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連載ファンタジー小説「オボステルラ」 【第三章】9話「きっかけ」(2)


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第三章の登場人物



9話 きっかけ(2)


 夜。今夜は月が明るい。

「ドズさん…」

御飯の時間。いつものように他の坑夫から一人離れた場所に佇むドズに、ゴナンがソワソワとしながら、なぜか小声で話しかけてくる。

「?」

「…あの、これ……」

そう言って、ゴナンが差し出したのは…。

「…ウサギ…? いや、チビーか…」

ウサギに似た小動物のチビーを手にしていた。食用としても美味しい生き物だ。まだ生きている。

「どうしたんだ、これは?」

「…あの、岩の後ろの上の小さな草むらに獣道が見えたから、何かいると思って、何日か前から草と紐で罠を作って狙ってたんだ。今日、かかってた。チビーは、砂地なんかでも生きてる奴もいるから…」




罠の紐は、自身のバンダナの端を裂いて作ったという。驚きの顔でゴナンを見るドズ。こんなに何もない場所なのに、これほどのことができるとは…。

「いろいろ教えてくれたお礼にお肉をって、思ったんだけど…」

「…ああ、随分、肉なんて食ってないからな、嬉しいよ」

素直に受け取るドズ。しかしゴナンはうつむき顔だ。

「…でも、火が炊けないから、食べられないよね?」

「そうだな、火をおこせたとしても、匂いで周りにバレて大変なことになるな」

「そっか。意味なかったな…。せっかくの肉…。逃がすか……」

そう落ち込むゴナンの頭をポンポン、と撫でるドズ。

「チビーだったら、生肉も美味いぞ」

「……生…?」

ゴナンは驚く。流石に肉を生のままで食べたことはない。

「ああ、しめてすぐなら、問題ないだろう。ただ、内蔵を慎重に取り外す必要があるが…。腸が弾けてしまうと悪臭と毒が付いてしまうから、生食できなくなる。洗浄するための水もないしな」

が、刃物がないことに気付くドズ。歯でかみ切るか、などと考えていたら…。

「さばくのはこれでいけるよ」

とゴナンが、腰の布ベルトの中に潜めていた石を取り出す。

「昼間に、鋭いやつを見つけて、取っておいたんだ」

そう言って、周辺をキョロキョロと見回すと、ちょうど台にできそうな手頃な大きさの岩を見つけてきた。そこで、手慣れた様子でチビーの首元に石を押しつけ、しめにかかる。

「ゴナン。チビーの血管を切ったら、血液を俺の手に注いでくれ」
「? 血液? いいよ」

ゴナンは言われた通り、ドズの大きな手の器の中に血液を落とす。そしてそのまま、慎重に内蔵を外し、皮を削いでいく…。

「…上手いものだな…」
「…これができないと、村では食べ物にありつけなかったから…」
「……」

月明かりしかない中なのに、手早くさばいていくゴナン。あっという間に、肉が切り出された。

「できたよ。これでお礼になるな、よかった。食べてよ」
「ああ、いただこう。だがゴナン、この血液を飲んでみてくれ」
「え?」

ゴナンは驚く。

「このような厳しい環境下では、動物の生き血も貴重な栄養源になるんだ。きっとお前の体のためになる。しかし、時間が経つと血の中に毒が出てしまう。さあ、早く」

ドズが手を差し出す。言われるがままに、ドズの手から血液を飲む。半分くらい減った。

「どうだ?」
「…あんまり美味いものではないけど…、飲めなくはないかな」
「残りはいただくよ」

そう言ってぐっと飲み干す。二人とも手や口周りが血まみれになり、ふふっと笑う。ゴナンは思わずベストで拭ってしまい、血がべっとりと付いてしまった。

「…あ、しまった…」
「これで顔を拭くといい」

そう言ってドズは、自分の上衣の一部をビリッと割いて、ゴナンに差し出した。すでに何ヵ月も着続けてボロボロになっている服だ。多少欠けても障りはない。

「…俺だけでは食べきれないから、一緒に食おう」

「え、そんなわけない」

「いいから。ほら、心臓も食え。精が付くぞ」

「……」

正直、ゴナンの胃はとても肉を欲していた。ドズに渡されるまま、心臓や生肉を恐る恐る口にする。血の味の中に肉のうま味を感じる。焼いた肉とは違う、柔らかな食感…。

「…美味しい…」

「そうだな、美味いな。やっぱり肉はいいな。しかし、生肉はさばきたてしか口にしてはだめだぞ。生のものには、すぐ毒がつくんだ」

そう言うドズにゴナンは頷く。

「……ドズさんは、いろんなことを知ってるんだね」

「そうでもないと思うがな。あの黒い石のことも分からないし。お前の方こそ、知恵がすごいじゃないか」

「……俺? 何の学もないけど……」

「いや、生きる知恵だ。本の勉強も大事だが、生きるための知恵は、そうそう身に付けられるものではない。知識があっても感覚や感性を伴っていないと、使い物にならないからな。お前はもっと誇っていいと思うが」

「……」

リカルドもゴナンの猟をとても褒めてくれていた。そのことを思い出し、ゴナンはぐっと彼方星を見上げる。

この厳しい場所で何日も過ごしていると、リカルド達と過ごした日々はもう遙か彼方だ。いや、今が現実で、みんなで過ごした時間は夢だったのかもしれない。目の前のことに必死になればなるほど、ゴナンはあの楽しかった旅の日々を忘れそうになっていた。

(ストネを出て野営をしたのは、3日。ツマルタの街に着いて2日目に、ここに連れてこられた…。みんなと一緒の俺の旅は、たった、それだけ…)

ここに来て何日が経ったのか、ゴナンには分からなくなっている。

(でも、もう、とても長い時間が過ぎている。きっとリカルド達は、ツマルタを出て巨大鳥を追っているだろうな…。俺がいなくても、鳥を探すのに何の問題もないから…。もし、俺が頑張って働いてここを出られても、ちゃんと追いつけるかな…)

これ以上、考え事をしたくなくなった。思考を振り切るように立ち上がる。

「…ごちそうさま…。俺、もう寝るよ」

「ああ、おやすみ」

 ドズからもらった布で口周りと手をしっかり拭いて、洞の隅っこに構えている自分の寝床へと向かったゴナン。ただ、胸がザワザワしてなかなか寝付けない。バンダナを外し、一度は体を横にしていたが、また体を起こして、ボンヤリ考え事をしながら眠気がくるのを待っていた。



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