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【読書感想】行動経済学が最強の学問である(著:相良 奈美香)

「心理学」と「経済学」が融合してできた「行動経済学」。
経済学の「人間は合理的に行動する」という前提ではカバーできなかった「人間の非合理な意思決定」を解明する学問。
比較的新しい学問のため体系化されていなかったが、本書では各理論を3つのカテゴリに分類、体系化している。


興味を持ったのは数ヶ月前の出来事がきっかけ。
京都アニメーションが『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』の描き下ろし生動画の抽選販売を実施するとの情報が。
自分にとってこの作品は特別で、人生最大の衝撃と感動を受けた作品。視聴後数ヶ月は他のアニメを見る気が起きなかったくらい。
そんな作品の生動画なので、すぐ「欲しい!」とはなったけど金額がまた微妙というか絶妙で…¥13,200。高くはないけど安くもないという。
素晴らしい作品を制作してくださったお礼がしたい気持ちはもちろんあるけど、家庭もあるのでポンとすぐに支払えるような金額でもない。
ここで背中を押したのが抽選という販売方法。
「当たったならしょうがないよね」という言い訳?のようなものをしながら申し込んだ。

これ、ちょっと躊躇するような値段のものを抽選にすることで心理的ハードルを下げられたような気がして。
当たる確率が50%だとしたら支払う金額の期待値は¥6,600みたいな?
実際には抽選せずに全員が当選したことにしちゃえば購入率が上がるよな(京アニさんは絶対そんな汚いマネはしないと思うけど)。
当選した嬉しさもあって、支払う額をそこまで気にしなくなるし。
こういう人の心理を利用したマーケティングって他にもたくさんあるんだろうなと思い、知りたくなった。


本書は人が非合理な意思決定をする要因として「認知のクセ」「状況」「感情」の3つを挙げ、それぞれに分類された行動経済学の各理論を実験とその結果を踏まえながら解説していく。


意思決定に最も影響力があるのが「認知のクセ」で、脳の情報処理の仕方なので常に影響を受ける。
「認知のクセ」の中でも基本となるのが、脳の2つの思考モードである「システム1(直感)vsシステム2(熟考)」。
疲れてる時や時間がない時などはシステム1を使いがち。慣れた作業の場合もだけど、これは脳を使いすぎないために必要なこと。

システム1がもたらす認知のクセとして、臨時収入を浪費しちゃう「メンタル・アカウンティング」、ギャンブルにつぎ込んだお金を回収するためにさらにつぎ込んじゃう「埋没コスト」、確率を忘れて勝手に期待しちゃう「ホットハンド効果」、自分に都合のいい情報ばかり集めてしまう「確証バイアス」など、あるあるな思考パターンがたくさん出てくる。

他にも視覚情報を脳に伝達する際の認知のクセに、抽象的な概念を具体的に比喩する「概念メタファー」がある。細長いものに高級感、低くて幅があるものに安心感や親しみやすさを直感的に感じるとか。
今まで付き合った相手に背の低い子が多い自分はパートナーに安心感を求めているってことかな。アイドルの推し(松浦亜弥、大島優子、山田菜々)にもその傾向がある(笑)。いや、アイドルに安心感を求めるって変だな。
逆に背の高い異性を好む人は高級感や優越感を求めてるのかな。モデルさんは背が高い人が多いし、欧米人に対する劣等感もこれが1つの要因だったりして。


「状況」の項では、気づかないうちに状況が意思決定に影響を及ぼしていることが解説されている。

順番によって記憶の定着度合いに差が出るという「系列位置効果」は、なんとなく感じていたけどやっぱりそうかって感じ。

情報や選択肢は多すぎてもダメで、選択肢は10個が最適という結果も面白い。
多くの選択肢から選びやすくアシストした場合に満足度が上がるというのもなんかわかる。選択肢が多いと安心するけど選ぶのも大変。それでも自分で選択したと思いたい(自律性バイアス)から「本日のおすすめ」を選択して満足しちゃう。

この、自分の意思で決めたと思い込みたい「自律性バイアス」。自分で決めたつもりが、実は周りに決めさせられていたってことは結構ありそう。怖いからあまり考えたくない。
ただ、他人に対して使いこなせば有益で、本書では子どもへのお手伝いを上手くさせる例があった。実践してみよ。

同じ情報の強調箇所の違いで印象を変える「フレーミング効果」、比較対象があることで商品を売れやすくする「おとり効果」、会員登録時にメルマガ購読希望にチェックが最初から入っている「デフォルト」など、消費者として知っておくといい情報が多い。
先に目に入った数値が基準になってしまう「アンカリング効果」とかね。あえてセール前の価格を二重線で消してあると、割引額に引っ張られて単純な価格の検討ができない。


