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『未知への飛行』機械誤作動で水爆を落とすことになったら

すごい映画を観てしまいました!

監督は『12人の怒れる男』『セルピコ』『評決』など、社会派映画を撮らせたら右に出るものなしのシドニー・ルメット監督。実際に起こりそうな機械のトラブルから巻き起こる世界大戦の危機、政治家・軍人・大統領を巻き込んだ緊迫した密室会話劇、次々と繰り返し迫られる非情な選択、濃密でスリリングな素早い展開と溢れんばかりの皮肉。そして一体何が正しい選択なのか?こういう映画を観ると、「ああ、やっぱり映画って素晴らしいな!」と心からひしひし感じます。

ちなみに原題の"Fail safe"とは、機械やシステムが誤作動を行なったときに安全に制御すること、または誤作動時に働く安全制御装置のことを意味するそうです。

『未知への飛行』というタイトルから『未知との遭遇』のような宇宙人ものと思っていたら、全く違いました。


あらすじ 舞台は冷戦時代のアメリカ。国境付近を警備するレーダーシステムが不審な飛行物体を感知する。時を同じくし、水爆を搭載したアメリカ軍の爆撃機部隊は、司令部から最高機密の暗号を受信する。”モスクワを爆撃せよ”。しかしそれは機械の故障による間違った指令だったのだ...


物語の巧みさと息もつかせぬ展開はもちろんですが、画面の美しさと編集のうまさも忘れてはいけません。ペンタゴンで議論を交わす政治家たちの構図の美しさ。緊張とともに徐々にズームインされ画面いっぱいに映る大統領の顔。後半にかけて高まる白と黒のハイコンストラストが、生と死を分ける緊迫感を盛り立てます。

大統領と通訳官ふたりきりの電話室、男たちが密集したペンタゴン、それぞれが持ち場に散らばる空軍司令部。緩急のついた3つの舞台装置と人物たちの立ち位置のバランスの良さ。

カメラの動きやシーンの切り替えにも、ハッとするような新鮮味があります。これが60年代の映画。シドニー・ルメット監督の撮る映画は本当に面白い。技術力の高さにしっかりと裏付けられた骨太さがあり、映画としての完成度の高さに目を見張ります。そして当時の時代背景を考えると非常に先見の明があり、批判精神に溢れた視野の広い人物だったのでしょう。1番好きな映画監督のひとりです。


以下ネタバレがあるので、まだ本作を観てない方は絶対に読まないでください。これは必ずネタバレなしで見ないと面白さが半減してしまいますので。

人生の2時間を捧げる以上の価値がある作品ですのでぜひ観てみてくださいませ!


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初めのうちは展開を読みつつ、モスクワ全市民の命とロシアからの報復攻撃を考えると、6機を撃ち落とすしか選択肢はないかなあと思っていました。果たして水爆搭載機を空中や海上で撃ち落とすのが安全なのかどうかはわかりませんが。

それでも最後は土壇場でなんとか爆撃が阻止されるのだろうと思っていました。ところがまさかの大統領の決断!ロシア側からの信用を得るための苦肉の提案。モスクワに水爆が投下されたら、ニューヨークにも同じだけの核爆弾を投下する。目には目を、歯には歯を。あそこまでギリギリの状態ではこれが一番”誠実”な決断だと思うし、同じ立場なら私も戦争イケイケの政府お雇い学者よりも、この大統領の決断にシンパシーを感じます。

とは言ってもミッションインポッシブルでは最後の0,1秒で時限爆弾は必ず止まるし、アベンジャーズは宇宙や天界から仲間を呼ぶし、最悪の結末は必ず回避されるのが映画のお決まり。だから「あー良かった。やっぱりヒーローはかっこいいなあ。スカッとしたなあ」と一息ついて、安心。幕が下りるとすぐに忘れてしまう。すぐに忘れてぼんやりとした日常生活に戻ってしまう。でも私たちの生きる世界にはヒーローなんていない。自分と同じような人間たちが重大な決断をくだしている。私たちは命の判断を誰かに委ねている。それは人間かもしれないし、機械かもしれない。


まさかモスクワが爆撃され、ニューヨークも爆撃することになるとは思ってもみませんでした。

この映画のエンディングは誰もハッピーじゃないし倫理的に正しかったのかわからないし大勢死んでしまう。だけど、だからこそ考えさせられます。忘れられません。


大統領の立場になって見ていると、大勢殺すより6機の乗組員を殺す方が正しそうだし、こちらのミスで大勢殺してしまったから自分達側も大勢殺しますと言うのが至極”誠実”な判断に思える。けれど本当にそうなのか?

戦争するべき!生き残るべきは自分たちの文化!生き残るのは生き残るべき人間だ!って考えには反対だけど、結局ニューヨーク市民をスケープゴートにするのも、あまり変わりないのかも知れません。余談ですが選挙に行かないとなと思いました。国のトップとは、非常事態時にはこれだけの決定権を持っているものなのでしょう。今の日本の総理大臣に自分の命は預けたくありません。


1人の人間が生きるか死ぬかは重大なことに思えるのに、数万人、数十万人の命になると途端に人の顔が見えなくなって、ただの数字の大小だけに感じてしまう。

アメリカ軍の6機の爆撃機がロシア軍によって追撃されると思わず、「やった!」と思ってしまう。しかし生き残った爆撃機の乗組員の映像が流れ、ハッとする。爆撃機の中に人がいることを忘れて喜んだ自分を恥ずかしく思う。


皮肉なことに爆撃機は仕事を全うするごとに国は窮地に陥るし、アメリカ兵はアメリカ兵を撃ち落とすのに必死だし、敵の妨害工作を配慮した安全のためのプロトコルのせいで自ら首を絞めることになるし、重大な瞬間に信用し合えず判断を誤るアメリカとロシアが互いを認め合えるようになるのは時既に遅し、最後の瞬間です。


今ではこんな映画撮れないのではないでしょうか?シドニー・ルメット監督、こんな結末にしたらアメリカで風当たり強くなりすぎるんじゃないか?と心配しました。実際、アメリカ空軍からは協力を拒否されたそうで、隠し撮りの1体の爆撃機の映像をコラージュして本編に使用したそうです。解像度が異なる映像が編集されているけれど、全く気にならない編集のうまさにも感心します。


たった一つの機械の誤作動で、モスクワとニューヨークが爆撃される。

超機械管理社会と核兵器は怖すぎます。



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