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「つぎの著者につづく」/石川美南『体内飛行』

石川美南『体内飛行』評
吉田恭大

第四歌集。これまでの作品でも連作構成が巧な作者という印象があったが、今作はそれがさらに強固になっている。

歌集は「短歌研究」誌の三十首連載を中心に構成されており、改めて「あとがき」を確認すると、さらにいくつかのルールが設定されている。

・周子さんの右ポケットがだしぬけに〈南へ進んでください〉と喋る
・南にはネパール料理店がありあなたと掬ふ温かい豆

ルールの中ではとりわけ、この作品群が時系列で編まれたことが重要になる。一首の次に然るべき一首があり、その繋がりが作者にとって、また読者にとっても不可逆であること。それは、一冊の歌集やひとつの連作を、人生や物語の時間軸に擬えて読むことを積極的に肯定する。

・五音七音整はぬまま寝そべつて妊娠初期という散文期

 連作ごとにコンセプチュアルに配置された詞書も興味深く読んだ。作品が・作者が何から影響を受け、生成されたものなのか。それはある時期の
読書の記録であり、友人たちとの交友である。あるいは、妊娠・出産を機に変化してゆく身体や、自らの振り返る数十年分の過去かもしれない。

(1983 弟生まれる)
・私とは弟なのか 遡れる最初の記憶に弟がゐる

丁寧に順序だてて明かされる作品の素性は、作品が確かに作者に連なるものとしてあることを示す。それは方位磁針のように読み筋を先行し、私たちの作品体験を豊かに案内してくれることだろう。

・ホセ・ドノソの新刊を読みかけたまま小さなトリを宿して歩く

(「うた新聞」2021年9月号から改稿)



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