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連載小説「オボステルラ」 【第三章】11話「その男の正体」(1)


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第三章の登場人物



11話 その男の正体(1)


 リカルド達が鉱山へ乗り込んだ翌日、早朝。ようやく日の出を迎えようという頃合い。

すでにリカルドとナイフ、エレーネが宿の前に集合していた。ミリアは例によって寝癖と格闘中だ。もう少し時間がかかりそうならエレーネが手助けにいく予定だが、ミリアはできる限り自分の手でなおしたいのだそうだ。

「…ナイフちゃん、エレーネ、眠くない? 疲れは大丈夫?」

リカルドはそう、心配げに尋ねる。昨日、帰ってきたのは深夜。しかも長時間の乗馬の往復だった。しかし鉱山までの距離を考えると、今日はなるべく早く街を出発したい。

「…大丈夫よ。警察の方も一緒に動いてくれるそうだから、じきに合流できるわ」

「そうか…。じゃあ、ミリアの準備ができたら、警察の本部に向かおうか」

今朝は朝霧が出ている。まだ宿屋街に人通りはない。しんと静かな雰囲気も相まって、まるで討ち入りにでも行くような高揚感を、霧の白いもやが与えてくる。

 と……。

「!」

 ナイフがすっと警戒して、二人の前に立った。霧の向こうから尋常ではない気配がする。じきにジャラ、ジャラ、という音と、荒い息づかいが聞こえてきた。恐らく、かなり大きな体…。

 と、その気配が近づいてきて、霧中から姿を現した。異様な風貌だ。ナイフも見上げるほどの巨体にボロボロの服を纏い、髪も髭も伸び放題で顔が見えない。右足には足枷。そこから繋がっている鎖を、体中に巻き付けている。服には血も付いている…。そして体全体から、湯気のように熱気が沸いていた。脱獄囚?

ナイフは警戒し殺気を飛ばしながら、二人に声を掛けた。

「リカルド、エレーネ、下がって。ちょっと大変そうな相手よ」

「……リカルド?」

ナイフの言葉に、その巨体の男が反応する。

「…失礼、リカルドとやら。あなたはもしかしたら、この子の…」

そう言って、男が体をひねり、背中側を見せた。そこには、鎖に縛られぐったりと気を失うゴナンの姿があった。彼のベストにも、血がべっとりと付いている。

「…ゴナン……!?」

リカルドはぞわっと総毛立ち、ナイフを押し退けて剣を抜くと、男に向けた。




「…貴様、ゴナンに何をした…! ゴナンを離せ! まさか、お前は、排水溝の…」

「排水溝? あ、いや……、私は…。」

「その血は何だ…。まさか、まさか、ゴナンを…!」

「血?」

その男、ドズは、言われて自身の服を見、ゴナンのベストを見る。鉱山で私兵と戦ったが、返り血を浴びるような下手な斬り方はしていない。これはあの夜の…。

「いや、これは、2人で、チビーの生肉を食べ……」

「ゴナンを渡せ!」

 リカルドは激しい目つきで、ドズの喉元に剣の切っ先をぐっと向けた。こんなにも声を張るリカルドを見たことがないエレーネは、後ろで驚きつつも自身もレイピアに手をかける。

「……」

 しかし、ドズは抵抗せず、そのまま両手を挙げた。その敵意のない様子にナイフは警戒を緩めて、エレーネに剣から手を離すよう指示し、リカルドを制した。

「……待って、リカルド。この人、その、とんでもない見た目をしてはいるけど、ゴナンを連れてきてくれたのじゃないかしら?」

「え?」

と、リカルドの声に反応したのか、ゴナンが目を覚ました。

「……あ…。リカルド…。ゴホッ、ゴホッ……」

「ゴナン…!」

「……すまない、鎖をほどいてもらえないか? 慌てて巻き付けたため、自分でほどけなくなってしまった。この子を降ろしたい。ひどく熱が高い。何か、薬か、治療をしてあげないと」

ドズは努めて穏やかな声で一行に依頼し、体をかがめる。低く良く通る声だ。このような発声をする『職業』にナイフは覚えがあり、警戒を完全に解いた。そして尋ねる。

「いったい、どこから来たの? あなたもゴナンも、とんでもない風体に見えるけど…」

「ここからずっと西の岩地の中にある、小さな鉱山だ。私は望んでそこにいたが、ゴナンは攫われて閉じ込められていた。昨日、鉱山の門の外を訪れて騒ぎを起こしていたのは、貴殿等ではないのか?」

「ええ…、そうよ。やっぱりあそこにいたのね…! 今日もまた行こうとしていたのよ。逃げ出してきたの?」

「やはりか…。行き違いにならずよかった。昨晩脱出し、一晩走ってきた」

「はあ? 走って? 」

ナイフは呆れたように、その巨体の男を見る。あの距離を、ゴナンを背負って、裸足で、一晩走ってきた…?

