連載小説「オボステルラ」 【第三章】2話「ツマルタの街にて」(4)
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2話 ツマルタの街にて(4)
食後、ゴナンとリカルドは拠点へ、他の3人は宿屋へと解散した。
ちなみに宿では、ミリアが3人部屋を希望しようとしたのだが、ナイフが「いや、流石にダメよ! 気を使うでしょ、お互いに」と1人で部屋を取り、エレーネとミリアが一緒の部屋だ。不思議と人なつっこい王女である。
「リカルド、大丈夫?」
拠点への帰り道。
ゴナンは心配そうに、隣を歩くリカルドを見上げる。先ほどの一件以来、ずっとリカルドの表情が曇っている。ゴナンの様子から自身のそんな状態に気付いて、リカルドはまた優しく微笑んだ。
「うん、ごめんね。故郷の人には、あまり会いたくなくてね」
「…そう…」
「でも、今日会ったのも、偶然だったのかなあ。20年近くも会っていなかったのに僕の顔が分かるって、不思議だよね」
「……」
「追いかけてくる人がいる」と言っていた。リカルドは、体に刻印された寿命で死んだとき、その場所で幸福をもたらす「ユーの民」の運命を背負わされている。その事実を知るユー村の人がわざわざ追いかけてくるということは、つまり、リカルドが死ぬときにできるだけ近くに居たがっているということだろう。
「さっきのポールはね、僕の父のときも、その次にユーの民が死んだ時も、無理して近くにいようとしていた男らしいんだよ。僕も子どもの頃にやたら声をかけられていたしね。それでこちらは、顔と名前を覚えていた訳なんだけど…」
「……」
「でも残念ながら、ユーの民の幸福は、彼の望むような形ではもたらされていないんだよね。そもそも、特定の人に富を与えるようなものではないし…」
そう冷たく笑ってゴナンを見るリカルド。もしそのようなことができるのなら、自分が死ぬことでゴナンに何かを遺せるのに…、そう思ってしまう。
(ああ、でも、せめて僕が死ぬときにゴナンが近くにいてくれれば、その恩恵に少しでも触れてもらえるんじゃないか…? それか、もし卵を得ることができて願いを叶える段になったら、僕の呪いを外すのではなくて、僕の死でもたらされる幸運をゴナンだけにあげられるよう、願おうか…。そうだ、それでもいい…)
「…リカルド? なんか、顔が怖い…」
ゴナンがリカルドにそう、声をかけた。リカルドはハッとする。
「ああ、ごめん。そんなに怖かった?」
「…うん、なんか…」
心配そうにじっとリカルドを見上げるゴナン。リカルドはくしゃっとゴナンの頭を撫でた。
「もう大丈夫だよ」
「……」
ゴナンはそれでも、心配そうな表情のままだった。
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拠点に戻った途端にゴナンはウトウトとして、寝支度もそこそこに、すぐに眠ってしまった。
早朝から鍛錬に勤しみ、旅路の途中で狩りもして、初めての街にやってきて、満腹になるまでご飯を食べたのだ。今日も1日、全力で動いている、それは眠くもなるだろう。
寝室にゴナンを寝かせ、リカルドはデスクで、ため込んでしまっている研究のレポートと向き合う。
が、心がザワついてまったく進まない。故郷の人と少し話しただけなのに、こんなに心が乱されていることに怒りを覚えてくる。
レポートは諦めてキィ酒でも飲もうと思ったが、この拠点に酒を買い足すのを忘れていたことに気付いて、さらに腹が立った。思わず舌打ちをしてしまい、すぐに自戒する。
(……ああ、ダメだ…。必要以上に気持ちを動かしてはダメだ…)
リカルドはイスに座り、天井を向いてじっと目を閉じる。
あと4年と少しで死ぬとわかっている。“その日”をなるべく心穏やかに迎えられるように、普段から感情を律するように心がけているのだ。
瞑想にも似た時間。頭を空っぽにして、今抱く気持ちのあれこれを忘れるように努め…。
なんとか心の波を凪にして、ふう、と目を開けた。
「…もう、今日は寝るか…」
体を洗い、寝間着に着替えて、ゴナンが先に眠る寝室へと向かう。
と、また発光石の照明がついたままだ。そして相変わらず大きなキングサイズのベッドの隅っこに体を縮めて寝ている。リカルドの寝るスペースをなるべく広く確保しようとしてくれているのだ。
「ふふっ。どれだけ僕の体が大きいと思ってるんだろう?」
リカルドの心は途端に穏やかになった。ゴナンの体をベッドの中央の方に寄せて、自分も入る。
人心地のある寝床は、気持ちいい。リカルドは心の棘がポロポロと剥がれるのを感じる。
(ゴナンがいて、よかったな…。ゴナンがいれば、僕は、大丈夫。ゴナンさえ、いれば……)
そんなことを考えながら、リカルドはすぐに深い眠りへと落ちていった。
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