パリのファッション写真業界に潜り込む方法/フォトアシスタントの仕事とは
フランスに引っ越す前に日本でよく聞かれたことが、「なんでフランス?」「何するの?」「そんなに貯金あるの?」などなど。答えは「フランスに住んでみたいから」「まずは語学学校に行って大学に行こうかな。何か書いたり写真撮ったりするような仕事もしてみたいな」「ビザ取得に要求される金額は貯めたよ」。特に明確な目標を掲げて渡仏した訳ではなかったので、心配されたり呆れられたりすることも多々ありました。
それでもやってみると案外何とかなるもので、パリ生活も7年目に入りました。自分の長所は運が良いことと、良い人に巡り会えること。振り返るといつも良いタイミングで良い人と出会い助けてもらえたおかげでやってこれました。
2022年は変化の年にする予定です。変化してしまったら忘れてしまうかもしれないので、今やっているフォトアシスタントの仕事とその仕事に就くことができた経緯をここに残しておこうと思います。
【パリお仕事履歴】
パリに着いた当初1年間は日本食レストランのバイトでしのいだのち、運よく日本の雑誌にファッションスナップを撮る仕事をいただいたり、並行してフランス人が立ち上げたアジア人向けの観光情報サイトを運営しているベンチャー企業に雇ってもらい写真を撮り記事を書き始めました。
写真に興味があって始めた仕事。自分の写真がサイトや雑誌に掲載されるのはとても嬉しく、やりがいのある仕事でした。
でも次第にスナップ写真ではなくて、スタジオで撮影するような”ザ・ファッション・シューティング”みたいな世界を見てみたいと思うようになります。自分で絵をつくるような、そういう写真の撮り方を見てみたい。
例えばドキュメンタリー映画『アニー・リーボヴィッツ レンズの向こう側の人生』で観たような撮影現場に憧れました。
でもどうしたらいいんだろう?こういう世界はまずアシスタントから始めるものな気がする。ということでインスタグラムで偶然見つけてビビッとこの写真好きだ!と感じたフォトグラファーにアシスタントを探していないかメッセージを送ってみました。
そのフォトグラファーから、まずはパリにある写真スタジオでスタジオアシスタントをして基礎を学ぶのが良いとアドバイスをもらい、名前を教えてもらったパリで最も歴史あるスタジオのひとつへ直談判しに行きました。スタジオを教えてくれたフォトグラファーが「僕の紹介って言ってくれていいよ」と言ってくれたのが功を奏したのだと思います。まずは3ヶ月のインターンシップをしてみて、働きがよければその後雇ってもらうということに。慣れない肉体労働とおぼつかないフランス語に奮闘しつつなんとか3ヶ月のインターンシップを切り抜け、スタジオアシスタントとして雇ってもらうことができました。
こうしてなんとかファッション写真業界の末端に潜り込むことに成功したのでした。
スタジオ勤務はかなりハードでしたが、機材の基本などはもちろん、なんといってもいろんなフォトグラファーの仕事を見ることができるので、とても勉強になります。
VOUGE、Re-Edition、W、Doudle magazineなどなど様々な雑誌、CHANEL、Hermes、Givenchyなどなどハイブランドの撮影。今まで雑誌で見て憧れていた世界が目の前で作り上げられていく様子を生で見られる環境はとても刺激的です。
これからファッション写真を始める人、写真学校で学んでいない人、日本で写真のキャリアがない人には、パリのスタジオはおすすめの勉強場所です。
【スタジオアシスタントの仕事】
ではスタジオアシスタントはどんな仕事をするのでしょう?
