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ある使節の記録 第15話

「なんで増えてんだよ……」

 正宗が私とカネチカを見てぼやいた。
「いや、彼は僕の協力者です。害はありません」
「すごいねー。視えるんだ」
 はあと、深いため息をついて正宗はカネチカをじろじろ見る。
「鬼みてぇなの彷徨いてるのは見てたけど、間近で見るのは初めてだ」
「鬼?」
 私が首をかしげる一方、カネチカは嬉しそうに笑っている。
「この角カッコイイでしょ?でも先輩の方が滅茶苦茶カッコイイんだよね」
「どうでもいいけど、悪さはするなよ」
 悪態をついて正宗は離れた。とたん、女子たちがカネチカを囲む。私は勢いで跳ね飛ばされた。女子パワーはすごい。
「春樹さーん大丈夫?」
 跳ね飛ばされた私の元にカネチカがやってきた。女子たちはキャーキャー言っている。言葉には聞こえなかった。
「はい…なんとか」
 カネチカが手を貸してくれ、私は立ち上がった。と、女子達のものすごい視線に気付く。
「春樹さん。ちょっと学校案内してくれる?」
「え?」
 返事を聞かず、カネチカは私を連れて教室を出て行く。女子達は遠巻きで私達を見つめていた。

「ちょ…カネチカさん」
「学校って初めて来たけど、面白いね」
「そうですか?」
 カネチカの歩く速さに追いつくので精一杯で、今どこに居るのかも判らない。
「愛憎入り乱れてて…大人も子供も変わらない」
「はあ?」
 ようやく立ち止まってくれたので、私は息を整える。
「ところで、春樹さん」
 鍵がかかっているであろう特別教室の扉をがらりと開けた。今は昼休み。校舎はざわついているが、離れの棟だけあって静まりかえっている。
「カネチカさん?」
 中へ入っていくカネチカを追うと、ぴしゃりと扉が閉まった。
「え?」
 驚いて扉を見る。しっかりと鍵までかかっていた。
「ヒトのこと調べてるんですよね。………恋人は?」
 意味がわからなかったが、私は首を振った。
「なるほど。じゃあ友だちは?」
「ううん……クラスメイト止まりでしょうか。あまり深い付き合いはありません」
「ヒトと接触して楽しい思いはしてないんですか?」

 その質問に、私はしばし考える。家族として暮らしている今は、楽しい思いはもちろんしているけれど、多分圧倒的に嫌な思いをしていた方が多い気がした。なんせ何度も殺されたのだから。
「それなりに、はありますが。……もしかしたら、僕は無意識にそういうのを避けていたのかも知れません」
「どうして?」
「それは………」
「怖い?」
 ドキリと心臓が跳ねた。どういうことだろう?自分の反応に戸惑った。
「使節のヒトって、人間と仲良くなるのは駄目なの?」
「いえ、今は交渉ではなく調査ですから。そういう事はないと思います」
「じゃあ、ヒトの嫌なところじゃなくて、一緒にいて楽しくなる関係を築きましょうよ」
 カネチカはニコッと微笑んだ。なんとなく笑顔が眩しく感じた。
「そうは言いますが、難しい気がします」
「いきなり恋人を作れってわけじゃないですよ。友だちから始めましょう」
「………はあ。でも友だちって………誰とすれば」
「いるじゃないですか、ちょうどいいのが」
「え?カネチカさん…とか?」
「俺は友だちというより、協力者だから。ほら、さっき話してたあの子」
 私が困惑していると
「俺のこと鬼とか言ってた子だよ」
 その言葉に私はやっと気付いた。
「え?!まさか、正宗くんのこと?」
「正宗って言うんだ。丁度いいじゃないですか。正体を判った上での友情。良い経験になりそうだよ」

 とても簡単に話すカネチカの提案に、私は戸惑っていた。確かに、彼は私が人間ではない事を知っているし、知らない仲ではない。………が、彼は私を嫌っているのだ。
 なかなか難易度が高い。けど、何もしないで諦めるわけにもいかない。揺れ動く私の心情を知ってか知らずか、カネチカは嬉しそうだ。

 ———遠くで予鈴が鳴る音がしていた。



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