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ある使節の記録 第19話

 女子達の厳しい視線を避けながら、私はカネチカを連れて帰宅していた。とりあえず、私の家に向かって行くことにした。

「どうしたの?正宗くんはいいの?」
「いいんです。さ、入って」
 辺りを警戒しつつ、私は玄関を潜るとすぐにタナカの家へ移動した。親は私達が帰ってきたことには気付かなかっただろう。
「あ。先輩の………」
「緊急事態なんです。来てください」
 私の気迫に、カネチカは観念したようだった。急に押しかけてしまったが、タナカは在宅していて私達を迎え入れてくれた。

「おかえり」

 先輩はソファでくつろいでいた。隣にいたカネチカが緊張しているのが分かった。
「………た、ただいま……」
 そう言ってカネチカは、先輩を避けるように私を壁にして席に着いた。
「すみません、急に押しかけてしまって」
「別に。……ごゆっくり」
 そう言うと、先輩は席を立ってしまった。カネチカがふうと息を吐いたのが分かった。
「先輩………呆れてる」
「そんなことないですよ。カネチカさん、もう仲直りしてください」
「今の見たでしょ?先輩は俺の事…」
「じゃあ、先輩の部屋に行きましょうよ。気を遣って席を外したと思いますよ」
 しぶるカネチカの背中を押して、先輩の部屋へ連れて行く。私が、こんな行動を取ったのはこれ以上女子達に変な誤解を与えないために、カネチカには先輩と暮らして欲しかったのもある。なんでそんな事になってしまったのかは判らないが、協力して貰って勝手だが、カネチカに退場して貰わないと余計酷いことになりそうな予感があった。

「先輩!失礼します」
 私はそう声をかけ、部屋に入ると先輩はベッドに寝転がっていた。
「なに?俺に用なの?」
「ほら、カネチカさん」
 私が無理矢理部屋に押し込むと、何か言う前にドアを閉めた。はしたないが、ドアに耳をあてて様子をうかがう。………どうか、仲直りしてほしい。

「先輩………すみません」
「気が済んだ?」
「………俺のこと嫌いになりました?」
「なんでそんな事を聞くんだ?」
「だって、俺あんな………酷い事しちゃって……」
「ヒトを殺しても罪にならないよ」
「でも、晴明さんの魂壊しちゃったし、先輩をあんな目に遭わせたし」
「そうだね」
「———暴力は、良くないです………」
「そう?」
「最低ですよ、怒りに我を忘れて…」
「それで、どうするの?」
「…………」

 ———待って。なんか先輩って私が想像してたのと違うくないか??
 全て理解してて、あえてカネチカの気持ちを優先した気がしたんだけど………。
 私は聞き耳を立てながら背筋に嫌な汗が伝うのを感じていた。

「先輩に合わせる顔がなくて………別居してたんですけど」
「うん」
「もうそろそろいいかなって………」
「なんで?」
「え…」
「高校生活は楽しくなかったのか?」
「それは……楽しかったです………」
「よかったね。じゃ続ければ?」
「………先輩……」
 先輩は起き上がったのか、ベッドのきしむ音がした。
「俺は、カネチカくんが晴明にしてしまったことの責任を取るために、高校生になって春樹くんに協力してるのかと思ってた」
「………それは…」
「違ったんだね。ただ気が済んだから戻りたいの?」

 ちょっと待って!先輩!言い方!言い方ってものが!!
 私は生まれて初めて「ツッコミ」を心の中でしていた。

「協力はしてるつもりです。ただ、本人が俺と先輩の事心配してて…それで…」
「彼がどう思おうと、協力してあげたら?その気があるなら」
「———は、はい」
「じゃ、またね」
「………はい」

 私は慌てて部屋から離れた。居間のソファに滑り込むと、タナカが不審な目でこちらを見ていた。
「あ。すみません…」
 彼は何も言わず、こちらを見つめている。盗み聞きしていたのはバレてるようだった。
 と、がっくり落ち込んだカネチカが戻って来た。
「春樹さん。緊急事態って何だったの?」
「え、いや。その、お二人に仲直りしてほしいなって…」
「はは…そうですか。問題ないですよ。それじゃあ俺家に帰ります」
「え?あ、カネチカさん!?」
 私が止める間もなくカネチカは行ってしまった。一人残された私は、先輩の奇妙な行動に不審を抱いた。なぜ、彼はカネチカを受け入れなかったのか。カネチカが言うように、先輩は彼が好きではないのだろうか?だとしても、あまりに冷たい気がした。

 私は、タナカの視線を無視して、先輩の部屋へ向かおうと振り向くと、当の先輩がこちらへやってきていた。

「カネチカくんが邪魔になった?」

 先輩は私を見るなりそう言った。その声はとても疲れていた。何を言ってるんだ?と一瞬思ったが、そもそも彼をここにけしかけた理由に思い当たり、何も言えなくなった。

「いいね。そういう自分優先の行動。………だから君は殺されるんだよ


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