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ある使節の記録 第7話

 学校の屋上。この時間は人気がないので、私は正宗をそこへ連れ出した。
「———ごめん。力を与えることは出来ない」
「そっか」
 その返事に、私は首をかしげた。
「怒らないの?」
「化け物にすがるほど落ちぶれてない」
 ずいぶんな言い分だが、何も出来ないことには変わりがないので黙っていた。
「……はー。ホント、マジ嫌な奴だな」
 ものすごく嫌なため息と共に悪態をつく。思った以上に私は嫌われているようだ。…が。

「謝るのは俺のほうだ。家の問題をお前にぶつけたし。お前が何者なのかわかんねえけど、俺の為に色々動いてくれたのに。俺は………ほんと、嫌な奴だ」
 彼は自己嫌悪に陥っているようだ。
「お前は化け物だけど、お前が言うように何もしてない。………よっぽど人の方が化け物並にエグイ奴がいる」
 彼は私に向き直る。
「ほんとうに、ごめん」
 そう言って、頭を下げた。私は何も言えなかった。

「それで、お前は何のためにここにいるんだ?」
 ふわりと、柔らかい風が髪を撫でる。
「ヒトを知ることだよ。僕はあまりよく分かっていないから」
「ふぅん。知ってどうするんだ?」
「…………今、それを探っているところ」
 正宗は私をみて、少し黙ったあと
「ま、なんか理由があるんだろうな。明確な目的がある。———化け物にもあるのに、俺は…」
 独り言のように呟いた。その目は遠くを見つめている。
「存在している以上、目的はあるのでは?」
「———その目的って初めから決まってるのか?」
 妙な質問をする。私は使節だ。使節である以上目的はある。それ以外何があるというのだろう?
「目的もないのに存在するの?」
 その問いに、彼は笑った。カネチカや先輩のような気持ちの良いものではなかった。
「ああ。やっぱ、化け物だな」
 黙って待っていると、彼は深いため息をついた。
「もしかすると、ある方が生きやすいかもな。———でも、それは見失うこともあるし、間違っていることもある。———……端っからない奴もいる」
「間違っていたら正せばいい。なければ作ればいい。見失うなら替えればいい」
「そう簡単なもんじゃねえんだよ」
 彼は強い口調で答えた。………怒っているのだろうか?ヒトの感情は、時に恐ろしい。
「存在する意味、生きている意味、そんなの明確に持ってる奴なんて殆どいないんじゃねえか?もし、あるとしても思い込みや言いなりだ。———誰も知っちゃいない。生まれた意味なんて。はじめからそんなもんはねえんだから」

 意味。生きている意味。存在する意味。目的。それらはヒトには始めから備わっていない。存在していないのか。———なるほど。だから不安定で複雑で意味が不明なのか。

「すごいね。自分で自由に決められるんだから」
「っは。何言ってんだよ。そんな風に思えるのは何も知らねえからだ」
「意味がわからない」
「現実はそんな自由なんて与えない。生まれた場所で大体決まっちまうんだ。生き方が」
「場所?」
「貧困なんて分かりやすいだろ。ブロック一つ離れた場所で生まれただけで、泥水啜る生活か、恵まれた生活かに別れるんだぜ。日本はそこまでじゃないかもしれないけど。でも、どこに産まれたのかで、人生は左右される。選択肢も変わる。………自由なんかない。運だ」

「まあ、どこで産まれたかは置いといても、自分の目的があって生まれるわけじゃない。一部は目的があるかもしれないけど、それは、親や家が決めることで「産まれながら」の目的なんて持ってる奴はいない。自由だとお前は言うけど、自由なんかじゃない。何も分からなければ選びようがない、貧しすぎれば選ぶ余地もない。生きるだけで精一杯だからな」
「………そうなのか」
 正宗は、私の肩に手をかけた。
「ヒトを知りたきゃもっとよく見ろ、汚いところも。一番ソイツが判る時は、命の危険に迫ったときだって言うぜ。そいつの本性が現れるって」
「死にそうなとき…」
「自分が助かるためにヒトを売る奴、媚びる奴、様々だ」
「………まるで見てきたように言うね」
 正宗は手を離した。

「馬鹿だな。本とか映画とか見ないのか?」

 例え創作だとしても、リアルがなければ楽しめない。想像の世界でも勉強にはなるらしい。中には現実にあったことを作品にしているものある。私は、そういったものにはあまり触れていなかったので、題材として取り入れることにした。

 さて、何から見たらいいか。

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