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【お題】15.うち水と水ようかん

 蝉が鳴いている。今は夏真っ盛りだ。私と先輩は開店からずっとバイトをこなし、やっと終えたところだった。

「このあと予定あるの?」

 着替えていると、先輩が私に声をかけてきた。あんなにたくさんドリンクをさばいたのに、まったく疲れを感じさせない。さすがは先輩。
「ええ、正宗くんのところへ………あ、めけ先輩もどうです?」
「いいよ。呼ばれてないし」
「ああ、それならちょっと待ってください」
 先輩は違うクラスになってしまい、あまり学校では一緒にならなかったので、正宗ともそんなに接触していない。良い機会なので仲良くなれたら良いな、なんて思って正宗に先輩も一緒にいいかメッセージを送った。すぐに返事が来てかまわないという。
「大丈夫です。一緒に遊びに行きましょう」
 私は正宗の家への手土産に、店の商品を見繕っていた。喜んでくれると良いな、なんてワクワクして正宗の家に近づいたときだった。

「ほげ!」

 変な声を上げて私は転んでしまった。なぜか道路が濡れてて滑って転んだようだ。こういう時に限って、汚れが目立つ服を着てしまっていた。どろんこになっている。だが、手土産は死守したので無事だった。
「大丈夫か?」
 先輩が心配して手を貸してくれた。
「なんでここだけ濡れてるんですかね」
「………打ち水じゃないか」
「え?打ち水………」
 家の前で話していたら、門の横にある小さな扉が開き正宗が顔を出した。
「何やってんのお前」
「あ、正宗くん。………転んじゃった」
 私はこの時の複雑そうな正宗の顔を忘れられない。

 正宗に促されて、私は着替えを渡され、お風呂まで借りてしまった。どろんこだったので助かった。どうしてこんな事になってしまったのか、お風呂に入りながら考えたけど分からなかった。正宗に言わせたら単に鈍いだけなんだろうけれど。
「ありがとう。お風呂や着替えまで借りちゃって」
 私が正宗の部屋へ行くと(お風呂場から部屋に行くまで迷ってしまった)正宗はホッとした顔をした———ように見えた。あまり知らない先輩と二人きりだったから気まずかったのかな?
「お前そんなんでバイト大丈夫かよ」
「ああ、大丈夫だよ」
「まあ今の所クビになってないから大丈夫か」
 正宗の言葉に、私が苦笑していると

「春樹くんはよくやってるよ」

 先輩が私をフォローしてくれた。
「そう………こいつドジだからさ」
「たまたま転んだだけだよ。打ち水で道路が濡れて滑りやすかったから」
「普通それで転ぶかよ。ドジにも程があるだろ」
 正宗は、いつものように私をからかって笑った。
「わざとじゃないのに、笑うなんて失礼だな」
 先輩は私をフォロー………してるけど、なんか空気がおかしいぞ。

「なんだよ。本当の事だろ、突っかかってくるなよ」
「俺の友だちに失礼なこと言うから」
「は?」
 やばいやばい、なんでこんなギスギスしてるんだ!?って、先輩私のこと友だちって!結構嬉しいかも。って喜んでる場合じゃない。

「俺、人の失敗を嗤うやつは嫌いだ」
「ふん、化け物に好かれたくないし」
「君、自分の言葉に責任を持てよ💢」
「ちょ、ちょっと二人とも落ち着いて……」
 私は止めに入ったが、あまり効果はないようだ。
「以前会った君とは思えないな。ありがとうなんて嘘だったのか」
「何の話だよ」
 え?先輩と正宗って前に会ってなんかあったの?知らないんだけど。
「都合が悪いと忘れるんだな。そう言って自分のした事に後悔し続ければ?」
「偉そうに。化け物に説教されたくねえ!」
「あ、あの…ちょっと……」
 一触即発、という時に部屋のノックがして正宗の母親が顔を出した。相変わらず美しい。

「失礼。………正宗何を大声あげてるの?」

 その言葉に、正宗はシュンとなった。母親に頭が上がらないようだ。
「申し訳ありません。うちの愚息が失礼をしまして」
 深々と頭を下げる。私はただオロオロしていた。
「………ごめん……めけ」
 正宗が先輩に謝る。先輩は何も言わなかった。

 そのあと、母親が水ようかんを振る舞い、私に手土産の礼を伝えてくれた。私も面倒をかけてしまったことに礼を返した。そんなこんなで、母親が部屋を去ると、この場はようやく落ち着いた気がした。
「お、美味しそうだね。食べてもいい?」
 雰囲気を切り替えようと正宗に聞くと、「……ああ」
 と、心ここにあらずな返事が返ってきた。………まだ気まずいか……。
「いただきます!………めけ先輩、この水ようかん美味しいですよ」
「……そう」
 ああ。だめだ。二人とも気まずくなってる。いや、私も気まずい。でも、この水ようかんはめっちゃ美味しい。何この状態?なんだか悲しくなってきた。そんな私に先輩が声をかけた。
「春樹くん。ごめん。せっかく誘ってくれたのに」
「え?………いや、めけ先輩と正宗くんって滅多に会うことないし、仲良くなれたらなぁなんて勝手に………その、僕の方こそごめんなさい」
「以前会った時に、仲良くなれそうだなって思ったんだけど、まさか親しくなったら何を言っても平気な奴だなんて思わなくて」
 先輩、エグってる。正宗の心をエグってる!
「俺、帰る。………お邪魔しました」
 そう言って、先輩は止める間もなく部屋から出て行ってしまった。………ああああ。
 仲良くなるどころか嫌いになってしまったなんて。私は余計な事を………。

「………春樹……ほんと、ゴメン」
 すっかり落ち込んだ正宗が謝ってきた。
「アイツの言うとおりだ。俺はホントに学習しない馬鹿だ。本当にごめん。もうあんなことしない」
「ああ、いや。その………こっちこそ余計なことしてゴメン」
 それから謝罪の応酬があって、落ち着いたときには、なんとも言えない胸のしこりが残った。私は残った水ようかんを口に運ぶ。………甘かったはずなのに、心なししょっぱい気がするのは………気のせいだろう。

 ああ、先輩と正宗はいつか仲直りできるかな……。

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