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【お題】31.波打ち際

 初秋の海は、さわやかだった。夏のように射すような日差しは柔らかく変わり、心地よい風が吹き抜けている。私は先輩と共に浜辺を歩いていた。辺りは私達以外誰の姿も見えない。
「……それで、めけ先輩。僕に話ってなんですか?」
「うん……俺、もう君の手助けが出来ない」
 そう言って、足を止める。私は小首をかしげた。
「そう、ですか……何かあったんですか?」
「目立ちすぎたんだ。だから、身動きが取れなくなってきた」

 先輩の説明だと、カネチカに頼まれてダンス部のプロデュースをしたのが悪かったらしい。結果、見事ダンス部は優勝し、その模様は動画サイトでも配信され、大きな評価を得ていた。生徒会も絡む大きな大会で、学校を挙げた大舞台が大成功した。ダンス部の名は大いに広まり、同時にそれをプロデュースした先輩も噂に上る。元々、学年一位の成績を取った後から、何かと相談を受けていたらしいが、ダンス部を優勝へ導いた功績が広まり、更にたくさんの相談や依頼が舞い込んでしまったようだ。
「断ってもキリがないんだ。——反省してるよ。こうなることを予想してなくて」
 先輩は深くため息をついた。
「いえ、こちらこそ、生徒会もあの大会は絡んでましたし、僕はとても嬉しかったんです。———めけ先輩があの芸術の神と呼ばれた種族の方だって、知らなくて。もう、目にすることもないと思っていました」
「……オオゲサだな。神なんかじゃない。単に現を抜かしていただけだ。……だから、簡単にやられてしまったんだからね」
「……それは………違います」
 私の知る限り、あれはあまりに無残な事件だった。同じ角を有する種族でありながら、同族にあのような事をするなんて。先輩の種族は特殊で、芸術に秀でているだけでなく、王族だけが持つ「命の交換」いわば、身代わり能力は稀少で、それも滅ぼされるに至る原因だったと思う。カネチカの種族は銀河団の中でも群を抜いて戦闘に長け、奴隷制度もある。希少種を奴隷とすることが多く、その中に先輩も含まれていた。当初、私は先輩の素性は分からなかったし、知ろうとも思わなかったが、芸術の神と呼ばれた種族ならば、色々と腑に落ちる。
 とんでもない素性で、複雑な立場なのに、私に協力をしてくれている。それが、先ほどの事情で協力が難しくなっているのを気にしているようだ。

「それで、さっきの話に戻るけど。………俺は君に協力するのが難しくなってるから、このまま学生でいられないと思う。離れても大丈夫?」
「あ。は、はい………。ずっと甘えてばかりですみません。僕はなんとかなりますから。でも、それは別として、正直、めけ先輩がいなくなるのは寂しいです」
「カネチカくんも正宗くんもいるだろ」
「ええ、そうですけど。めけ先輩はせっかくですから、僕のことなど気にせず高校生活を満喫して欲しいです。皆にはめけ先輩が必要です」
 私が自分の気持ちを正直に言うと、先輩は困った顔をしていた。
「満喫って、俺はおっさんだぞ?」
「嫌じゃなければ、もう少しいてくれませんか?」
 私はダメ押しでお願いしてみた。このままいなくなるのは寂しい。でも、本当に嫌ならこれ以上は言えないけれど。
「———うーん……」
 先輩はそう言って、波打ち際を見つめる。私も知らずそちらに目を惹かれていた。寄せては返す波をしばらく見つめていたが、先輩は深くため息をついた。
「君は放っておくと危なっかしいから、なるべく側にいるよ………友だちだし」
 先輩は恥ずかしそうにそう言うと、また歩き出した。私は慌てて後を追う。
「いいんですか?ありがとうございます———そんなに僕って危なっかしいですか?」
「うん。何度も死んだんだろ?今の君も一度やられてしまったし。それ以上殺されるのは嫌だよ」
「………はい、僕も殺されたくないです」
 いくら不死身とはいえ、殺されるのは嫌なものだ。私は使者としての使命を全うしたいだけで、死にたいわけじゃない。これ以上死なないよう、自分でも気をつけるが、先輩が側に居てくれたらより一層心強い。

「じゃあ、俺はあまり君に協力はできなくなるけど、命は守るよ」

 そう言って、先輩は私の手を繋いだ。それは、とても自然で、私はなんだか嬉しい気持ちになっていた。
「………はい」
 不死身な私は、命を守られる事なんてなかったけれど、友としてそう言ってくれることがとても嬉しかった。今まで味わったことのない経験だった。
「僕はめけ先輩に助けられてばかりなので、何か出来ることはありますか?」
 これはずっと思っていた事だった。護られ助けられてばかりなのは嫌だ。だからといって何が出来るだろう?ずっと悩んでいた。
 先輩は少し驚いた顔で私を見つめると、小さく微笑んだ。

「春樹くんは楽器が弾ける?」

 その質問に今度は私が驚いた。———なにを突然?
「………めけ先輩ほどじゃないですけど、それなりに」
「今度学校祭があるだろ?カネチカくんがバンド組みたいって言ってたんだ」
「バンド?彼はダンス部の方でステージに立つんじゃ?」
「ほら、部活以外で発表できる枠があるんだろ?体育館で」
 言われて思い出したが、まさかそんな事を考えていたなんて。
「カネチカさんがバンドを?メンバーは決まってるんですか?」
「カネチカくんと俺と正宗くん。軽音楽だけど、出来そう?キーボードとか」
「はあ、ギターは難しいですがキーボードなら」
「じゃあ決まりだね」
 生徒会での手伝いに駆り出されるつもりだったけど、バンド活動をするなんて予想外だ。これも経験だ。先輩への恩返しにもなるし、緊張するけどやってみようか。
「………はい」

 そういうわけで、私は先輩達とバンド活動をすることになった。コピーバンドなのか分からないけど、何とも言えない緊張と興奮を感じていた。彼らと関わってから、良い意味で刺激的な生活を送っている気がする。



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