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ある使節の記録 第11話

 あのあと、兄は姿を消した。

 私はあえて捜さなかった。何があったか説明はしなかったが、彼らは何も聞かなかった。カネチカの姿が見えなかったのは、単に仕事か、もしくは捜しに出たのだろうか。

 私は居間のソファに腰を下ろした。向かい側に先輩がいた。タナカはキッチンにいるようだった。
「言ったの?」
 先輩が聞く。私は頷いた。
「どうなるか分かって聞いたんだろうな?」
 私は首を振った。
「ノープランか」
 先輩は少し驚いたようだった。
「——死ぬつもりなんでしょうか」
「さあな」
 そう言って先輩はテレビを付けた。何かの映画が流れていた。
「———僕は間違っていたのでしょうか」
「さあな」
 再び沈黙が流れる。

「お食事はどうします?」
 タナカが顔を出した。もう夕飯の時間だった。
「食べられそう?」
 先輩は私に声をかけた。私は首を振った。
「いいって。俺もパス」
「あなたは単に食べるのが面倒なだけですよね」
「タナカくんが食べさせてくれるなら食べてもいいよ」
 ニヤッと悪い顔をする先輩に、タナカは呆れた目を向けた。
「介護するにはまだ早いでしょ」
 悪態をついてタナカは引っ込んだ。………奴隷の態度とは思えなかった。
「驚いた?」
 先輩がニヤニヤしながら私を見ていた。
「ええ。………奴隷、なんですよね、彼」
「うん」
「その、初めて見たので。奴隷じゃなくて、その、あんな…」
「俺も元奴隷なんだ」
「え?」
 さらっと、世間話をするような口調でとんでもないことを言った。
「あんなの、なるもんじゃない」
「はあ」
「君の所はそういうのないからいいよね」
「………なんて言えばいいのか」
 元奴隷が、カネチカの「特別」の力を手にしている。とんでもない事だが、本人は承知してるようだし、ますます分からない。
「彼は、ヒトとして暮らしてるんだ。奴隷じゃなくてね」
「そう、なんですか」
「ま、それはいいんだけど。………君のお兄さん」
「兄が何か?」
「カネチカくんが捜しに行ったんだけど———相性良くないかもなあ」
「相性?」
 先輩はソファから立ち上がった。
「カネチカくんは基本ヒトのこと好きなんだけど。苦手なものがあってね」
 そう言って私を見下ろした。

「俺たちは君と違って原生生物(ヒト)に危害を加えても罪にはならないんだ」

 ゾクリ…と、背筋が凍った。
 まさか。

「ちょっと様子を見てくる。何かあったらタナカくんに言って」
 そう言うと、ふわりと姿を消した。

 兄のしたことは、まったく理解出来ないけれど、カネチカがそんな兄に何かしてしまうのは、あまり良い気分にはなれなかった。
 かといって、私は兄にどうしたいのかは分からない。
 先輩の言うとおり、使節の私は基本的に殺傷行為は許されない。無論その気もないが。

 兄には罪を償ってほしいとは思っている。

 それは家庭が崩壊してしまうほどの事だ。
 しかし、このまま見て見ぬ振りは良くないと思った。


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