【お題】14.朝もや
いつもの習慣で、俺はジョギングに出かけた。玄関から出ると、朝もやがすごかった。その時の気分でコースは変えているが、念のため車通りが少ない道を選んだ。
走り始めて河川敷に向かう。最初は濃かった靄は少しだけ薄まってきた。おかげで人が歩いていても確認出来て助かった。あまり酷いと切り上げようと考えていたから。
「おはよう」
突然声をかけられ、俺は止まってしまう。………まずい、これが「霊」なら厄介なことになりそうだ。俺は昔から生きている人と、死んでいる人の区別がつかなかった。その他、人でない化け物(妖怪なのか、角が生えた人間とか、明らかに違う種族など)を見てしまい、慣れるまで外に出るのが嫌だった。
そんな俺は、区別がつかないのと、怖いのとでなるべく人との接触は避けていたのだが、こうして不意を突かれると弱い。
「正宗くん。俺だよ、獅子王………めけだよ」
その声にようやく俺は振り返った。確かに、春樹の協力者で、角が生えた不思議な徴のある化け物………種族の男だった。あのカネチカと結婚してるとか訳の判らない事を聞かされた気がしたが、一緒に暮らしているのは事実のようだった。
「なに?」
「警戒するなよ。この先は行かない方がいい」
「え?」
めけは、俺に近づき囁いた。「化け物が彷徨いてるから」
「!?」
顔色が悪くなったのだろう、めけは俺の手を引いた。
「嫌じゃないなら離れよう」
「ああ…」
返事をすると、いつの間にか俺は街が見下ろせる高台の公園にいた。雲海のような靄が街を覆っている。こんな状況でなかったら、その美しさを実感出来ただろう。
「………瞬間移動か」
「カネチカくんが休暇中だから、事前に知らされていなかったんだけど。あの靄が晴れるまではここにいたほうがいい」
化け物同士の連絡事項があるのだろうか?それが受け取れないから知らなかったと?よく分からないが、何かやばいようだ。
「どういうことだ?」
めけは、俺を見てため息をついた。
「……知りたい?」
すごく、嫌な感じがしたが俺は頷いた。
「人間狩り」
耳を疑った。何を言ってるんだこの男は。
「化け物が人を襲ってるのか?」
自分で言いながら、霧の中で化け物に襲われる映画を思い出し、ゾッとした。
「ごくたまにある。襲われたら行方不明になったり、気が狂ったり、抜け殻になったり——狂って人を襲うようになったり……」
「マジ?」
そんなことが起きてるなんて……。でも、こうして目の前に化け物はいるわけで。あり得ないと言い切れないのが恐ろしい。
「春樹やカネチカは知ってるのか?」
「……知ってたら、もっと警戒してるだろうね」
「え?知らないの?……なんでお前は知ってるんだよ」
「たまたま散歩してたら靄がかかって。それで分かったんだよ。カネチカくんはぐっすり寝てるし、春樹くんも眠ってるようだね。……俺は人が巻きこまれないよう残ってただけ」
「………そこへたまたま俺が通りかかったってこと?」
ゾッとした。もし、めけに会わなかったら今頃………。
「———まあ冗談なんだけど」
しれっと、めけは言い放った。
「は?」
「面白くなかった?」
「いや、え?……面白いわけないだろ」
俺が少しキレ気味に抗議すると、めけは「そうか」と残念そうな顔をした。
「なんでそんなこと言うんだ?」
「……うん………君とゆっくり話をしてみたくてね」
は?なんで俺が化け物と話をしなくちゃいけないんだ?
「君は俺を嫌ってるから。……もし仲良くなれたら良いなって思っただけ」
「お前………変わってるな。人間に酔うほど苦手に見えたけど」
俺がそういう言うと、めけは少し驚いた表情をした。
「君はよく見てるね。そうして身を守ってきたんだね」
「……俺には区別つかないから。化け物ならともかく、死者と生者は…」
「顔」
めけはぽつりと言った。
「顔?」
「顔が思い浮かばない人は霊って言うよね」
その言葉に、俺はハッとした。………確かに。
「霊自身も自分の服や持っているものは見えてるから、記憶に残りやすいけど顔は鏡がないと見られないから「自分の顔」から忘れていくらしい」
めけの説明に、納得しつつも気味が悪いことには変わりない。
「でも、不意に来られたら分からない」
「そうか。それで俺が声をかけたら固まったんだ」
「………そうだよ。ジョギングの邪魔しやがって」
俺が悪態をつくと、めけは素直に「ごめん」と謝った。
「あと、お前の話は冗談なのか、本当の事なのか区別がつきにくいんだよ」
「………ごめん」
「だから、無理して冗談言わなくていい。あと………」
めけの悲しそうな顔を見て、俺は直ぐに言いすぎたと反省した。いくら化け物でも傷つけて良いわけじゃないと、春樹を通して学んだはずなのに。
「俺と仲良くしようとしてくれて———ありがとう」
すっごく恥ずかしかったけど、相手の気持ちは汲むべきだ。俺はめけに感謝を伝えた。めけは、ポカンとしていたけど、すぐにニッコリ微笑んだ。
「ありがとう」
「………ああ」
恥ずかしさを誤魔化すように、街を見下ろした時、あんなに濃かった朝もやは、すっかり薄まっていた。
「めけ」
「ん?」
「一緒に走らない?」
仲良くなるきっかけに一緒にジョギングしようと思って提案したが。
「嫌だ」
………あっさり断りやがった。
「そ……う」
「話はしたいけど、走りたくない」
もういいよ。分かったから。追い詰めるなよ。
「わかった、じゃ俺はこれで」
いたたまれなくなって俺は背を向けた。
「うん」
めけはそう言った。俺がチラッと見たときには姿は消えていた。
———おかしいなぁ、なんか一瞬分かち合えた気がしたんだけどなあ?
所詮は化け物だ。感覚が違うんだろう。俺はそう思う事にして、走って家に帰った。高台公園から家までは結構距離があって、クタクタになったのは内緒だ。
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