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躁鬱混合状態はつらい

私のもつ障害は双極性障害なのだが、個人的に人に理解されにくい障害ランキングでは上位に食い込むのではないかと思っている。活発になる躁状態と気が落ち込み何もできなくなるうつ状態を繰り返す障害である(ネットや書籍でもそう説明されやすい)が、「気分の浮き沈みなんて誰にでもある」と一蹴されるのがほとんどだ。

誰にでもあるのであればわざわざ障害として名前をもつことなどないだろう、自分が苦しんでいたり周りに迷惑がかかったりするから障害なのだというのが私の本音なのだが、はっきり面と向かっては言えない。結局周りに迷惑がかかっている以上、被害者ヅラしてもデメリットしかない。

そんな双極性障害のなかでも最も厄介なのが躁鬱混合状態である。外面は元気に冗談も言いながら明るく振る舞えるが、頭の中は焦燥感と希死念慮でいっぱいの状態である。

どうも私は躁鬱の周期の中で躁鬱混合状態が1番長いように思われる。というより、精神的な不調を“隠せてしまう”といった方が正しいかもしれない。本当はODしたり瘡蓋をむしったりするくらい精神的に追い込まれているのに日が登って人と会った途端、笑顔で挨拶できてしまう。そういう風に生きていると、少し限界が来て「ちょっと落ち込んできている」と言ってしまっても「でも大丈夫そうに見える」と返されてしまう。
「大丈夫そう」と言われてしまうと、もう何も返せなくなる。

そんなことを繰り返して「自分の気持ちを心の底から分かってくれるのは自分しかいない」「本当の味方は私しかいない」と思うようになり、心の中にある不安感などといった感情は表に出せなくなってしまった。

やがて心の不調は身体の不調として周りに主張するようになっていった。「頭痛がする」「熱がある」と言えばたちまち相手は心配モードに入る。本当は精神的な苦しみに対して心配してほしいのを身体的な苦しみで補完しようとしている。

こうなってくると更にきつくなってくる。本当に身体的な病気なのか、心身症なのか見分けがつかないためである。「内科をとりあえず受診すれば良いのではないか」というのは至極真っ当な意見で反論のしようがないのだが、現在無職で実家住まいの24歳には病院代も馬鹿にならない。市販薬でとりあえず対処するものの結局は気休めでしかなく、根本的な解決には至らない。

こんなことを綴っている今はうつ寄りの躁鬱混合状態のため、文章がぐちゃぐちゃになっている気がする。本当はこの広いインターネットの中で自分の気持ちを分かってくれるような人が1人でもいてくれたらと思って綴ることにしたが、ただでさえ元々理解してもらえるような文章力もない上に考えがまとまらない状態で書き出したために大変読みづらい文章になっていると思う。

しかしながらもう読み返して推敲することもままならない状態であるため、書きっぱなしのまま投稿しようと思う。またうつが落ち着いた頃、気が向いたら読み直して編集することにする。

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