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暗箱奇譚 第5話

 調査部の報告の結果、俺たちはひとまずあの箱で怪異を防ぐことになった。と、同時に神殺しの件も検討され、日本国内に存在する「神」と、魔素を発生させる装置を探すことになった。
 とはいえ、魔素発生装置も神もどこに存在しているのだろう?調査部は引き続き調査を続けているようだが、俺たちはひとまず「箱」の効力で怪異を納めることで精一杯だった。
 箱は数が限られていて、どうやって作っているのか分からないため、やはり戦力になるノブナガの協力は必須だ。武器を直しているらしいが、まだかかるのだろうか?俺は久しぶりにノブナガに連絡を入れた。
「お久しぶりです。ノブナガさん。その後どうですか?」
「ご無沙汰しております、羽鳥殿。その事ですが、羽鳥殿のお力をお借りできますか?」
 妙な提案に俺は驚いた。
「俺の?………たいしたこと出来ませんけど…」
「心配いりません。来ていただくだけでいいんです」
 よく分からないが、俺は例の店へ行くことにした。

 まだ開店前なので客はいない。落ち着いた雰囲気の店内は、よい感じの明るさを保っていた。
「すみません…羽鳥ですが」
 声をかけると、和装のノブナガが出迎えてくれた。カウンター席に促され、俺はそこに落ち着いた。
「お越しいただきありがとうございます」
「いえ、ノブナガさんにはお世話になってますし、で……力を貸してほしいってどういうことですか?」
 と。
「要ちゃん、いらっしゃい」
 奥の部屋からニカがやってきた。手にはノブナガの剣を持っている。
「あ、それ…」
「これ、持ってくれる?ちょっと重いかも」
 そう言って剣を俺に握らせた。確かにズッシリとした重さを感じた。よく見ると大きなヒビが入っている。
「そのまま持っていてください」
 いつの間に側に来たのか、ノブナガがそう言って俺の手を包むように剣を握った。手のぬくもりを感じた瞬間、全身に電撃のような衝撃が走った。

「あっ!」
 俺は声を上げた気がしたが、一瞬で意識が遠のいていた。一体何が………?

『こんなクソッタレな世界になるなんて、思ってもみなかった。世界はいびつで、間違いだらけ、死の匂いがプンプンする。腐って狂った理不尽だらけの世界。
 俺はここで生きていかなくちゃいけない。ニセモノの世界で』


「……はっ」
 小さく息を呑んで、俺は目を覚ました。さっきまで頭に残っていたことがスッと消えていく。
「大丈夫?」
「———ニカ?」
 俺は起き上がる。そこは知らない部屋で、ベッドに寝かされていた。
「俺……倒れたのか?」
「うん。無理させちゃってごめんなさい」
「え?」
 そこへ、ノブナガが水の入ったグラスを持ってやってきた。
「申し訳ありません。………こちらをどうぞ」
 俺はグラスを受け取り一口飲む。知らず緊張していたのか、ホッと息を吐いた。
「ありがとうございます。もう大丈夫です」
 ノブナガにグラスを返したとき、あの怖いくらいの目力は感じられず、一瞬で心を奪われるような強い眼差しを感じた。———俺はこの眼差しを知っている。漠然とそう感じていたとき、

「要ちゃん」

 その声で、俺は我に返った。
「ニカ…」
「あの剣、要ちゃんと相性が良くて。ヒビが入ってたでしょ?あれを直すのに力を分けて貰ったんだ。そしたら………倒れちゃって」
「相性?……剣なんて使ったことないけど」
「まあ、要ちゃんは頭脳戦のが得意かもね。……分析とか」
 そうだろうか?ただ単に視えるだけで分析などしたことはなかった。
「おかげでバッチリ直ったよ。ありがとう」
「ありがとうございます。羽鳥殿」
 二人に礼を言われ、俺はなんだか気恥ずかしかった。
「いや…特に何かしたわけじゃないんだけど」

 あのあと、俺たちは店に戻って美味しい料理と酒を振る舞って貰った。店の奥が住居を兼ねているらしく、先ほどの部屋は客間のようだった。ニカはここで暮らしているらしい。………ノブナガも?……そこは分からなかった。なんだか怖くて聞けなかったからだ。なぜ怖いのかは分からないけれど。
 貸切にしてたのか、客は現れなかった。俺は気分良く店を後にして家路に向かう。酔いを少し醒ましたかったので歩いて帰ることにした。夜風が気持ちいい。

「ご機嫌ですね、始末屋さん」

 前方に夜見が立っていた。いつの間に。酔っていたとはいえ、気配すら感じないとは。
「何かあったのか?」
「何かあったのは、始末屋さんの方ですよね」
「……!」
 こいつ、どこまで知ってるんだ?
「あの人達のこと、どこまで知ってるんです?」
「何が言いたい?」
 警戒しながら問うと、夜見は小さく笑った。

「何も知らない相手に、よく分からないことをされて、ご機嫌でいられるなんて」

 夜見がこちらに近づいた。外灯を背にしている所為で表情が読めない。
「どこまで知ってるんです?先輩の紹介だからって何も調べていないとか?」
 ———そうだ。俺は何も調べていない。ニカは初恋相手だったが、あのバーのオーナーとしか知らない。ノブナガはニカとどういう関係かは分からないけど、始末屋の協力をしてくれるスゴ腕の術者のようなものだ。それだけしか知らない。調べることをしなかったのは、俺の落ち度かもしれないが……。
「彼らは協力してくれてるだけだ。警戒する必要はないだろ」
「そうですか。始末屋さんがそう思うならそれでいいです」
 そう言って手を差し出した。
「追加の箱です。……もし、手っ取り早く知りたいのなら、これを彼らに使ってみたらどうでしょう?」
「は?」
 夜見は、戸惑う俺の手に箱を強引に握らせる。

「普通の人間ならそれは何の影響もありません。ただし普通じゃなかったら……」

 そう言って夜見は去って行った。
 バカバカしいと、強く思う一方、俺は箱を握ったまま困惑していた。

 ニカは人間だ。俺と同じ学校に通っていたから。
 ただ、ノブナガは………分からない。人間離れしたあの力を目の当たりにし、不思議なあの剣のことを思うと、完全に拒否できないでいた。


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