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【お題】22.あなたのにおい

「めけ先輩、このあと一緒に遊びません?」
 バイトを終え、着替えていると春樹が声をかけてきた。
「いいけど。何して遊ぶ?」
「あ。正宗くんも一緒ですけど、いいですか?」
「ああ」
 彼と正宗は仲が良い。何かとつるんでいる。
 店を出ると、丁度向こうから正宗がやってきた。…………あれ?
 俺は目を凝らした。なんだろう、何か………俺のよく知っている何かの……。
「おつかれー」
「正宗くん。めけ先輩も一緒に遊びましょう」
「おう。———どうしためけ?」
 正宗が不思議そうにこちらを見る。俺は、正宗に近づき匂いを嗅いだ。
「わ!…なんだよ。え?俺、臭い?」
 慌てて俺から離れ、自分の匂いを嗅ぐ正宗。春樹は横で慌てている。

 ———なんで、カネチカの匂いがするんだ?

「正宗くん話がある。———悪いが、春樹くんは先に帰ってくれ」
「え?」
 俺は、正宗の腕を取ると一瞬で移動した。自宅でも良かったが、出来れば誰にも会いたくないので、人気のない海の見える丘にした。

「な?………ここどこ?」
 慌てる正宗を無視して俺は続ける。
「なんでカネチカくんの匂いがする?———何かあった?」
「な………何もない」
「嘘だ。正直に言え。カネチカくんと何をした?」
 だが、正宗は口を割らなかった。頭に手を突っ込んで中身を全部見てやろうかと思ったが、俺は自制した。これでも彼は春樹やカネチカの友だちだから。
「………言えないこと、したのか」
「めけには関係ない」
 柔らかい潮風が、俺たちの間を通り過ぎる。———直接的には関係ないのかもしれない。少し落ち着いた方がいいと、俺は深く息を吐いた。
 なんだろう、この胸の痛みは。チクチクして不快だ。
「帰してくれ」
「口止めされた?」
「………めけには関係ない。いいから帰してくれ」
 図星のようだ。何でもないなら、説明出来る。ここまで頑なに言わないというのは、言えないことか、言わない約束をしたかだ。
 カネチカの友だちから、カネチカの匂いがする。
 カネチカと深い接触があった証拠だ。人間好きのカネチカだが、自分の匂いを残すようなことは、これまで一度もない。そんな彼がこんな事をするということは。

「正宗くん。君の身に何かあったの?」
 その問いに、少し反応があった。
「———別に」
「俺が力を奪ったあと、何か問題でも?」
「———ないよ。その節はありがとう」
 おかしい。何か隠している。多分、何かあったんだろう。視えなくなって、支障が出たとしたら、それは一体。
「なあ、もういいだろ。帰してくれ」
 その、離れたがっている声を聞いた時、俺は「嫉妬」していることに気付いた。
 初めての感情だ。
 いや。初めてじゃない。遠い昔、俺が死ぬ前の———カネチカの「特別」に俺は嫉妬していた。とても、醜い浅ましい感情だった。

 俺は黙って正宗の腕を掴むと、彼の家の前に移動した。すぐに手を離し、解放する。
「……って、なんだよ。乱暴だな」
 俺は正宗を見た。その時、正宗は俺を見て驚いていた。酷い顔をしていたのだろう。
「分かった。もう聞かない」
 そう告げて俺は姿を消した。
 冷静にならなくてはいけない。
 カネチカは、理由もなくあのような事はしない。
 何か理由があるはずだ。

 あれは、あの匂いは、彼の「加護」だ。

 普通は、人間になんかしない。加護を与えるなんて、よほどのことだからだ。禁じられてはいないが、まともじゃない。
 「加護」は愛する者同士が行うことだから。
 
 ———俺はカネチカの「加護」は受けていない。

 俺には必要ない。俺は「特別」な力を得ているから。そして、俺はカネチカに「加護」を与えることは出来ない。俺にはそんな資格はないから。
 だから、彼が他人に「加護」を与えても何も言う権利はない。
 嫉妬するのは馬鹿げている。
 おこがましいことなのだから。

 辛いとき、水に触れたくなるのはなぜなんだろう?
 俺は森の中、一筋の滝が流れているのを見つめていた。すごい音が聞こえてるはずなのに、耳には一切の音が入っていなかった。………無音。単なる映像を見ているような感覚だった。
 とても美しい眺めだった。

 俺は、いつから勘違いをしていたんだろう。
 カネチカを独り占めしていいわけじゃない。カネチカは俺だけのものじゃない。カネチカの意志を尊重しない、自分勝手な嫉妬で縛り付けていた自分に、心底嫌気がした。

「はー…何やってんだろ」

 滝を見ながら俺は呟いた。
 俺は本当に馬鹿だ。俺は、俺だけのために生きていた。その結果がこれだ。
 誰かのために生きたいと思っていたのに。いつまで経っても俺は傲慢な男だ。

 美しく漂う滝壺の水を見ながら、チクチクしていた気持ちが溶けていくのを待った。


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