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強い人になりたかった

相手にも事情があっただろうし。
お互い未熟だったし。
私がこうだったから。
それがあったから今があるし。

もう慣れすぎた、感情に蓋をするための利口な思考を
友人に振り払われて、気付かされる。

「いいよ、そんなの。」  

もはや自分にとってはつよがりでもごまかしでもなんでもなくなった当たり前が、友人にはずっとどう見えていたのだろう。

真面目な話をすると、最後に笑って流したくなる私の癖を、友人は昔からいつも逃さなかった。

何か見透かされているようで、それらを隠したい私は友人の口から出る言葉を待つ時、どこか緊張して身構える。

でもその友人から出るまっすぐな言葉は、違う考えでありながら、私を傷つけたことがない。
ただ一番最初の私の人間らしい感情や、私自身の素直な想いや考えの、思えばいつも味方をしてくれていた。

同じ考えじゃなくても、共感できなくても、それでいいんだって、自分の考えや想いをちゃんと大事にしてほしい。って言ってくれたのはまだ学生の頃。他からみるとひょうひょうとしてる友人の、大人びた考えは、みんな知らなかっただろう。
同じじゃなくても、お互いを分り合おうとできるってすごいことなのだと、社会の中で、大人になって、痛感する。この関係性は、常に私を尊重してくれる友人のおかげなんだろう。


あれがあったから私は成長できた。
あの出会いが今に繋がってる。
そう思えた方が出逢ったものや出来事を大切にできると思ってきた。それは間違えじゃない。
でも、そう思わずには色んなことを乗り越えられなかったのだとも、友人との会話を思い返して気づく。

「いろんな気づきがあってよかったじゃない。」
そんな励ましじゃなく、
この人みたいに、黒い感情さえも、もっと相手の感情そのままに、大事にできる人になれたらなって。憧れる。


悲しかったら悲しかったでいいじゃない。
辛かったら辛かったでいい。嫌いなら嫌いでいい。
弱い自分がいたっていい。


本当に大事なものだけ、大事にしていこ。
後一歩、弱い自分を許せる強さみたいな、、。友人の存在に背中を押される。

でも背中を押すような人じゃ無いのよね。そこに留まらせるような。むしろ強さなんて言葉さえ、その友人の前では振り払われるようだった。



自分の感情を感じきる前に、蓋をしていた私は、誰かの感情にも蓋をすることしかできないままだったかしら。きっともっと感じていい、本当の想いを守っていい。

世の中や誰かに感じてしまった嫌悪感や憎悪さえも流してしまわないで。
偽善者か、どんな目線の話なのかと思われても、自分の柔らかくて純粋な想いもちゃんとそのままに。


大切な人たちは、いつも大事なことに気づかせてくれる。とても大事にされている。私も大切な人たちと、これからも誠実に向き合っていたい。


なんだかやっぱり優れない体調に、
どうしても悔しさを感じてしまう自分を、
友人のおかげで、今日は辞めることができそうだ。

ぁー私、強くて優しい人にずっとなりたかった。




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変わらず雀荘に行ってるらしい
親愛なる友人ぽい、なんだか優しいうた




音楽止めてたけど、今日はまたちょっときく。
ミスチル〜



そういえば島に来たけど、
なんかふと、自分が思っている以上に、
最近の生活に満たされてたってことに気づいたわ☺️
思ってはいたけど、思ってたよりもずっとねー。

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