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憧れの京都が "帰る場所" になった〜神宮丸太町・ただいまと言える宿 NINIROOM〜




ああ、京都に、帰ってきた。


全身が思わず震えたのは、神宮丸太町の交差点に降り立ったときだった。







神宮丸太町。京都駅から、北へ向かって約30分。


鴨川デルタで有名な、出町柳の手前。大きな鴨川の流れの上を、これまた大きな橋が、ぐうんと伸びて、町と町をつないでいる。


そよ風が揺らす、草の明るい緑。橋の上から覗くと、川底の石の形がわかるほど透き通った、煌めく水面。


犬の散歩をするおじさんや、小さな子供の手を引く若いお母さん。自転車で颯爽と走る高校生。のどかな風景。何気ない日常。


京都駅のホームに降りたときも、祇園四条の通りを歩いたときも、わたしの心は動かなかった。だけどここに降り立った瞬間、途端に「帰ってきた」という実感が、ふつふつと身体の底から湧き上がってきたのだ。




「帰ってきた」。


冒頭ではそう書いたけれど、わたしは京都出身でもなければ、京都に住んだこともない。もはや関西圏に住んだことすらなく、家族も親戚も、みんな関東か東北にいる。社会人になるまでは、静岡県より西に行ったことなんて、片手で数えるほどしかなかった。


そんなわたしは「帰ってきた」という言葉から誰よりも遠い存在であるはずなのに、今となってはそんな言葉を無意識に使ってしまうほど、京都が身近な場所になっている。


数年前までは、縁もゆかりもない「憧れの場所」だった、京都。


それが「帰る場所」になるきっかけを作ってくれたのは、3年前のできごとだった。




***



3年前、わたしは人生ではじめての「ひとり旅」をした。行き先は、幼い頃から憧れていた京都。


新卒1年目が終わる頃。社会に揉まれ、わたしは自分という人間の価値がさっぱりわからなくなり、「すべてを捨てて、どこか遠くへ行きたい」と思いながら日々を過ごしていた。


そんなとき、ふと浮かんだのは「京都に行こうかな」という考えだった。


大学の頃、何度か旅行で訪れた京都は、昔から憧れの場所で、好きなものが詰まっている場所でもあった。


観光地を、それも誰かと一緒に回ったことしかない。だけど、ひとりで行くなら少しでも知っている場所が安心だ。


そんな考えもあって、次第に「人生初のひとり旅は、京都しかない」と思いはじめた。







とはいえ、その頃の自分にはまだ覚悟が足りなかった。(今の自分が聞いたら、ひとり旅とはいえ国内旅行で「覚悟」だなんて大袈裟だなあと思うのだけど)


「行こうかな」とは思ったものの、ひとり旅なんてしたことがないし、その頃は、東京都内でも「ひとりで何かをする」ということがほとんどなかったわたしは、きっかけを掴めずにいた。


今となってはひとりでカフェに行ったり食事をしたり、映画を観たり美術館に行ったりと、ひとりで行動する方が多くなったのだけれど、当時は何をするにも、友達や恋人、家族と一緒だった。


だけどそのときは、どうしても一度、ひとりになりたかった。ひとりになって、自分を取り戻したい。そんな想いを燻らせていた。


そんなとき偶然出会ったのが、京都出身という他部署の先輩だった。


「京都出身」というワードを耳にした途端つい嬉しくなって、初対面の彼に対して「自分がいかに京都を愛しているのか」を熱弁すると、「来月、京都でイベントやるから、よかったらおいで」と誘ってくれたのだった。


