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竜血の契り ー翼よ、光を解き放て #11

「――結局さー、どういう話してたんだ?」
 ヘーガーの邸宅を出て馬車に乗り込み、しばらくしたところで、おもむろにヨハンがあくびを噛み殺しながら言った。話の流れをどう要約したものか――とユルクが考えている間に、ミックが「まあ、色々だよ」と適当なことを言った。
「色々ってなんだよー」
「色々は色々だよ。細かく話すと長くなるけど聞く?」
「んー……聞くけど寝るかも」
「じゃあ話さなーい。僕も話すの面倒だし。ま、簡単には教えとくよ。僕とユルクはこれから、この国の王子様に会いに行く。そのためにヘーガー将軍に何かと頑張ってもらう、ってとこだよ」
 へー、と驚いているのかいないのか、微妙な反応を示すヨハン。おや、とユルクはヨハンへと目をやる。
「意外だな。『え、おれは? 王子サマに会えないの?』とか言い出すと思ったが」
「えー? 別にいいよ、王子に会ってもおれ得しないし。なんかスゴそうでもないし」
「ある意味凄いというか、まあとんでもない人だとは思うんだけどね、負の方向で。ついていきたい! とか言い出さなくて良かったよ……君にも頼みたいことがあるからね」
「え、おれに? 何なに?」
「ちょっとしたおつかいさ。ユルク、例のアレを」
 ミックに言われ、ユルクはバッグを一つ手渡した。ヨハンが開けて中を見ると、そこには数枚の紙が入っている。
「あれ、これ……あの剣の図面じゃん。こっちの紙は?」
「それは手紙だ。ミックが商会名義で書いたやつ」
「読んでいい?」
「いや封蝋もうしてるから、開けるな開けるな」
「……っていうか、図面を見せてもらったときに薄々分かってたけど。ヨハンは字が読めるんだね。貴族の子弟ならともかく……最近学校でもできた?」
「んー? 学校って王都にしかねーじゃん? 字は親方の奥さんが教えてくれたんだよ。そういやユルクのにーちゃんはどーなの。てか、実家何してる人なん?」
「え、俺?」
 いきなり話を振られ、困惑しつつもユルクは簡潔に答えた。
「何でも屋だよ。農家の手伝いから屋根の修繕、山から降りたイノシシやクマの退治までって感じ」
「ふーん、珍しーの。親がやってたの?」
「らしいな。親父は自称自由騎士とかなんとか言ってたけど。ほんとに騎士だったんだか……家に勲章の一個どころか鎧も無かったし」
「ナガレモノってやつ? ユルクのとーちゃんも珍しー人だったんだなー」
 考えてみれば奇妙な話だ、とはユルクも思う。ヴァイス村は、余所からの移住者などめったにいない村だった。
「話それたけど、結局この手紙ってナニ? どーすんの?」
「ああ。その手紙は……というかそのバッグの中身は、王都のアイゼンシュミットの工房に届けてほしいんだ。とはいえ、ただそれを渡すだけじゃ駄目だ。なるべく上の人間、できればトップに話をつけたい。そうなると、バルボ商会の名前を出してもすぐ会えるってわけにはいかなくなる。先にアポイントメントを取って、その後に君を使いに出す形になるね」
「へー」
「……ヨハン、お前今の説明でほんとに分かったか?」
「ビミョー。でもともかく、おれの仕事ってこれを渡しに行くことなんだろ? それだけ分かってればダイジョーブっしょ」
 あっさりとした物言いに、ミックは脱力して半笑いになる。一方ユルクは「本当に大丈夫か……?」といかにも不安げなものだった。

 この会話の後、馬車はすぐ、当面の宿へと入った。貴族街寄りにある宿であり、歓楽街と化した中心地の雰囲気にまだ飲まれていない、料亭を兼ねた宿だった。どうやら大商人を中心に使われているらしい。宿泊客はそう多くなく閑散としたものだったが、寂れている、という風でもない。ロビーや部屋の清掃も行き届いていた。
(この部屋に一晩泊まるだけで何日分の食費になるんだろ……)
 客室に入ったユルクとヨハンはくつろぐよりも先に、そんなことを思った。

