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読書記録

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#コラム

『恥辱』転落する人生の痛みと可笑しみ

ジョン・マクスウェル・クッツェーは南アフリカ出身の小説家。2003年にノーベル賞を受賞しました。今回読んだ『恥辱』は1999年に発表された長編作でイギリスのブッカー賞を受賞しています。とても読み応えのある作品でした。 『恥辱』J・M・クッツェー 舞台はアパルトヘイト撤廃後の南アフリカ。主人公は52歳、離婚歴有り、最近は老いを感じ始めたもののこれまで女性に困ることはなかった大学教授のデヴィッド。週に1度女を買うことで満足していたが、ある日教え子の女学生と関係を持ったことで人

『文盲』生き抜くために綴る外国語

『文盲』は、世界的ベストセラー小説『悪童日記』の著者でハンガリー人作家のアゴタ・クリストフの自伝。母国語ではなく、亡命先で学ばざるを得なかったフランス語で執筆していることで知られています。 アゴタ・クリストフは21歳のとき祖国のハンガリーからスイスへ亡命し、難民として暮らすこととなります。スイスへ逃れついた時、フランス語は彼女にとって未知の言語でした。彼女は成人してからフランス語を学び、フランス語で書き、そして『悪童日記』はフランスの出版社から出版され、ベストセラー作家とな

ときにはわからない本を読む愉しみ『ペドロ・パラモ』

『ペドロ・パラモ』この薄い本を読むのに1ヶ月以上かかりました。今まで読んできたどの小説にも似てなくて、難解で、途中でもうやめようかな…と思ったのも事実。 まず登場人物が多く、名前が覚えられない。名字で呼んだり名前で呼んだり時々変わるのにも混乱。 そして何より前ぶれなく次々に語り手が代わっていく大胆さ。"○○は言った"みたいな分かりやすい地の文もないので、読み進めないと語り手が誰に取って代わったのかわからない。 語り手が代わると同時に時代も前後します。現代と過去、そして過

『何もかも憂鬱な夜に』の圧倒的な衝動

本と書店にまつわるお話をいつも楽しみに読ませてもらっているY2Kさんのnoteでおすすめされていて気になっていた、中村文則さんの『何もかも憂鬱な夜に』。著者の名前は知っていましたが、今っぽい感じがして食わず嫌いしてました。読んでよかったです。noteを読んでいると普段自分では選ばない思いがけない本との出会いのきっかけがあるのが嬉しい。 あらすじ 施設で育ち、今は刑務官として働く「僕」。交差する幼い頃の思い出と現在。顔を知らない両親と夢の記憶。担当する二十歳の未決因と自殺した

映画好きこそ読んでほしい!『蜘蛛女のキス』

マニュエル・プイグ著『蜘蛛女のキス』を初めて読んだのは、大阪の本屋さんで働いていたときのこと。海外文学専門の先輩書店員さんがオススメしてくれたことがきっかけです。彼女は映画や文学への造詣が深く、いつも知らない世界を教えてくれました。確かレイナルド・アレナスの『夜になるまえに』に感銘を受け、「原文で読んでみたい!」との想いでスペイン語を習得し、今ではスペイン語、フランス語、英語で原書を読み、書店の海外文学および洋書コーナーの選書をされています。 ラテンアメリカ文学をほとんど読

『映画もまた編集である』 突き詰めたのちに至る人生の真理

これは、本当に全力でおすすめしたい1冊です。 ページをめくるごとに知的好奇心を揺さぶられ、驚きや発見が尽きず、面白い箇所にドッグイヤーをしていたらドッグイヤーだらけになってしまいました。 原題は"Conversation with Walter Murch"。映画ゴッド・ファーザーシリーズや『地獄の黙示録』の映像・音響編集を担当した稀代の編集者ウォルター・マーチと、『イギリス人の患者』原作者のマイケル・オンダーチェが同書の映画化にあたって編集者として参加していたマーチと出

『ずっとお城で暮らしてる』シャーリィ・ジャクスン

狂人の日記を読んでいるような、いままで疑うこともなかった常識が歪められ、めまいを感じる一冊、シャーリィ・ジャクスン著『ずっとお城で暮らしてる』。 あらすじ 家族が殺された屋敷に住むメアリ・キャサリンと姉のコンスタンス。外界との関わりを断ちふたりきりで過ごす楽園に、従兄のチャールズがやってくることで、閉ざされた美しくも病的な世界に変化が起こり始める。 解説の桜庭一樹さんが呼ぶ”本の形をした怪物”と言う異名に負けない、静かな衝撃作です。 ※本書の桜庭さんの解説に、後述する

『わたしを離さないで』カズオ・イシグロ

知らぬ人はいない名作かと思いますが、いまごろ遅ればせながら読了。最近長編小説を読み切る体力がないなあ、と感じていたのですが、読み始めると止まらない。とても嬉しい。 読書を続けていると、次に読むべき本がわかり、それを読み始めると体にぴったりと合うような、心地よいあの肌感覚が得られる、最上の読書体験ができました。 最近ネットフリックスでアニメばっかり見ているけれど、たまにはじっくり本を読むことが自分にとって必要なことだと思い出します。アニメを見ていると、テンポよくどんどん話が