スタジオアシスタントと私が勝手に呼んでいるだけで、こちらでの名称はAssistant Plateau。スタジオに勤務するアシスタントのことです。
よく誤解されるのですが、ここで言う写真スタジオとは、写真家個人所有のスタジオではありません。一般的な商業撮影では貸しスタジオを借りて撮影が行われることがほとんどです。
パリ近郊および市内では、studio Rouchon、little grand studio、Espace Lumiere、studio daylight、studio zero、le petit oiseau va sortirなどが有名どころ。
スタジオ勤務の朝は早く、撮影クルーが到着する前に朝食を用意し、その日の撮影に使う機材を出しておきます。お昼になったらランチの準備と後片付け、夜になったら機材を片付けて掃除をし、壁や床を白いペンキで塗るような仕事です。
撮影中にフォトグラファーと直接関わる仕事ではなく、スタジオのために働くアシスタント。裏方のさらに裏方なので、撮影自体に参加することはなかなかありません。
誰よりも早く出勤し、誰よりも遅く帰るのに、もっとも給料の安い仕事なのですが、ここでまず基本的な機材の使い方を覚えることができる。そして写真家と直に働くフォトグラファーアシスタントたちと人脈を作り、引き抜いてもらう出会いの場でもあります。
スタジオアシスタントは短い人で数ヶ月、長くとも2〜3年ほどで卒業し、スタジオアシスタントを経てフォトグラファーアシスタントになるというのが一般的なステップアップの流れです。スタジオ勤務中に出会う人脈によって後々の仕事が変わっていきます。大きな撮影に関わってみたい場合は大きな撮影があるスタジオで働くこと。やっぱり一流のクリエーターが集まった撮影は空気が違います。つまらない撮影ほどみんながダラけているもの。どうせなら緊張感はあるけれどみんなが良いものを作ろうとする気概に溢れた環境で働く方が、求められることも厳しいけれど学ぶことも多いです。
ファッション撮影の現場はインターナショナル。フォトグラファーもクライアントもスタイリストもモデルもヘアメイクもみんな国籍が違うなんてことは当たり前。アシスタントにもいろんな国籍の人がいます。私はフランス語ネイティブに比べると反応も遅いし聞き返さないといけないことも多いのですが、それでもまた仕事に呼んでもらえるのがありがたい。外国人がいて当たり前なので特別扱いはされませんがそこが居心地良く、外国人にもチャンスが与えられる国だなと感じます。(もしかして私の気づかない間に気を使ってくれているのかもしれませんが)
私は写真の学校に行きませんでしたが、スタジオで働きながら機材の名前と使い方など基本を全て学ばせてもらうことができました。撮影現場におけるマナーも学べました。スタジオで出会ったフォトグラファーアシスタントに引き抜いてもらい、去年の春にスタジオを卒業して今はフォトグラファーアシスタントとして働いています。
【アシスタントとは腰掛けでなく、光のプロ】
アシスタントというとどんな仕事をイメージされるでしょうか?実際にこの仕事をするまで、フォトアシスタントというのは荷物持ちみたいなイメージで、カメラマンになるための通過点だと思っていました。ところが働き始めてアシスタントという仕事のイメージがガラリと変わります。
パリという地の利もあり比較的大きなブランドの大きな撮影に関わらせてもらってきました。大きな広告撮影の場合、フォトグラファーの仕事は映画監督に近いイメージです。映画監督は全体の指揮を取り決定権を持っているけれど、ライティングについてはライティングのスペシャリストがいて、カメラについてはフレーミングするスペシャリストがいて、機材には機材を扱うスペシャリストがいて、分業制。そして誰もが映画監督を目指している訳でもありません。
写真撮影の場合も似ていて、フォトグラファーは映画監督で、フォトアシスタントはライティングのスペシャリストと言えるでしょう。ただのお手伝いさんではなく、光の専門職。アシスタントを経てフォトグラファーを目指す人もいますが、フォトグラファーになる気はなく、ずっとアシスタントを続ける人もいます。
【パリのアシスタント事情】
アシスタントに任される仕事の責任と範囲が大きいこと、日給が高いことがアシスタントがひとつの職業としてして成り立っている要因だと思います。
