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幸田文『台所のおと』読書感想文(宝亭お富)

お稽古の一環として「その時代を知る」ということで、大正から昭和初期を生きた人の作品を読むということで私が選んだのは「台所のおと」幸田文さんの短編集だ。

幸田文さんの存在を知ったのは、つい最近のこと。
私がとても好きな着物人さんがしきりに幸田さんの本について紹介していたのがきっかけだ。
その人は、齢を重ねながらも着物と共に生きているようなとても素敵な人だったので、そんな人が好きな人ってどんな本なんだろうと思った。
幸田文さんは、明治時代から平成までを生き抜いた女性。
有名な幸田露伴の次女で、小説家として活躍されていたとのこと。

彼女の本は、小説だけでなくいわゆるエッセイのはしりのような作品も多く残していて私が一番初めに買った彼女の本は、「きもの」と「きもの帖」という作品だ。
どちらも着物を興味のある方にはぜひ読んでもらいたいので紹介したいのだが、そのどちらかを今度の10月の朗読公演で読むことになったのでそのお話は控えておこう。楽しみ。

さて今回の読書感想文で、この作品を選んだ理由としては、まずは表紙。
木目が渋い机の上に一品一酒が置いてある写真がグッと来た。
「他に何も要りません」感がすごくシンプルで読んでみたいと感じた。
あとはあらすじに書かれている「妻の包丁の音が微妙に変わったことに気づく…..」というワードがなんともドラマチックで、少し演劇的な要素があるなと思ったので、この本を選んだ。

この本は、「台所のおと」を始め全十編の作品が入っている。どの作品も一環して思うところは日常に起こる変化の連続をとても細やかに表現されていると思った。
小説の中では、その時々の情景が浮かぶために説明というのが必要で、その説明がいかにも説明らしくあると読み手としてはとても冷めてしまう。彼女の作品の中で、言葉によって描かれているのが色であったり音であったり、質感であったり、、到底言葉では説明がつかないものばかりなのだ。
「濃紺」という作品には、主人公がずっと忘れていた下駄が出て来るのだがその想い出を背負った下駄の様子がとても鮮明に想像がつく。木が年輪を重ねるように、下駄がその主人公の歴史や、買った時の感情まで蘇らせるようなそんな言葉が表情に心地よくそしてなんだかどこかで既視感を感じてしまう。

ここまで、書いて思ったが私は上手に年を重ねている人がとても好きなのだ。
のんべんだらりと生きていてもいいが、いいところでキリッとして抜いてもいいところで抜く。
そんな生き方がとても羨ましいし、いいなぁ憧れるなぁとみていて惚れ惚れするのだ。

表題作の「台所のおと」は、一番臨場感のある作品だと思った。
舞台がまず良い。病床に伏せている料理人の旦那と襖を挟んですぐの妻の台所の支度の音を気にするというのが、日常的ではあるがどこか非日常的な状況だ。
これを読んでいて思ったのは、自分の小さい頃の思い出。風邪をひいた時のことだ。
私は、季節の変わり目になることには必ずと言って良いほど風邪を引く娘だった。
その度に、だいたい4日か6日は必ず完治するまで床に伏せていなければならないのが我が家の決まりだった。熱を出して寝ているときは、ぐっすり寝れるのだが3日もすればほぼ完治する時もあるのだが、心配性な母は、完治するまで寝るようにといつも言い聞かせられていた。
寝るのも飽きて来るので、音がとても気になって来るのだ。特に実家は、それこそ襖一枚挟んでどころか閉めると寒いので、開けたまま。台所から、母の包丁の音や何かを煮る音、電子レンジの音まで鮮明に聞こえて来るのが、暇ながらも安心して聞いていた記憶がある。誰かが動いている音がするのは体が弱っている時は特に心地いいのだ。
だが、この作品の中では「音」がそのひとの「感情」そのものとして描かれていて目は口ほどに物を言うというが、音の方がもっとだな。と思わすようなそんな物語だった。

他の作品もそうだが、結構病人がよく出て来るなと思った。
「一人暮らし」「祝辞」にも病気になって人や生活が変わることが多く記されていた。
幸田さん自身も、5歳の頃にはお母様を、8歳の時にお姉様を亡くされている。
十代の頃に父・露伴による生活技術の教育を受けていたと書かれていたので、所謂、家事全般の花嫁修行というものを叩き込まれたのではないかなと思った。
その後も、小説家として売れていたというよりも、結婚して酒屋さんで働いていたし、離婚して出戻りしてからも、戦時中の生活物資確保のために働いていたとか。
その時代、時代の女性としての生き方を全うしながらも、俯瞰的にあるいは実体験のように小説の中に取り込めていったのだろう。
もし、私が彼女と同じような女中生活をしていたなら、とても共感を持ってこの本を読み進めていたかもしれないなと思った。

普段何気なく過ごしている時間で流れ入る人の生活の音は、その時代の音でもあり、その人自身の人生の音でもあると、この本を読んで感じた。
私も、自分の人生の音はどんな音なのかな。どんな音を奏でようかと思った。

幸田文『台所のおと』読書感想文 宝亭お富

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