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こんにちは。ななしです。このnotoでは、世界遺産にまつわるお話などをしていきます。b…

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こんにちは。ななしです。このnotoでは、世界遺産にまつわるお話などをしていきます。blogと音声配信を掛け合わせたコンテンツを作りたくて始めました。

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366日毎日「世界遺産」と「世界遺産言葉」を紹介します

初めまして。旅と世界遺産が大好きなななしです。 2022年8月1日より、新しく開設した「VIVA! 世界遺産」では、毎日世界遺産と、それにまつわる世界遺産言葉を紹介していきます。 毎日、Radiotalkでライブ配信しています。 世界遺産言葉なんてものはありませんが、ななしが勝手に決めて紹介していく番組です。 どうぞよろしくお願いします。 【キャラクターイラスト】 キウエさん@nz_no_kiue instagram.com/nznokiue3

    • 1月19日(木)トゥルネーのノートル・ダム大聖堂

      ベルギー最古の街として知られるトゥルネーは、フランスの国境に面した西部にある街です。 その歴史は古く、2000年前から始まり、歴史ある建築物や、タペストリーが街中にたくさん飾られています。 大聖堂の外観は、建物正面に最高で83mもある2本の尖塔、他に3本の塔があり、合計5本の塔があるユニークなものです。 建物の長さは134m、幅は66mと大規模な大聖堂で、遠くからでもその存在感は圧倒的です。 トゥルネーのノートル・ダム大聖堂にはベルギー七大秘宝のひとつ「聖母マリアの聖遺物

      • 1月18日(水)ポロンナルワの古代都市

        スリランカ中部にあるポロンナルワは、アヌラーダプラに次ぐシンハラ王国の2番目の都で、11〜13世紀に栄えた。 世界遺産ポロンナルワの古代都市には、王宮史跡や仏教寺院が点在しています。 そしてこれらの遺跡が、ポロンナルワ王国を偲ぶ史跡として現在に引き継がれています。 スリランカ中央部にある3つの都市、アヌラーダプラ、ポロンナルワ、キャンディを結ぶ三角形の内側には多くの遺跡が点在していて、文化三角地帯と呼ばれています。そして その東の一角を成す大遺跡群がポロンナルワです。

        • 1月17日(火)ジャームのミナレットと考古遺跡群

          アフガニスタン西北部、ヘラートの東方約200km,ハリー・ルード川南岸に、ジャームのミナレットは建設されました。 建てられたのは、12世紀で、当時反映したイスラム王朝、ゴール朝の君主(スルタン)ギヤースッディーン・ムハンマドの命令によるものでした。 ゴール朝は、現在のアフガニスタンのゴール地方に建国されたトルコ系イスラム教国で、北インドに侵攻して、インドにおけるムスリムの最初の安定支配を築いたイスラーム王朝です。 王統の起源については詳しいことは不明ではあるものの、歴史上

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        366日毎日「世界遺産」と「世界遺産言葉」を紹介します

          1月16日(月)グランド・キャニオン国立公園

          グランドキャニオンはアメリカ合衆国アリゾナ州北部にある、言わずと知れた世界最大規模を誇る大峡谷です。 渓谷の中心を流れるのは、コロラド川で、川に沿った全長は約446km、そして総面積は4,926平方km。これは、東京都の2倍以上あるということになります。 渓谷は赤茶けた色で、独特の地形をしていますが、これはコロラド川が周辺の大地を侵食したり、岩の風化などによって形成されたものです。 グランドキャニオンの起源は今から7000万年前で、この一帯の広い地域が地殻変動によって隆

          1月16日(月)グランド・キャニオン国立公園

          1月15日(日)高句麗古墳群

          高句麗古墳群は、北朝鮮の平壌市と、その周辺に分布する、高句麗王朝の王と王族、貴族の墳墓で、王朝の中・後期にかけて造られた63基が世界遺産に指定されています。 高句麗王朝は、3~7世紀に満州から北朝鮮にかけて建国された国家で、4世紀末~5世紀の広開土王・長寿王の時代に最盛期となりました。 668年に唐・新羅連合軍に攻撃され滅亡して、その後継国家として渤海と高麗があります。 現在の首都平壌は、西暦427年から高句麗王国の都になりました。 高句麗王国は当時中国東北部から朝鮮半

          1月15日(日)高句麗古墳群

          1月14日(土)水原の華城

          水原の華城(スウォンのファソン)は、18世紀末に、李氏朝鮮の22代国王・正祖によって建てられました。 これは、党派争いに巻き込まれて、非行の死を遂げた父・サドセジャ(思悼世子)の墓を、楊州から、当時最も風水地理上よいとされていた水原(スウォン)に移し、そこに築城したものでした。 城は1794年1月に着工、約2年の歳月を経て1796年9月に完成しました。 水原の華城は、朝鮮古来の築城法に加え、石とレンガの併用といった西洋の近代的な建築技法を清(中国)から導入して、優れた機能

          1月14日(土)水原の華城

          1月13日(金)ヤヴォルとシフィドニツァの平和教会

          この世界遺産はポーランド南西部にある17世紀末に建造された木造の教会です そして木造宗教建築としてはヨーロッパ最大のものとなっています。 その建築の特徴は、伝統的な技法で建造された木造教会でありながら、ゴシックの様式を取り入れられています。 なぜその時代に伝統的な木造で教会が作られたのか? この教会群が、17世紀半ばに、ヨーロッパ中を荒廃させた「三十年戦争」と呼ばれる宗教紛争の終結と平和の象徴として建てられたものだからです。 建築としても木造建築の教会としてはヨーロッパ

