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読書記録

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#推薦図書

愛と欲 谷崎潤一郎『卍』

人妻園子と年下の学友光子の恋愛を中心に、グルグルと渦巻いてゆく人間模様を描いた谷崎潤一郎の作品です。物語は筆者の元へやってきた園子の告白から始まり、全編を通して園子の言葉で語られます。 初めはただの痴話喧嘩の話かと微笑ましく読んでいたのですが、さすが谷崎潤一郎。ラストの数十ページでどんどん狂気が増していきます。 人間を支配したい欲望、支配されていると分かっていても抜け出せない関係、そして支配されることの心地良さ。人間関係がもつれ合い、騙し合い、駆け引きし、嫉妬に燃え上がる

初めて歴史の面白さを知る 『日本の歴史をよみなおす』

歴史の本にワクワクしたのは初めてです。 歴史といえば、高校の授業。出来事と人物が年号とともに羅列されるだけの時間が退屈で仕方ありませんでした。ただただ記憶しなければいけない科目という印象で、ほとんどが睡眠学習の時間として消化されていきました。教師との相性が科目の好き嫌いに直結してしまうとは、いま思えばもったいないことです。 大人になると本を読んだり人と話したり、ニュースを読んだり社会を考えるときに、歴史を知っておくことの重要性を感じるようになりました。歴史が分からないと今

井上ひさしと141人の仲間たちの作文教室

作文は前置きをバッサリ削って、いきなり核心から入ることが大切。 『井上ひさしと141人の仲間たちの作文教室』を読んでいて、ギクっとしました。 noteを書くとき、だらだらっと意味のない文章を重ねてお茶を濁して書き初めがちです。これはよくありません。 本書曰く、書き出しの良い例は川端康成の『雪国』。『雪国』が素晴らしいのはトンネルを抜けてしまったところから書き始めたところなのだと、井上ひさしさんの解説は明快です。 トンネルに入る前の景色を描写して、長い長いトンネルの中で考

他人の気持ちはわからぬもの 『行人』

夏目漱石というと、学校で習った『こころ』しか読んだことがなかったのですが、少し前に『草枕』を読んで、そのあまりの美しさに仰天しました。 今まで知っていた日本語表現の概念を根底から覆されるような、日本語ってこんなにも美しくなれるのか、という新しい地平線を見たかのような衝撃です。 見たことない表現や読んだことのない漢字の組み合わせがたくさん出てくるのですが、しかし漢字とは便利はもので、読み方がわからなくとも意味を感じ取ることができます。 漢字の持つ絵としての機能のおかげで色彩

哀しいめぐりあわせ 『ハツカネズミと人間』

ジョン・スタインベックの作品の中でも一際短い、わずか150ページほどの作品です。初スタインベック。これなら読めるだろうと手に取りました。 初めはいかにも"翻訳"されている文章に硬さを感じましたが、次第に登場人物それぞれの人柄や顔形が浮かび上がってきて、愛着が湧いてきます。 小柄で鋭く口は悪いけれど面倒見の良いジョージ。純粋なのだけど頭の回転のひどく悪い大男のラリー。昔のアメリカ映画に出てきそうな短気でガサツなカーリー。片腕の老人キャンディと老犬。馬に蹴られたせいで背中の曲

世界を認識する不思議 『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』

今まで『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』を読まずにハルキ悪くないじゃん、なんて思ってたのが恥ずかしい。それに『国境の南、太陽の西』を読んで村上春樹、二度と読むまい!と思っていたのも大間違いでした。 上巻だけが積ん読されていた本作、たまたま下巻を古本屋で見つけ、うっかり読み始めてしまって大正解。 最高に面白いSFファンタジー精神冒険小説です。初めから最後まで、どこを読んでも新しいことばかり。何にも似ていない恐るべき想像力は圧倒的。 恋愛小説を読んでもうハルキは

山崩れを見る文学者の眼 『崩れ』

荒川洋治さんの新しい読書の世界というラジオ番組で耳にして気になった幸田文さん。ブックオフに行ってみると、一冊だけ筆者の本が見つかりました。やった! しかし『崩れ』というタイトルからは内容が想像できません。なんとなく官能小説っぽいタイトルだなあ、それに装丁にも惹かれない。でもあの荒川洋治さんが絶賛していたし、と思ってえいやと購入しました。 人は見かけが8割と言うように、本も装丁でピン!とくる本は読んでみるとやっぱり面白いことが多いです。でも人は見かけで判断できないとも言うよ

