【お題】17.水の中
俺は水の中へ深く沈んでいた。
カネチカに誘われて、とあるホテルのプールへ来たのだが、そこには色んな種類のプールがあって、最初は一緒にあちこち回っていたが、俺が少し休むと告げると、いつの間にカネチカは、知らない人たちと楽しそうにどこかへ消えていた。
休憩を終えて再びプールに戻ってみたが、カネチカの姿はどこにも見えなかった。本気で捜せば見つかるけど、俺はあえてそれはせず、水深の深いプールに身を沈めることにた。水面を見上げると明かりが差し込んで綺麗だった。海も良いけど、プールも悪くないな、なんて思いながら俺はどんどん沈んでいく。……と、思ったより浅い位置で底に着いてしまった。もう少し深くても良いのに、なんて思ってそのまま沈んでいると、水面から次々と人間が入って来た。俺が入った時はそんなにいなかったのに、急に人気なったな、と考えているとその人間達は俺を掴んで上へ連れて行く。………は?
「大丈夫ですか?」
水面に出るなりそう聞かれ、「はあ」と気のない返事をすると、プールサイドに人々が集まっていて、こっちを見ている。なんだ一体?
「先輩!」
「カネチカくん」
カネチカは俺を抱きしめる。
「先輩心配しましたよ」
「え」
ああ、そうか。俺、溺れて沈んだと思われたのか。違うんだけど。
このあと、カネチカに連れられて一応医務室へ向かった。もちろん、なんでもないのですぐに解放された。
「良かった無事で。俺、また先輩一人にしちゃって……」
「いや、俺が勝手にしたことだから。それに溺れてないし」
「そうだったんですか?」
「今まで俺たちがしてきたことを考えれば、プールで溺れるわけないだろ」
「はあ。でも、事故って急に起こるものですし」
…とその時、見知った声が聞こえた。
「めけ先輩ー!カネチカさーん!」
そこには、春樹と正宗がいた。二人も遊びに来ていたようだ。
「奇遇ですね。一緒のプールなんて」
「ここのプールは面白いからね。よかったら一緒に泳ぎましょう!」
カネチカが提案して、俺たちはここのプールの目玉である、ウォータースライダーへ向かった。キャーキャー騒ぎながら春樹達が滑っていく。俺もその後を滑ったが、カネチカが背後にピッタリくっついて、結構ハラハラした。彼なりに俺を守ってるつもりだけど、逆に危ない気がする。
この後も別のプールへ回って遊んだが、流石に疲れたのか春樹は休憩することにしたようだ。
「じゃ、俺も休む」
俺も休憩することにした。
「あ、じゃあ飲み物買ってきますね」
そう言って、カネチカが売店へむかって行くと、春樹もあとを着いていった。必然的に俺と正宗が残ることになった。俺は空いていた席へ腰をかける。正宗は、なぜかソワソワして俺から離れた席へ座った。結構人が混んでて、買い物も大変そうだ。そう思いながらぼけっとしていると。
「………あの。………めけ」
「ん?」
「………った———い」
「聞こえない。もっと近くに来たら?」
俺は動くのが面倒だったので、そう言うと正宗はやっと隣に座った。
「こないだは悪かった。もうあんなことしない」
「そう」
「………言ってくれてありがとう」
「———は?」
「その、ちゃんと指摘してくれる人は大事だから」
「………そう」
正宗は、素直なんだかひねくれてるんだかよく分からない。春樹やカネチカが付き合ってるってことは、俺が思うほど酷い奴ではないみたいだけど。
「人間の友だちは出来た?」
俺は話のきっかけに振ってみたが、よくない質問だったようだ。正宗の顔が曇る。
「いや………まだ」
「化け物よりマシだろ?」
「っ………ごめん」
「なんで謝るんだ?」
「俺が、言ったことだけど、人じゃないからって化け物はないよな、って…」
「化け物だろ」
俺が言いきると、正宗はがくりと頭を下げた。………なんだ一体?
「………怖いんだ。前も言ったけど死者と生者の見分けはつかないし、角とか…他にもハッキリ見えるし。しかも俺だけ。周りは理解出来ない」
誰もいないところで話をしてたら気味悪がるだろうし、俺らみたいな角が生えてる奴が彷徨いてたら怖いだろう。だから、正宗は人との接触を避けて身を守っているようだ。
「だったら見えなくしてやろうか?」
俺が提案すると、正宗は酷く驚いていた。
「……出来るのか?」
「ああ。簡単だ。力を奪うのは得意なんだ」
俺はそう言いながら、無理矢理カネチカの力を奪った日のことを思いだしていた。
正宗は少し思案していたが、意を決したのか俺に向き合った。その、すがるような眼差しが痛々しい。よほど辛かったようだ。
「………頼む。視えるのはもうたくさんなんだ」
「分かった。あとで返してなんて言うなよ?」
別に返してもいいけど、こういう時のお約束なことを言ってみた。正宗は真剣に頷いたので、俺の冗談は伝わっていないようだった。
「目をつぶって」
素直に正宗が目を閉じた。俺はまぶたに手を当てて、その力を奪った。……本当にあっけない。
「開けていいよ。………どう?」
正宗は俺をじっと見ている。
「お前、結構かわいい顔してたんだな」
彼は今までおっさんである俺の、顔中にある気味悪い徴を見ていたんだから、そう思うのも分かるが。かわいいって……。
「ありがとう、めけ」
正宗は感極まったのか、俺をギュッと抱きしめた。……と、バシャンと水が落ちた音がした。
「先輩!」
その声に振り向くと、顔面蒼白のカネチカと、目を丸くしてる春樹がいた。カネチカの足下に飲み物が落ちていた。
「ど、どういうことですかこれは?」
「めけ先輩………う、浮気?」
勝手な事を言う二人に、俺はため息をついた。なんでそうなるんだ?
「俺は彼に貰っただけだ」
「貰う?大事なものを?それって………ああああ」
何故か春樹が動揺している。なんなんだ?
「先輩……こんな短い間に。正宗としたんですか?」
「あっという間だろ、奪うのなんて」
その言葉に二人は戦慄している。さっきからなんなんだ?
「正宗くんの初めてを奪うなんて………鬼畜です。カネチカさんがいながら」
「くちびる………ですよね?」
「はあ?んなわけないだろ」
「え!くちびるじゃない?じゃあ………ああああああ」
ますます動揺する春樹。もうここまでくると怖いぞ。一方カネチカは真っ青になって立ちつくしている。俺は、二人に正宗を苦しめていた力を貰ったことを伝えた。
だが、それはそれでどうなんだ?と二人は、ああだこうだ議論していた。
とりあえず、正宗が望むなら返すってことに落ち着いて、俺はやっと解放された。
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