見出し画像

偏愛映画『汚れた血』 疾走する美

10代の頃から今でもずっと変わらず、好きな映画を聞かれたら必ず五本の指に入るのが、以前noteにも書いた『DIVA』、それに『12人の怒れる男』、そしてレオス・カラックス監督の『汚れた血』。


画像1


昨夜久しぶりに見返しました。多分初めて観たのは高校生の時。あの時は確かお家のリビングで観ていました。デヴィッド・ボウイのModern Loveが流れ唐突に始まるあのシーン。雷に撃たれたような衝撃でした。テレビに釘付けになっている私を後ろで眺めていた母が「ねえ、あなた今恋に落ちたでしょ?」と言ってきました。そう確かに、これは一瞬で恋に落ちたと言える経験でした。

あれから何本も映画を観たけれどModern Loveが流れるあのシーン以上に美しく衝動的で、素手で心臓を掴まれるような衝撃を受けるシーンに出会ったことはありません。私にとってとても大切な作品です。(でもレオス・カラックス監督の『ホーリー・モーターズ』の同じくドニ・ラヴァン演じるアコーディオンのシーンもすごかった。このシーンを映画館で初めて観た時にも心臓がドキドキしました。)


レオス・カラックス監督『汚れた血』

近未来のパリを舞台に、愛と青春と犯罪が闇夜を駆け抜ける。



とにかくModern Loveのシーンに圧倒された印象が強く残っていたのですが、写真を学んだ今観ると、どこを切り取っても美しい画面の構図に改めて感じ入ります。


冒頭、メトロの駅のシーンで明示される作品のキーカラー、赤、青、黄色。全編を通して他の色は一切排除され、この三色が神経質なまでに繰り返し繰り返し現れます。背景に一瞬写る生花、小道に止められた車、テーブルランプ。細部まで徹底したこだわりが映画の世界観を形作っているのでしょう。三色がそれぞれ何かを象徴しているのかも知れません。

そして赤いライターでタバコに火を付けるクローズアップから始まるカメラワークでノックアウト。

ただ肩に手を置くシーンですら斬新な構図。

背景と主題の遠近を利用したぼかし使いの巧さ。

ハンスの前を横切るマルクの横顔のアップ。

クローズアップのカットが重ねられるリズム感。

幕開けのたった数分でもう、この監督の非凡な才能に見せつけられます。当時、この作品は新しい映画の時代の幕開けだったことでしょう。



作中何度も使われる効果的なイメージ。人物の表情が見えずシルエットだけが浮かび上がる映像。背景にピントが合い、人物の表情をぼかすことで浮かぶニュアンス。走る役者を追いかけ乱雑に動き回るカメラ、夜に滲む街灯。

そして光。特に隠れ家の肉屋での光は秀逸。左右後方から照らす光が首筋や身体の輪郭を描き、顔をなぞる陰影がなんとも美しいのです。

これが1986年、当時26歳だったレオス・カラックス監督の作品。他のどんな映画にも似ていない、今なお新鮮な完璧さを抱き続ける作品です。


ジュリエット・ビノシュの神々しいとさえ形容したくなる美しさもこの映画の重要なポイントでしょう。当時ジュリエット・ビノシュは監督のレオス・カラックスの恋人でした。だからこんなにも美しく撮られているのかと納得したものです。触れるだけで壊れてしまいそうな儚い可愛らしさ。ここでブリブリしたガーリーな服装をしているのではなく、乱雑な髪型にボーイッシュとも言えるシンプルでモノトーンな服装をしているからこそ彼女の透き通る魅力や女性らしさがより強調されているように感じます。本当に、こういうところで見せつけられるフランス的感性の良さにはぐうの音も出ない。

脇を華やかに飾るジュリー・デルピーも忘れてはいけません。確か『ビフォア・サンライズ』ではボッティチェリの絵画のようと称されていた彼女の美しさ、まさにぴったりな形容詞に膝を打ちました。当作ではさらに若くみずみずしく青いガラスのようです。

そして何においてもドニ・ラヴァンという役者の唯一無二の存在感。役者というよりも身体表現者と呼びたい。主演が彼でなかったら、ここまでの作品にはなっていなかったでしょう。レオス・カラックス監督とタッグを組んだ『ポンヌフの恋人』と『ホーリーモーターズ』も必見の名作です。ミシェル・ゴンドリー、レオス・カラックス、ポン・ジュノという有名監督連名のオムニバス作品『TOKYO!』でもメルド(フランス語でクソ)氏という一度見たら決し忘れられない役を演じています。特に好きな作品でもありませんがドニ・ラヴァンのクセの強さを堪能したい場合には、一見の価値有り。


多分、王家衛監督の『天使の涙』はこの作品の影響を受けているのではないでしょうか。光の反射やカメラワークに同じエスプリを感じます。

最近観た映画で、『汚れた血』を初めて観た時に感じたあの斬新さや衝動に似た味わいがありつつも現代にアップデートされた新しい感覚に圧倒され嬉しくなったのが、ディアオ・イーナン監督の『薄氷の殺人』と『鵞鳥湖の夜』。どちらも非常に美しい作品です。『薄氷の殺人』で特に印象的だったトンネルのシーンは川端康成の『雪国』の冒頭からインスピレーションを得たそうです。カメラワークが非常に巧みな名シーンで、小説から得たインスピレーションを映像表現へと昇華する技術力の高さに見惚れてしまいます。


新しいものを観ることももちろん大事なのですが、でも最近は大好きなものを久しぶりに取り出して見返すことの効能を感じています。懐古趣味にはなりたくないけれど、忘れがちな自分の原点を思い出させてくれるような作品があることはとても心強く感じます。

『汚れた血』すごく好きです。この作品を観ると、生きている間にひとつでも良いから、どんな表現方法なのかはまだわからないけれど、でもなにかこれだけ心底美しいと思えるものを自分でも生み出すことができたらと、そう願わずにはいられなくなります。私にとってこの映画を観ることは、日常の雑事に紛れて目を瞑りがちな根源的人生の欲求を引きずり出してくれる、大切でプライベートな一体験なのでした。



この記事が参加している募集

#映画感想文

66,330件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?