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【お題】29.放課後のクラスルーム

 人気のない放課後。俺は適当に自習をすまし、何となく自分のクラスへ戻っていた。部活動をする者以外ほとんど残っていない校舎は、なんだか物寂しい。塾が休みの日は、俺は自宅に戻らず学校で勉強をしている。なんとなく家だと集中出来ないからだ。

「………ですか……」

 声にひかれて俺はそっとのぞき込んだ。そこには、あの獅子王めけと、カネチカがいた。おかしい。カネチカはダンス部の部活中じゃないのか?二人は付き合っていて、いつもベタベタしていたが、今は様子がおかしい。妙な緊張感が包んでいた。
「なんで今頃?」
「先輩の力が必要なんです」
「それ、失せ物探しの時も言ってたね」
「———あの件では感謝してます。すっかり落ち着きましたし。だからこそ、先輩の力が必要なんです」

 一体何の話だろう。理解出来たのは「失せ物探し」の件だけだ。以前、ダンス部で靴の盗難があり、カネチカが何故かめけに相談して、よくわからんうちに解決したようだ。めけは「犯人を公表しない」約束の下、事件は沈静化した。多分、内部犯かこの学校の生徒ではないか?と俺は邪推している。聞いてもめけは教えてくれなかった。それ以来、めけは何かと生徒の相談を受け、それなりに解決してくれる。けだるそうだったが。
 しかし、あのカネチカの様子だと今回は別件のようだ。一体めけになにを頼んでいるんだろう?

「お願いします。先輩、今一度ご指導ください」

 そう言うとカネチカは深く頭を下げた。恋人にする態度じゃない。ご指導ってなんだ?そもそも、同じ歳なのになんでカネチカは恋人を「先輩」と呼んでるんだ?しかも敬語だし。なんらかの師弟関係なんだろうか。
「カネチカくん。頭を上げてくれ」
「お願いします。絶対に優勝したいんです!」
 優勝?
 その言葉とダンス部は関連付いているだろう。ここのダンス部は評判が良く、何度もダンスコンテストに優勝していた。そんなダンス部の今や花形と言っていいカネチカが、頭を下げてまで指導を願うとは、めけは一体何者なんだ?
「……俺はもう踊れないよ」
 めけは寂しそうにそう言った。———踊るって、あいつ踊れたのか?!
「先輩……俺、先輩のおかげで歌やダンスの楽しさを知ったんです。先輩には辛い思い出しかないのかも知れませんが、先輩は………本当にあの、素晴らしいダンスをやめてしまうんですか?先輩が踊らなくてもいいんです。でも、教えて欲しいんです。あれを伝えられるのはもう先輩しかいませんから」
 やけに熱の籠もったカネチカの説得に、俺はただただ驚くばかりだった。当のめけは深くうなだれている。めけがカネチカの憧れの存在。一緒のダンススクールにでも通っていたのだろうか?それか、めけの家がそういったことを教えていたような気もする。
 長い沈黙の後、めけはカネチカの熱意に折れたようだ。

「分かったよ。………ただし、条件がある」
 その言葉に、ケネチカが息を呑むのが伝わった。俺も知らず緊張する。
「俺が教えるからには、命をかけてくれ。生半可な気持ちならお断りだ」
 い、命?!何をおおげさな。
「——はい」
 ドン引きする俺とは対照的に、カネチカは真面目な顔で返事をする。なんだこの茶番。

 俺はあきれかえって、その場を後にした。正直言うと、内心怒りも覚えていた。なんせ、めけには学年一位の座を奪われていたのに、さらにダンスも上手いとなると太刀打ちできない。そういえば、体育の授業は目立ってはいなかったが、そこそこ動けていたような……。そう思い至り、俺は頭を振った。今度こそ、俺は学年一位の座に返り咲く!ダンスなんてちゃらけたものに現を抜かすなど、めけは俺など脅威ではないのか?そこに一番腹が立っていた。

 めけのことなど気にせず、俺は次のテストに向けて猛勉強を続けていた。だが、なぜかめけの様子が気になって仕方がなく、あんまり集中出来ない。仕方がないので、俺はダンス部のある部室に寄ってみることにした。騒がしいので近づきたくないが、「命がけ」という大げさなセリフが気になった。どんな指導をしているのか、俺は好奇心のままに防音がきいたダンス部の練習場の扉に手をかけた。
「あれ?」
 開かない。鍵をかけているのか?くそ、失敗した。開いているとばかり。そういえば、盗難事件があったんだった。解決したとは言え、それを思えば施錠していても不思議はない。俺は舌打ちした。