懐かしい友と再会するように、本と出会う日

パリの日本食レストラン街であるオペラ座・ピラミッド地区にはBOOK OFFがあります。日本にあるBOOK OFFと同じように中古買取を行っていて、ペーパーバックやDVDのほか、日本語の中古本コーナーがあり、そりゃあ日本の本屋さんに比べると微々たる品揃えです。でもパリ在住の日本人にとっては心のオアシスのような存在です。 この近くにはジュンク堂パリ店もあり最新の書籍や漫画の新刊が手に入るし雑誌の品揃えも豊富。ところが値段は日本の2〜3倍。おいそれと手が出せる品物ではありません。

『美しい星』 三島由紀夫 X 宇宙人

まさか三島由紀夫がSFを書いているとは!と驚いて手に取ったのが『美しい星』。三島由紀夫といえば”高尚な純文学”というイメージでしたが、意外にも『美しい星』の主人公は宇宙人一家。筆者、実は日本空飛ぶ円盤研究会の会員だったそうです。そう聞くと一気に親近感が湧きます。 とは言ってもテレパシーや瞬間移動はなし。科学的根拠がゴリゴリの設定に凝ったSFではありませんし、奇想天外な宇宙旅行物語でもありません。 地球に住む何人かの宇宙人が登場するのと空飛ぶ円盤が出てくる以外は心理描写に重

『サラバ!』 思いがけず自分の嫌ったらしさを発見する

長編小説の世界にどっぷり浸っていると、凝縮された広大な時間を漂うような、独特の快感があります。『サラバ!』は大変読みやすく、勢いよくページをめくることのできる長編でした。 問題ある家庭の物語に特別惹かれます。どうしても他人事として読めないのは、物語の中に無意識のうちに解決策を求めているからでしょう。完璧な家庭なんてどこにも存在していなくて、いかにも幸せそうに見える家族にだってその人たちの間にしか分からない悩みがあるのだと思います。でも家族というテーマあまりにも近すぎて、実生

ところで本ってどうやって読むの?

先日、友人に最近読んだ本の話をしていた時のこと。 「ところで本ってどうやって読むの?」と聞かれてオッと思いました。そんなこと考えたこともありませんでした。「なんで本を読むの?」と聞かれたら「面白いから」と答えるけれど、”どうやって”読むのと聞かれたら、座って本を開いてページをめくるという以外になんと答えましょう? 彼女曰く、もともと本を読む習慣がないとのこと。座って本を開いてじっとしていることができないのだと言います。 その時は具体的でためになるような返答が思い浮かばず、

『リアル・シンデレラ』あの子は本当に不幸なの?

何かイベントがある時にひとりだと、寂しく感じます。でもその時私はひとりだから寂しいのか、イベントと言う"誰かと楽しむべき日"にひとりでいることに寂しいと感じているのか、それともそんな日にひとりでいるなんて寂しい子と誰かから思われるのではと想像して寂しいと感じているのか。ふとそんなことを考えます。 幸せかどうかと言う問いも寂しいかどうかと言う問いに似ていて、果たして自分の基準で測っているのか、世の中のムードによって作られた”自分”の基準で測っているのか、それとも他者の基準で測

『東京セブンローズ』 人をつくるのは国家か言語か

面白い小説を読んでると、どんどん物語の世界にのめり込んでいってしまいます。 面白ければ面白いほどページを閉じても本の世界は止まらず、日常生活が侵食されて行きます。他のことをしつつも頭の中の半分はまだ小説の世界に取り残されていて、上の空。 何か思いつくことがあると、例えば読んでいる内容、その何が面白いのか、どこにどうして感銘を受けたのか、小説の中の状況に対して自分ならどうするか、以前に読んだ本との関連性や現実との対比などなど、誰かに話して聞かせずにはいられなくなります。読ん

一番好きな小説を選ぶなら、谷崎潤一郎の『細雪』

初めて読んだのは10年以上前でしょうか。とてもとても大好きな本なのですが、文庫で三冊と大長編、今まで一から読み返すということがありませんでした。ところが久しぶりにページをめくってみると、一行目からもう関西弁のリズムが心地よく耳に懐かしく響きます。気がつくと最後まで一気に読めてしまっていました。 第二次世界大戦前という時局の割には劇的なことが起こるわけではなく、ただただ日常の細々した出来事や風土、そして蒔岡家の姉妹の心情が微に入り細に入り克明に描写されているだけ。ところが文豪