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ある使節の記録 第20話【完】

「何を言うんです?」

 私の声はうわずっていた。突然の非難にショックを受けていた。
「自覚ないから余計悪いんだよな………そんなつもりはないって思ってるんだろ」
「何が言いたいんですか?」
「交渉もうまくいかなくて、調査に回ってもうまくいかなくて、こっちに助けを求めて、うまくいったら邪魔になった。………本当はカネチカくんが邪魔で、居なくなって欲しかっただけじゃん。仲直りしてほしいなんて言い訳だろ」
 そう言われたら、私は言葉が出なかった。例え、私の気持ちや考えを伝えたところで彼には響かず、薄っぺらに感じただろう。

 私は、彼に言われるまで自分自身を省みなかった。
 なんて自分勝手なんだろう。正宗も呆れていたじゃないか。
 いくら必死だったとは言え、こういったところが失敗の要因だったのだ。

「好意を無下にしてしまったのは、本意ではありませんでした。たしかに、………私は自分勝手でした」
「使節としての責任を感じて空回りしてるのは自覚してるんだ?」
 ズバリ言われて私は言葉に詰まる。
「じゃあ、真っ先に会う相手は俺じゃないよね」
「………すみません。失礼します」
 私は、すぐにタナカの家を去った。
 あんな失礼なことをしてしまった相手———カネチカに会うために。

 カネチカは自室でうなだれていた。彼は私の訪問に驚いていた。
「すみません突然。僕は、酷い事をしてしまいました」
 私の失敗の原因は、謙虚さや他者を尊重する気持ちが欠けていたことだ。
 心のどこかでヒトを区別し、無意識にそのような行動を取ってしまっていたのだろう。だから、うまくいかないし、ヘタをすれば殺されるのだ。
「酷い事?」
「カネチカさんにあれだけ助けていただいたのに、いざうまくいったら突き放すことを。本当に自分勝手で、酷い事をしました。すみません」
 私は深々と頭を下げた。ヒトのことが判らないからと言って目をつぶってきた結果、他の人々を理解しようとせず、単に利用しかしていなかった。結果的にはそうしてしまっていた。自分の中では理屈があっても相手には伝わらない。そんな基本的なことすら見失っていたなんて。

「頭を上げてください。良かった。上手くいってるんですね」
「カネチカさん……呆れないんですか?」
「なんで?俺、うまくいって欲しかったから。俺が必要ないならそれがいいですよ」
 その言葉に、私は「ありがとうございます…」と小さく呟いた。
「じゃあ、どうしようかな。———もう協力はいらないみたいだし。今戻ったら呆れられるかな…」
「その事なんですが………もう少し僕の側に居て貰えますか?」
「え?」
「僕は他人の気持ちが分からなすぎるんです。なので、馬鹿な事をする前に止めてほしい…すごく、迷惑でしょうけど。カネチカさんが良ければ」
「…………うん」
「いいんですか?」
「先輩にああ言った手前、しっかり面倒見ますよ。任せてください」
 そう言ってカネチカはさわやかな笑顔を浮かべた。なぜ、彼が「特別」なのか、本当の意味で判った気がした。

「そういうわけで、カネチカさんにご協力をいただくことになりました」
 私はあのあと直ぐ戻って、先輩に事の経緯を伝えた。先輩はソファでグッタリしていた。
「わざわざ報告しなくていいのに。まあ、気楽にやりなよ」
「でも、結婚生活の邪魔をしてしまったようで…一緒に暮らしてたのに」
「助かるよ」
 私は耳を疑った。「なんて?」
「君も助かるし、カネチカくんも楽しそうだし、俺も助かるし、良いことだ」
「………なぜ先輩が助かるんです?」
 その疑問にタナカが感情のこもらない声で答えた。
「夜の営みが辛かったようです」
「あーあー、タナカくん。余計な事を言わない」
「え」
「ハマってしまうのが怖いようですよ」
「タナカくん💢お口チャック!」
 なんだ。ノロケか。
 私は気持ちを切り替えて、礼を言ってタナカの家を辞去した。

 もっと、ヒトを尊重して寄り添っていこう。
 私は気持ちを改め、使節として、一人の人間として精一杯頑張ろうと心に決めた。

 そう簡単にはいかないけれど、それでも仲間がいるのは心強かった。
 私の交渉は長い道のりになりそうだけど、いつかきっと———


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