またアシスタントからフォトグラファーになる道が非常に狭き門であることも、アシスタントに止まる人が多い理由の一つであることは間違いありません。
ただし、第1アシスタントレベルになるとかなりの高給取りとなれるため、アシスタントで十分にお金を稼ぎながら、写真家として商業写真を取らずにもっと個人的なプロジェクトやアート作品の制作に専念するという人もいます。
一部の超有名フォトグラファーを除き、フォトグラファーのギャランティは年々下がる一方。白い背景にモデルの正面・横・後ろを機械的に撮るようなEコマース向けの撮影は増える一方。クリエイティビティを遺憾無く発揮できるような案件に巡り会えることは稀。となるとアシスタントをしつつ個人的な写真表現を追求できるのが良いのか、どんな仕事を受けてでも写真家をしつつプロとしてより面白い仕事を得られるよう奮闘するのかは、難しい選択です。
日本で写真の仕事をしたことがないので噂話を聞いた程度ですが、日本のフォトアシスタントは無給か薄給。有名なフォトグラファーの専属アシスタントでも月給五万円、しかも撮影のない日はフォトグラファーの家の掃除までさせられると聞いたことがありました。真偽の程はわかりませんが、日本から来るフォトグラファーのアシスタントを頼まれる際に無給で当然のように言われることが多いので、日本の写真業界におけるアシスタントの立場は推して図るべしでしょう。
一方パリのアシスタントは売れっ子になればかなりの高給取りになれます。フォトグラファーと専属契約を結んでいるアシスタントもいて、交渉次第では月給+撮影日数分の日給、と言う契約方法も。
ただし身体が資本かつ肉体労働のため、長くは続けにくい仕事であること(腰を痛める人が多いです)。個人事業主のため、税金などの比率が高いこと。社会保障や年金など納めていても取り分は正社員と比べるとかなり少ないことなどを考えると、自分で自分の身を守らないといけない分、日給で計算すると雇用されているよりもフリーランスの給料が高くなるのはごく自然なこと。フリーランスか雇用されるか一概にどちらが良いとは言えず、一長一短あります。
万が一致命的なミスをして信用を失ってしまって仕事が来なくなればそこで終わり、というのもフリーランスの世知辛いところ。
スタジオアシスタントは薄給でも定期的に仕事がありますが、フォトグラファーアシスタントは仕事が軌道に乗るまで収入が不安定なため精神力の強さも求められます。アシスタントは信用商売。自分で売り込むということは通用せず、ベテランのアシスタントからの口利きで徐々に仕事が入ってくるようになります。
【フォトグラファーアシスタントの仕事】
さて、フォトグラファーアシスタントはどんな仕事をするのか見ていきましょう。
現場でフォトグラファー本人がライティング機材を触ったり、機材を組み立てることはまずありません。撮影現場におけるフォトグラファーの仕事はモデルを動かし、シャッターを切り、クライアントを満足させること。そのことだけに集中できる状況を作るのがアシスタントの仕事です。中にはカメラの扱いもままならないフォトグラファーもいます。アシスタントはフィルムカメラとデジタルカメラ両方の様々な機種の使い方を熟知している必要があります。
大きな撮影では2〜4人、複数のアシスタントがいることが一般的です。その中でも第1アシスタントは別格。給料も別格ながら、責任と仕事の量も別格です。
準備編
第1アシスタントの仕事は撮影日以前、準備の段階から始まります。例えば、今回の撮影ではこんなイメージで、こんな写真を撮りたいという方向を決めるのがフォトグラファー(もしくはアートディレクターやクライアントの場合もあり)。その撮りたいイメージ写真を見て、どんな機材を使ってどんなセッティングを組むか提案するのが第1アシスタントの仕事です。
ライトの機材にはフラッシュ、タングステン、LED、HMIなど様々な種類があり、それによって写真に得られる質感や効果が変わります。またフォトグラファーの使いたいカメラやフィルムによってもどんなライティングを組むかが変わります。