 そのまま夜は更けていき、翌日。

 朝早くにミックは宿を出た。――それを見送った、ユルクとヨハンは。
「…………ミックの兄ちゃんは部屋にいろ、って言ってたけどさー」
 広い二人部屋のベッドの上。スプリングを活かして無意味に尻で跳ねながらヨハンが言う。壁に当たらない位置で素振りをしていたユルクは、ちらりとヨハンを見やる。
「暇じゃん! 外出よーぜ」
「駄目だ」
「即答かよ! なんでだよー、兄ちゃんだって暇だろ!?」
「暇だけど、そういう問題じゃねーだろ。外が危ないから出歩いちゃ駄目なんだって」
「でも暇じゃん」
 話が繋がっていない『でも』ではあったが、その言葉は的確にユルクの心情を現していた。反論もできず、うっと呻いて押し黙るユルク。それを尻目にヨハンはベッドから飛び降り、テーブル上にあった部屋の鍵を取る。
「あ、おい……!」
「大丈夫だって! 朝なんだし、なんか変なことなんて起きないって、たぶん!」
「いやそういう問題じゃ……ああーもう、しょうがないな……!」


 ヨハンを追いかけ、ユルクは昼の王都へと出る。
 貴族街は相変わらずひっそりとしたものだった。そして、それは大通りの方も同じことだった。昨夜の、歓楽街らしく賑々しい、目が痛くなるような色彩の看板と灯りにまみれた大通りは、朝だというのに眠りに就いたようだった。人通りは全くと言っていいほど無く、道端に転がる酔っぱらいの姿すら無い。数少ない、昼に開いている商店からわずかにこぼれる音が聞こえてこなければ、外周部のようなゴーストタウンにでもなったのかと思ってしまいそうなほどだった。
「誰もいねーなー。夜に開いてた店、ほとんど閉まってんじゃん」
「まあ……そうだろうな。開いてる店は……飯屋ぐらいか?」
「肉とか野菜ってどこで買うんだろーな、王都のヤツって。肉屋も八百屋もねーんだけど」
「そういえば……」
 通りにあるのは酒場ばかりで、生活用品の店はほとんど無い。ためしに一本路地を入ってみると、ようやくちらほらとそれらしき店が見えてくる。そういった店も活気あふれるとは言い難く、同じ朝でもバージヴィンの方がよっぽど人通りが多かった。
「王都ってんだからうまそーなもんがあると思ったんだけどなー」
「あ、お前まさか、そのために!?」
「えっ、ち、違うって! えーと、ケンブンを広めるために……王都の飯なんてちょっとしかキョーミ無いし!」
「ちょっとだけなら興味あんじゃねーかよ……」
 呆れつつ、美味い朝食にありつきたいという気持ちはユルクもまた同じだった。しかし、ヴァイス村にすらあった朝市の――例えば麦粥やパンを売るような――屋台はどこにも見当たらなかった。
 しばらく歩き回り、空腹ばかりが増していく。いっそ宿に戻るか、とユルクが思い始めたあたりで、唐突にヨハンが足を止めた。一拍遅れてユルクがそれに気づき振り返ると、ヨハンは細い路地へと目を向けていた。
「ヨハン? 何があった――」
「そこの少年らよ……」
「!」
 ヨハンに近づいたユルクは、路地からかかった声にぎくりとして足を止めた。声のした方を見ると、そこにはズタ袋のような灰色の衣を纏った、白髪の男が椅子に腰掛けていた。こけた頬の上にある目は細く、指は節くれだっている。打ち捨てられた乞食のような風体だった。
「少年ら? って、おれたちのこと?」
「お、おい、ヨハン……!」
 無警戒にもヨハンが近づいていくので、ユルクも仕方なく、その男の前に進み出ていった。前に立ってみると以外にも上背は高いように見えたが、そのせいで、枯れ木のような印象を受ける。ユルクは、ヨハンを押しやるようにして前に出る。
「……俺たちに、何か用か?」
「君たちは……王都の外からやって来たのだろう。今、外はどうなっておるかね……」
「……どう、って言われても……」
「竜が来たのだろう。剣は戻ったか。竜は結集したか。フリードリヒの遺児は何処いずこか」
「……!?」
 驚きに、ユルクは息を呑む。今、この男は何と言ったか――唐突に、予想だにしない言葉を投げられ固まるユルク。その後ろから前に出たヨハンが男の腕を掴む。
「おっちゃん! いまなんて!? 竜とか剣とか言った!?」
「ああ……そうだとも、そうだとも。分かるのだね、私の言葉が……」
「分かるってか、分かんねーってか、ええと……つまりどゆこと……!?」
「ヨハン、落ち着け。……なあ、あんた竜について何か知ってるのか?」
「もちろんだとも」
 はっきりとした肯定に、ユルクとヨハンは顔を見合わせた。明らかに怪しげな風体の男だが、しかし、口からでまかせとも思えない。だからこそ、余計に怪しいとも言えるのだが――。
「あんた……いったい何者だ?」
 男はユルクの問いには答えず、
「少年らよ、聞け。我欲がために竜の誓いに背いた王家の者の代わりに……」
 ゆるりと口を開き、そして、おもむろに語りだした。

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