二人がそんな話をしている横で、リカルドは剣を収める間も惜しく地面に振り落とし、震える手で、ドズとゴナンの体を固定していた鎖をほどいていった。そして、ゴナンを抱えて降ろす。

「ゴ、ゴナン…」

リカルドは、ゴナンの両頬に手を添え、その顔をしっかりと見る。間違いない。ゴナンだ。

「ゴナン…。無事で、よかった、ゴナン……」

そのまま、ゴナンをギュッと抱きしめるリカルド。肩が震えている。

「…リカルド…。…ゴホッ…ゴホッ…」

「熱がとても高いね…。咳が出てる。ケガもしているじゃないか。この血は…? どこが痛い?」

体を離し、ゴナンの状態を確認するリカルド。体のあちこちにすり傷や打撲の痕がある。そして、ベストの大量の血…。一体、何があったのかと心配するリカルドに、ゴナンは泣きそうになりながら答える。

「…血は、チビーの血で……。ケガは生傷ばかりだし、どこも痛くないよ。リカルド…、具合、悪い? どうしたの…?」

「僕のことはどうだっていいんだよ。本当に、よかった…」

自分がボロボロなのに、憔悴し痩せこけたリカルドを気に掛けるゴナン。リカルドは、ゴナンの肩に手を掛けたまま、体を震わせている。

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 と、ナイフが「リカルド、ちょっとどいて」とリカルドをゴナンから引き剥がした。
そして、バチン、とゴナンの頬を叩く。ゴナンはよろめいて、尻餅をついた。

「……!」

「えっ! ナイフちゃん?」

「おい…! ゴナンは今、高熱を出していて…」

突然のナイフの暴挙に、リカルドとドズが狼狽える。ゴナンは頬を押さえて、呆然とした表情。

「…ナイフちゃん…」

「…ゴナン、どうして黙って出ていったの! 皆が心配するって分かっているでしょ!」

「……」

「ナイフ殿。ゴナンは騙されて攫われたと言っている。そんな酷なことを……」

ドズがゴナンをかばうが、ナイフは厳しい口調を緩めない。

「それでも、最初は自分の意志で出ていったんでしょう? しかも、夜中に。どうして、その前にリカルドや、他の誰かに相談しなかったの? 話を聞いてもらえないと思った?」

「……」

ゴナンは唇をぐっと噛みしめる。

「……俺が、いなくても…。巨大鳥探しには、何の影響も、ないし…。別に、いなくても、大丈夫だと思って。俺、何もできないし、いると、逆に、リカルドに負担かける、ばっかりだったから…」

「……ゴナン…、そんな訳、ないじゃない…」

ナイフはしゃがんで、ゴナンに目線を合わせる。

「…ゴナン…。自分が大切にされているってこと、わかって。そして、きちんと話をしてちょうだい。もっと、自分のことを大事にして。お願いだから…」

「……」

感情を押し込めようとしながらも、熱を持ったナイフの言葉と優しい目線に、ゴナンは表情を崩す。

「………ごめんなさい……」

そう口にして、うつむくゴナン。叩かれた頬は痛いが、温かい。ゴナンを想っての厳しさなのだと、ゴナンにもわかっている。そして、このように情を持って叱られる経験は、実はゴナンにとって生まれて初めてのことだった。
謝罪の言葉を繰り返すゴナンの姿を見て、ナイフはほおっと力が抜け、地面に座り込む。

「……はあ…、よかった、本当に……」

その様子を、ドズは微笑みながら見守っていた。きちんとゴナンを見てくれている者達がいることを知り、ほっとしている。この真っすぐな心根の少年が報われて欲しいと願っていた。





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