「眞木くん………だよね」
 見ると、カネチカと同じクラスの大神春樹がいた。なんで俺のことを知ってるんだ?話したこともないのに。
「大神くん?」
「もしかして、めけ先輩のこと見に来たの?」
 どうやら、春樹は俺とめけが友だちだと思っているようだ。正確にはライバルなんだが。
「うん。鍵がかかってて無理みたい」
 すると、春樹はニッコリ笑って鍵を取り出した。
「生徒会も絡んでるんだ。大会でのインタビューとかもしてるんだよ」
 どうやら、今回の大会は生徒会も絡んでの大がかりなもののようだ。春樹は生徒会役員ではないが、手伝いをしているらしい。めけもそれで手伝っていると以前聞いたことがある。そういったのもあって、今回めけに声がかかったのだろうか?よく分からないが、これで様子が見られるならラッキーだ。そう思っている内に、春樹は鍵を使ってそっと扉を開けた。とたんに、けたたましい音楽が聞こえた。まるでコンサート会場のようだ。………やっぱり俺はこういうのは苦手だ。

「じゃあ、最初から」
 めけの声が聞こえ、音が一旦止む。皆真剣な眼差しで持ち場につく。めけが音楽を流すと、それは一糸乱れぬ素晴らしいダンスが始まった。生でこんなに高レベルなダンスを見たのは初めてで、俺は息を止めて見つめていたらしく、終わった頃には深く息を吐いていた。———背筋が泡立っていた。毛が逆立つような得も知れぬ体験。圧倒的だった。はなからチャラいものと馬鹿にしていた己を恥じた。
 ———これは芸術と言ってもいい。
 だが、めけの表情は冷たい。ピリッとしたプレッシャーを纏っている。

「まるで駄目だ」

 そう言って、皆の前に立つ。
「よく見てて。動きだけ真似しても駄目だ。———気持ちが入ってない」
 めけはカネチカを呼ぶと二人は音楽に合わせて先ほどのダンスを始めた。まるで違う。あの冷たい表情などどこにもない。ダンス部で一番輝いているカネチカが、めけに比べるまでもなく、バックダンサーのように感じられた。———やはり、めけはカネチカのダンスの先輩。力の差がありすぎる。踊れないなんて言っていたが、何を言っているんだろう。プロとアマチュアのような格差に俺は泣きそうになっていた。見ていられない。これじゃカネチカが可哀想だ。

「やめろ!」

 俺は叫んでいた。その叫びに、カネチカが、皆が息を止めた。めけだけが何事もないように踊っている。妙な緊張感が辺りを包んだが、皆すぐにめけに集中していた。ダンスが終わり、息を乱してすらいないめけは、またあの表情に戻った。

「邪魔しないで」
 その言葉に、俺は背筋が凍った。横にいた春樹も緊張しているのが分かる。
「ご、ごめん………その、つい……」
「二度はないよ」
 そう言って、めけの指導が始まった。俺はただ見ていることしか出来なかった。真剣勝負。命がけの意味がわかった。………俺の心はすっかり凍り付いていた。生ぬるい考えしか持っていない己を恥じながら。
「戻ろうか」
 春樹に促され、俺は練習場を後にした。何の言葉も出ない。何故か俺はひどく惨めな気分になっていた。
「彼は———彼の家系は芸術に優れていて、それは本当に見事だったよ」
 ぽつりと、春樹が話し出す。———ん?過去形?
「今はもう、彼しかそれを引き継いでないけれど。本気で残そうとしてくれて、僕は嬉しい」
「めけだけって、他の人は?」
 春樹は何も言わなかった。その沈黙で悟った。もう引き継ぐ者はいないと。
「あんなに踊れるのに、踊れないって言ってた。どういうこと?」
「表舞台には立てないって事かもね。———理由は彼にしか分からないけど」
 言いながら春樹は鍵をポケットにしまい込む。
「……めけ先輩の踊りを見るまで忘れていたけれど。 昔、見たことがあったんだ。彼らの芸術を。それは、本当に多岐に亘っていたけれど、どれも素晴らしかった。………特にめけ先輩の家系は。芸術の神のようだったよ」
 俺は思わず立ち止まる。その後の言葉は、小さくてまるで独り言のようだったけど、ハッキリ聞き取れたからだ。


「だから皆殺しにされたんだ」




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