「感情」はフラットであれば意思決定への影響力は低いが、高ぶると影響力が強い。
喜怒哀楽ほどハッキリしないアフェクト(淡い感情)が意思決定に影響を与える機会が多いから、アフェクトを把握しておくことが大事、と。

心理的所有感として挙げられた「保有効果」の実験が興味深い。
自分の持ち物は価値があるという感情なんだけど、ネットショッピングをタブレットでやるか普通のパソコンでやるかで保有効果が異なるというのが驚き。
直接商品に触れるならわかるけど、画面に触れることでも所有感が上がるって、ちょっと信じられない。

感情がお金の使い方にも影響を与える「キャッシュレス効果」、お店のスタンプカードのテクニック「目標勾配効果」は特に身近に感じられた。
そして、行動経済学の観点から見た「幸せになるお金の使い方」を提示してくれている。


AmazonやNetflix、スターバックスなどが仕掛けるテクニックも具体的に解説されていて面白かった。
心理的実験の結果が経済活動に結びつくだけなので、消費者側や企業側としてだけでなく、同僚に対してなど人付き合い全てに応用できる心理学の読み物として興味深く読めた。
自己理解も深まって、自分の思考パターンの理解もできたと思う。

さて、本書を読むきっかけとなった抽選販売に対して、自分はどういう思考だったんだろう。
自分で意思決定したと思いたいという「自律性バイアス」とは逆で、むしろ決定権を放棄しているので当てはまらない。
これはおそらく、システム1(直感)で欲しいって思ったままシステム2(熟考)へ移行しなかったと思われる。
抽選という言い訳というか逃げ道があることによってハードルが下がり、熟考する前に申し込んだ。
さらには、あえて熟考しなかったというのもある。さんざん熟考して申し込んだ時の方が、ハズレた時の精神的ダメージが大きいから。手に入れた時の自分を想像してたりすると、それが実現できなかった時の喪失感が発生する。保有効果のようなものをあえて避けることで、精神的ダメージを減らす。
本書のエピローグにあった「後悔回避」タイプなのが如実に現れてる…。
無事に当選して手に入って、大変満足しております。

そしてもう1つ、購入を悩んだ商品があって。
同じ作品で恐縮なのですが『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』の腕時計(約¥80,000)。
デザインが2種類あって、思い入れのあるエピソードをモチーフにしたものと、デザインに惹かれるものの2択。
ケースのデザインも購買欲を非常にそそられるものだったけど、さすがにこの値段は悩む。腕時計としてはそこまで高くはないんだけど、グッズとしては高い。
これ、買うかどうかを考える前にどちらのデザインを選ぶかを考えてしまって、どちらかに決めた時点でもうだいぶ買う方向に傾いてしまうと思う。
この時はシステム2を作動させ、まずはグッズとしてではなく腕時計としての必要性を考えた。既に2つ所持しており、購入から10数年経った今でも装着時に気分が高揚するROLEXと、妻が婚約時にプレゼントしてくれたCITIZENのもの。さすがに3つ目は要らないかな…。
さらに、京アニさんへの直接的なお布施ではないことも大きい。
本書にあった「幸せになるお金の使い方」にあった他人への投資に近いのかな。
どうせ投資するなら投資先はしっかり吟味したいし、京アニさんへ純度の高い投資をしたい。
ということで、今回はシステム2を作動させた結果、購入は見送ることに。もちろん後ろ髪はめっちゃ引かれてますが(笑)

推し活ってそもそもシステム2で論理的に考えちゃいけないと思うんだよね。好きという直感から始まるものだし、その瞬間を楽しむものだから実用性や将来的にとか考えない方がいい。
そうやって過去に深く考えずに購入してきた結果、引越しの度に少しずつグッズに別れを告げ、今では慎重に吟味するようになってしまったんですけどね。もちろん家庭など環境の変化も要因ではあるけど。
だから、推し活に熱を上げてる人の話を聞くと、過去の自分を見ているようで「それ搾取されてるから、いい加減目を覚ませ」とか言いそうになっちゃうけど我慢。推し活という感情に身を任せることに対して、論理は必要ない。

認知のクセの「システム1(直感)vsシステム2(熟考)」ってまんま非論理vs論理で、結局ここに行き着くのかって思った。
脳の情報処理の基本である以上、この両者の争いは避けられないものなんだな。

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