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マーケットドリブンでデザインを考える。

 前に書いた「伝統産業こそ市場を変えて戦うべきかもしれない」という文章にありがたい反応をいただいた。マーケティングとデザインについて、自分のためにも、もう1つ事例を紹介しつつまとめておきたいと思う。

売り場の規模や製品の量でマーケットを認識する。
 以前、和菓子の本を作ったことがあった。私たちが出そうとしていた本は、ある卓越した和菓子職人の作品集だった。しかし、当時大きな書店でも和菓子のコーナーは洋菓子のコーナーに比べて小さく、またそのほとんどが「家でもできるあんことお菓子」のようないわゆるレシピ本で、和菓子の作品集という存在にマーケットがあるとは思えなかった。しかし、既に作品集を作るということで数々の和菓子の写真が写真家とアートディレクターの手によって撮られており、それをどんな形で仕上げていくべきかを検討していた。

狙う大きなマーケットに向けてデザインを作る。
 和菓子本のマーケットがあまりに小さかったため、そのマーケットを変える必要があった。そこで私たちは、「和菓子本のマーケット」から「アート本のマーケット」に向けた本をブラッシュアップすることにした。具体的には、

 ・日仏英の3カ国語表記にする。
 ・和菓子をアート世界の文脈で規定し直す。
 ・特注のボックスをつける。

 の3つを行い、この本をアートマーケット向けのものにしようとした。

言語の広がりで市場を広げる。
 日仏英の3カ国語表記にしたのは、特に書籍の場合、取り扱う書店はもちろん、取り上げてくれるメディア、手に取るターゲットを海外に広げることができる。また、英語はもとより、なぜフランス語を追加したかというと、アートの評価は米国、英国、フランスのようなオークションやギャラリストが多い場所で決まることが多い。そしてフランス語圏は意外に広く、ヨーロッパやカナダ、アフリカなどでも多く使われている。

狙う市場で地位を確立しているものと文脈でつなぐ。
 和菓子のアート文脈における規定は、アート本としての市場を狙う上でとても重要だった。(前提として、写真家とアートディレクターによる写真と、そもそもの和菓子職人によるお菓子のクオリティの高さがあってのことだったが)和菓子というものは、故事や慣習、文学などかなり複雑なものも扱い、日本人でも全て理解できる人は少なくなっている。この本では72候という古来からの日本の季節表現を和菓子で行うというものだったので、
「世界最小のランドスケープアート」として規定した。竜安寺の石庭の系譜として並べ、和菓子の季節表現を、最小の材料で自然現象を表現として読み替えPRに活用した。

狙う市場のルールをデザインに組み込む。
 最後のボックスについては「アート本である」とするために案外重要だったのではないかと考えている。日本の和菓子本にブックケースがついているものは見当たらないが、例えば代官山蔦屋のアート本コーナーにはブックケース付きの大型本が数多く置かれている。コレクターズアイテムになるアート本はケースで格と単価を上げている。それを意識してこの本のために、限定で桐の特注のケースをデザインした。このパッケージによって、アート本の顔つきをさせることができたのではないかと思っている。

 これらは「和菓子の本をアート本マーケットに投げ込む」ことの事例なので、他の領域だと行うことも変わってくると思う。しかし、そのままだと小さな市場に出すことになる商品を見直す視点の一つとして見れば有意義ではないだろうか。デザインや設計を「マーケットを広げるか?」という基準で精査、検証することで、より大きなマーケットを狙うことができるのではないかと思う。

 この本自体はありがたいことに日本で沢山の方に手に取っていただき、出版のためのクラウドファンディングでも多くの方にご支援いただいた。そしてなんとニューカレドニアからも注文が入った。マーケットを広げることで、南半球に届くとは正直思っていなかったのでとても驚いた。

 


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