を重ねている。というか、キスだけで腰が砕け、俺はカネチカに体を預けている。押し倒された形で、なおもその心地よい刺激は続き、互いの熱い吐息が耳朶を刺激していた。
 キスってこんなに気持ちがいいものなんて———。

 ふと気がつくと、カネチカが俺を見下ろしていた。目の端が赤く染まって色っぽかった。
「もういいよ。正宗」
 その言葉に、俺はカネチカがこんな事をした意味をやっと悟った。
「………加護って、ずいぶん………刺激的だな」
「ごめん……。互いの体液の交換が一番いいから」
 体液の………。単なる説明なのに、なんとも卑猥に聞こえた。
 俺は、なんとか体を起こす。………と、一部が過剰に反応していた。………嘘だろ!?
 慌ててそこを隠すが、カネチカは何も言わなかった。
「着替えてくる」
 そう言ってカネチカは部屋に消えた。俺は深呼吸をしながら、そそり立ったソレが落ち着くのを待った。なんて情けない。キスであんな反応しちゃうなんて。俺は欲求不満なのか?!

 ようやく落ち着いた頃、着替えたカネチカが戻って来た。

「「………ごめん」」

 俺たちは同時に謝っていた。
「え?………なんでカネチカが謝るんだ?」
「そっちこそ………って、あの、加護の仕方気持ち悪かったかなって…」
「そんなことない!………つか、見てただろ。俺の反応」
 俺が言うと、カネチカはようやく気付いたようで「隠してたのか」と呟いた。
「と、とにかく。俺は感謝こそすれ、嫌がるわけない。………だから、その、気にするなよ」
「そっか。良かった」

 俺はその後、カネチカに家まで送って貰ったが、その夜は何故か寝付けなかった。原因は分かっている。俺は自分が思うより欲求不満だった。



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