連載ファンタジー小説「オボステルラ」 【第三章】3話「価値」(5)
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3話 価値(5)
席につくと、ナイフは明るい口調でゴナンに話しかけた。
「さ、ゴナン。お肉を食べるわよ。適当に注文するわね。牛乳もたくさん飲みましょ。ミリアもかしら? 」
「ええ、わたくしも牛乳、いただくわ」
しゃんと背筋を伸ばしてそう応えるミリア。
が、ここでリカルドとナイフはハッと気付く。少しガラが悪い雰囲気のこの食堂。もともと客に女性が見当たらない上に、ミリアの所作の品の良さがとても目立ち、浮いてしまっている。周りの客もチラチラとミリアの方を見ているようだ。
リカルドは少し慌てて、ミリアに小声でアドバイスした。
「ミリア…。不本意かもしれないけど、ちょっと姿勢を悪く…、その、猫背になってみて。そして、『ああ、このメシ、うまいなあ…』みたいな感じの口調で、しゃべりながら下品にご飯を食べるんだ。なるべく、お行儀悪く。今日この場だけでいいから。影武者っぽくね」
「……ええ。わかったわ! 猫背ね!」
ミリアの瞳が輝き、びっくりするくらいぐいっと背中を曲げる。アゴを突き出して両肘をテーブルにつき、心なしか目つきも悪くだるそうな雰囲気を醸し出して、行儀悪さの演出も忘れない。猫背と言うよりはもう、前屈に近いが、リカルドはそれでOKを出す。
と、注文した料理がサーブされてきた。
ありがとう、と品良く店員に礼を述べようとしたが、ミリアは一瞬、考えた。そして…。
「…あ、どうも、どうも」
「……ぷっ」
周りの客に倣ったのか、少し低めの声でぶっきらぼうに礼を述べたミリア。応用が利くタイプのようであるが、ゴナンは思わず吹き出してしまった。
「まあ、ゴナン。何かおかしかったかしら? 教えてくれたら、修正するわ」
「いや…、上手だったけど。全然、似合っていないから、くく…。ミリア、また背筋、伸びてるよ。猫背にならないと。…くくく……」
つい、姿勢を正してしまったミリアにゴナンが指摘し、また慌てて背中を曲げる。普段、無愛想なゴナンには珍しい笑い顔に笑い声である。ようやく、場が和んだ。
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今日も牛乳を何杯もお代わりして、結果、トイレに何度も立つ羽目になったゴナン。周りの雰囲気に慣れないのか、ずっとキョロキョロ落ち着かない様子だったが、お腹が満たされてくると物憂げだった表情も少し明るくなってきたようであった。そんな様子を見て、リカルドもホッとしている。
食事を終わらせ、店を出て解散するとき、ナイフはリカルドに声をかけた。
「ねえ、リカルド。やっぱり私、今日はそちらに泊まりましょうか?」
「……ありがとう。でも、大丈夫だよ」
リカルドは少し硬い微笑みを返す。
「何よ。別にベッドに入れてくれなくても構わないわよ。あなたの高級寝袋を貸してもらえれば」
「ああ、うん、それも気にかかったけど、ゴナンも話せば分かってくれると思うし、心配しないで」
「そう?」
ゴナンのことだけではなく、昨日から故郷の人間に心が乱されているリカルドの方も心配なのだが。
「それに、エレーネの調子が悪いんだったら、ナイフちゃんはミリアの方についていないと。一応、護衛なんだからね」
「一応、ね」
護衛というより母親役担当になっているような気もしないでもないが、ナイフは腰に手を当てて、リカルドを真っすぐ見た。
「……まあ、あなたも、あまり思い詰めすぎないでね」
「? うん、ありがとう」
そうして手を振り、ゴナンを伴って拠点へと戻っていくリカルド。付き合いも随分長いが、彼のこんな“弱い”様子を見るのはかなり久しぶりのような気がする。少し不安げな面持ちで、ナイフは2人を見送った。
帰り道、ゴナンは歩きながらもウトウトし始めた。
「ゴナン、眠い?」
「うん…。お腹いっぱいになったからかな」
大きくあくびをするゴナン。今日も早朝から鍛錬を頑張っていた。ストネを出発して以来、ゴナンは何かにつけて全力で動き続けている。今までの人生でできていなかったことを、必死に取り戻そうとしているかのようだ。リカルドは優しく微笑みかける。
「ゴナン、おぶろうか? 寝てしまっていいから」
「……」
ゴナンは一瞬だけ躊躇ったが、素直に頷いた。眠くて歩くのもしんどい様子だ。そんなゴナンの反応に少しホッとした表情を浮かべて、リカルドはゴナンの前にかがんで、背中を差し出す。
「はい、乗ってきて」
「……ありがとう……」
少し照れくさそうにリカルドの背中に乗るゴナン。まだまだ体は軽い。
よいしょ、とおんぶをして少し歩いていると、ゴナンはすぐにリカルドの耳元で寝息を立て始めた。まるで子どものようだ。
「ふふっ……」
自分に全身を委ねてくれるその体の重みが嬉しくて、つい笑ってしまう。ただ、今日、垣間見えたゴナンの何かの変化にも、きちんと向き合わないといけない。
(もしかしたら、旅をして鳥や卵なんてよくわからないものを追いかけるよりも、働いたり手に職をつけて自立したい、みたいな気持ちになっているのかもしれない…。この街は、そのためには絶好の環境が整っているし。それならそれで、尊重してあげないといけないんだけど…。でも……)
でも、ゴナンと離れたくない、まだ旅を始めたばかりなのに、という思いが、リカルドの考えを占領する。どちらがゴナンのためになるかは、明らかなのだが。
(工房街になんて連れて行かなければ良かった。いや、寝袋の価格を内緒にしていればよかったのかな。それとも…)
そんなことを考えつつ、そんな自分の思考回路がとても自分勝手で子どもじみていることに気付いた。
(……ああ、ゴナンがいないのは、イヤだな…。とてもイヤだ。いくら、自分のエゴだって言われても…)
↓次の話↓
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