          1月13日(金)ヤヴォルとシフィドニツァの平和教会

          1月12日(木)カムチャツカ火山群

          世界遺産に登録されている火山群は、ロシア連邦の極東連邦管区(きょくとうれんぽうかんく)の連邦構成主体の1つカムチャッカ地方にあり、全てがカムチャッカ半島に含まれています。 カムチャツカ半島はプレートがぶつかる場所で、世界有数の火山地帯です。 沢山ある火山の中の幾つかの自然公園と自然保護区が世界遺産の登録対象となっています。 火山の多い土地柄、開発されることなく手付かずの自然が残されている場所も多く、その自然美も見所です。 当初は、カムチャツカ半島の2つの自然保護区と3つの

          1月12日(木)カムチャツカ火山群

          1月11日(水)サラン=レ=バンの大製塩所からアル=ケ=スナン王立製塩所までの天日塩生産所

          フランス東部のスイスとの国境に位置するフランシュ=コンテ地域圏に残るサラン=レ=バンの大製塩所と、アル=ケ=スナンの王立製塩所から構成されています。 塩は人の体に必須の成分であり、味付けるのはもちろん塩漬けなどの食料保存や、チーズなどの加工、そして毛皮のなめしなどにも不可欠な、重要な製品でした。 サラン・レ・バン大製塩所の歴史は中世以前に遡り、製塩業はこの町を成長させる原動力となり、大きく繁栄しました。 サラン=レ=バン大製塩所は少なくとも12世紀には一帯で最大の製塩所と

          1月11日(水)サラン=レ=バンの大製塩所からアル=ケ=スナン王立製塩所までの天日塩生産所

          1月10日(火)ティパサの考古遺跡

          ティパサは、アルジェリアの首都アルジェから西に約70kmに位置する、フェニキア人によってつくられた街です。 現在のティパサは、1857年に建造されたその近代的な町並みと、古代ローマの遺跡群が共存する都市です。 ティパサはアラビア語で「荒廃した都市」を意味していて、アルジェリア沿岸部にあるティパサ県の県庁所在地でもあります。 現在のティパサは、ティパザ県の県庁所在地として多くの人が住無都市ですが、ティパサの遺跡は、6世紀に放棄されて以降、廃墟のまま今に至ります。 ティパサで

          1月10日(火)ティパサの考古遺跡

          1月9日(月)ランギリ・ダンブッラの石窟寺院

          ダンブッラは、岩山の頂上にある、自然の洞窟を利用した石窟寺院です。 紀元前一世紀ごろに王が追放されたときにこの洞窟に身を隠し、 後に王権を奪還した際に、感謝の気持ちを込めて寺院を建立したと言われています。 スリランカでも最大の規模といわれる、寺院は5つの石窟で構成されていて、スリランカで最も保存状態がよいとされる石窟寺院として知られています。 石窟寺院のある岩山は、ランギリという名で、ランギリとは「黄金色に輝く」という意味なのだそうです。 ダンブッラは「水の湧き出る

          1月9日(月)ランギリ・ダンブッラの石窟寺院

          1月8日(日)ウルル=カタ・ジュタ国立公園

          ウルル=カタ・ジュタ国立公園は、オーストラリア大陸のほぼ真ん中に位置する有名な国立公園です。 国立公園は、アナングと呼ばれるアボリジニの民族集団による所有地で、公園内には現在もアボリジニの集落があります。 オーストラリア大陸の中央部に位置する、ウルルとカタ・ジュタを中心とする一帯は、6億年前の造山活動と地殻変動によって地表が隆起し、砂漠の中で風化や浸食を受けることで形成された巨大な岩石群です。 この国立公園内には、有袋類のカンガルーやフクロモグラを含む哺乳類を始め、多くの

          1月8日(日)ウルル=カタ・ジュタ国立公園

          1月7日(土)カンボジアのアンコール遺跡群

          ヒンドゥー教寺院「アンコール・ワット」と都城跡の「アンコール・トム」に代表される『アンコール遺跡群』は、クメール人の王朝であるアンコール朝の都市遺跡です。 クメール人というのは、カンボジアを中心とする東南アジアの民族で、アンコール王朝は、9世紀から15世紀まで東南アジアに存在していた王国だそうです。 879年、この地はアンコール最古の寺院プリア・コーのヒンドゥー教寺院が建立された後に王都となり、歴代の王が都城と寺院を次々と造営しました。 ですが、1431年ごろ隣国のタイ族

          1月7日(土)カンボジアのアンコール遺跡群

          1月6日(金)建築家ヴィクトル・オルタの主な都市邸宅群

          ヴィクトル・オルタはベルギーの建築家。 非対称的な曲線模様を特徴としたアール・ヌーヴォー様式を装飾芸術から建築へと取り込んだ最初の建築家と言われる。 タッセル邸が世界初のアールヌーヴォー建築作品である。 かつてベルギーで発行されていた2000フラン紙幣に肖像が使用されていた。 19世紀末から20世紀にかけて建築家ヴィクトール・オルタによって建てられた邸宅が残っています。 彼の手がけた邸宅は数多くありますが、そのうちの4棟が世界遺産に登録されています。 石造りが主流の時代に

          1月6日(金)建築家ヴィクトル・オルタの主な都市邸宅群

          1月5月(木)オスン-オソボの聖林

          オスン-オソボの聖林は、ここの住むヨルバ人にとって宗教的な意味を持つ原生林です。 聖林はヨルバの神々のなかの一神である、豊饒)の女神オスンの住居とされています。 不思議な霊能力を持っていた女性がオスン川に変身したという伝説の残るこの場所に、女神オスンをはじめとする神々が祀られた神殿や彫刻、芸術作品が残されています。 オスン・オソボ聖林の最大の特徴は、女神オスンを信仰していたヨルバ人ではなく、芸術家たちによって森林を保護する活動が行われたことにあります。 世界遺産への登録

          1月5月(木)オスン-オソボの聖林