フォトグラファーの撮りたいイメージが固まったら、機材リストと機材費の調整をプロダクションと行うのも第1アシスタントの仕事。必要とあればロケーションの下見やスタジオ選びにも参加します。これも大切な仕事で、ロケーション撮影の場合は何キロまで電圧があるか、機材を運ぶアクセスは確保されているか、自然光の有無などなど様々な確認が必要です。またスタジオ撮影の場合スタジオの広さはもちろんですが、意外に大切なのが天井の高さ。これによって組めるライティングや使える機材、得られる効果が大きく変わります。こう言う細かい部分の打ち合わせをプロダクションと行うのも第1アシスタントの仕事。何アンペアのプラグがあるか確認するのを忘れていたため、アダプターが一つ足りず何も接続できない!なんてハプニングも起きたり。パリで撮影の場合、機材レンタル会社に電話して取り寄せることもできますが、山や海での撮影となると場合によっては取り寄せることもできません。機材をひとつ忘れるだけで大幅な時間ロスや致命傷になることもある。第1アシスタントの責任の重さには恐々とします。
撮影当日
フォトグラファーよりも先にスタジオ入りし、ライティングを組みます。ここから私のような第2、第3アシスタントも関わってきます。予定していたセットを組んですぐにOKが出ることもあれば、全く違うライティングに組み直すこともあります。フォトグラファーが満足するライティングになるまで時間内で調整すること。これが結構大変で、事前にどれだけ打ち合わせをしていても、クライアントやフォトグラファーの気分が当日になってガラリと変わっていることがあるもの。こういうことも見越して、限られた機材費の中でプランB、プランCを提案するバリエーションを用意しておくのも優秀なアシスタントの仕事です。いくつものバリエーションを試して結局一番最初のセットに戻すというのもよくあること。また1日に何度もライティングを組み替える場合もあります。限られた時間の中で効率よく動くことが求められます。
あとはフィルムを入れ替えてラベリングしたり、素早くレンズを替えたり、フォトグラファーが撮りたい位置にカメラを構えたらそれに合わせて三脚の高さを速攻で調節したり。時にはコーヒーを淹れてあげたり。現場は緊張感があって、その中で素早く目立たず安全に動かなければなりません。話は逸れますが、日本でよく聞く"お茶は女性が淹れるもの"的な圧力は一切ありません。言語の違いや文化の違いなど大変なこともありますが、こういうところはフランスって働きやすいなと感じます。
そして撮影終了後、機材を片付けて終わり。
長くなりましたが、アシスタントの仕事は大体こんな雰囲気です、私はまだまだひよっこで第2第3アシスタントをしています。
この業界で働かなければ見ることもない世界に参加でき、面白い体験をしているなと感じる毎日です。これからファッション写真業界で働きたいと思っている方、パリで働いてみるのも面白いかも。いかがでしょうか!
【余談】
パリに来る前、「パリに住むには1年に300万円はかかるらしいよ!どうするの!」と日本の知人に聞かれたことがありました。実際来てみると300万円なんてかかりませんでした。大学に行くと言うと、学費はどうするのかと聞かれました。私が留学した当時、フランスの大学は外国人にも学費無料、登録費や保険などで年間4〜5万円かかるだけだと言うと驚かれました(今では値上がりしています)。スタジオでアシスタントしていることを言うとやってみたいと言う人は何人かいましたが、紹介してほしいと頼むだけで自分で実際にスタジオまでやって来る人はいませんでした。
本当にやりたいなと思っていることなら噂は気にせず、調べてみると案外方法が見つかるものです。ネットで調べるのも一手ですが、実際に大使館に行ってみる、学校に行ってみる、スタジオに行ってみる、自分のやりたいことをやっている人に話を聞きに行ってみる、足を使って動いてみると頭の中でぼんやりしていたことが明確になり、取捨選択でき、次に進むべき扉を開く一歩となります。
【さらに余談】
広告写真や商業写真はカッコよくない、芸術写真を撮ってこそ写真家だという人もいますが、私は広告写真もカッコいいと思います。広告写真の難しいところは、クライアントがいること。尖った表現は受け入れられないことが多いでしょう。
ただし奇跡的にも素晴らしいメッセージを込めた広告写真を撮ることができたら、意識もしていないたくさんの人に届くインパクトを与えられるところが広告のかっこいいところだと思います。誤解を招く言い方をすれば、芸術写真は芸術に興味を持っている人以外には届きにくい。一方で広告写真は、それに興味のない人も含めた圧倒的多数の人の目前に否応なく突きつけることができる、それが面白いところだなと思っています。
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