後日、「まさか本当にくるとは思わなかった」と先輩に笑われたのだけど、そのときの自分の行動力は今でも褒めてあげたいくらい、この判断は人生の転換点になった。







そうして3年前の3月、わたしは人生初の「ひとり旅」に出た。


そのときは、先輩やイベントで出会った人たち、大阪に住んでいた大学の頃の友達と会っていたから、ひとりの時間は多くはなかった。


だからあまり「ひとり旅」という感じはしなかったのだけれど、それでもわたしにとっては大きな一歩だった。


そして、そのとき拠点にしていたのが、神宮丸太町のゲストハウスNINIROOM


京都にはそれまでも何度か訪れていたけれど、友達や恋人との旅行では、祇園四条や河原町、嵐山などいわゆる「観光地」を訪れることの方が多かった。


宿泊していた場所も、八坂神社や清水寺の近くなど、そういった観光地へのアクセスがいい旅館がほとんど。


その頃はこういった場所を訪れて、「ああ、自分は京都に来たんだなあ」という実感に満たされていた。当時のわたしは、「京都好きの、ひとりの観光客」だった。







けれど、このひとり旅は少し違った。


神宮丸太町を拠点に、一乗寺の書店を巡ったり、周辺の喫茶店をはしごしたり、鴨川沿いにある喫茶店で朝、チーズトーストにかぶりついたり、パンを買って河原で食べたり、という「旅行らしくないこと」をして過ごしてみたのだ。


最初は「観光地には行かず、マイナーな場所に訪れることを楽しんでいる自分」に高揚し、「憧れの京都で、日常のような時間を過ごしている」という事実に、ひたひたと溢れる幸福感を噛み締めていた。


けれどそれも次第に身体に馴染んでいき、「特別なことをしている」というより「日常の小さな幸せを感じている」という感覚に近くなっていった。旅と日常が溶け合って、グラデーションになっていくようだった。


そんな4日間を過ごした場所が、神宮丸太町だった。
言ってしまえば、ただそれだけのこと。


だけど、その体験は自分にとっての「京都の日常の原風景」を生み出すきっかけになったのだと思う。


旅の真ん中にはいつも、神宮丸太町の橋の上から眺めた鴨川があった。


朝も昼も夜も、変わらずそこをゆったりと流れる鴨川を眺めると、身体の底から元気が湧いてくる。自分にとって "映画や小説の舞台" だった鴨川は、京都での日常にある「いつもの風景」になっていた。

この小さな坂を降りていくときの胸の高鳴りは、今でも健在。




その旅を経て、京都には定期的に足を運ぶようになった。人生初のひとり旅をした2019年、わたしは3度も京都を訪れた。


けれど、2020年に突入すると気軽に移動ができなくなった。その結果、京都はもちろん、自分の家と会社の往復しかできない日々が続いた。


身体の真ん中にぽっかりと穴が空いて、そこを何で埋めたらいいのかわからないまま時が過ぎ、気づいたときには京都に行く理由どころか旅をする理由すらわからなくなってしまっていた。


2021年の春のこと。はじめて京都をひとりで訪れたときから、もう2年が経とうとしていた。



「理由なんて何だっていい。いま京都に行くことに、意味があるんだ。」



半ば強引に自分にそう言い聞かせて、深夜の勢いで往復の新幹線と2年前に拠点にしていたホステルを予約する。


今回は今までの旅とは違い、完全に「ひとりの」旅だった。



ひとりになりたい。自分を取り戻したい。



転職したと同時に世界が大病の渦に飲み込まれ、それでも必死に走り続けて心身ともに疲れ切っていた。そしてこのときも、自分を見失っていた。


自分のことを知っている人が、誰もいない場所に行きたい。
だけど完全にひとりは心細いから、誰かがいる場所で過ごしたい。


そんな想いで、わたしは無意識に2年前に泊まったNINIROOMを滞在場所に決めていた。




***



神宮丸太町のバス停を降りて、NINIROOMを目指す。方向を確認するために一応Googleマップを開いたけれど、身体が道のりを覚えていて驚いた。


方向音痴で、一度建物の中に入るとどっちの方向から来たのかわからなくなる人間でも、好きな場所への道のりは覚えているものなんだなあと、なんだか感動してしまう。


鴨川に挨拶をしてから、横断歩道を渡る。
しばらく歩き、お寺を通り過ぎてから左に曲がる。


白地にポップなゴシック体の文字が、目に飛び込んでくる。ホステルの看板と、入り口付近に並んでいる自転車には見覚えがあった。


引き戸を開けると、お兄さんが笑顔で出迎えてくれる。


「あ、あのときの……!」


マスク越しでも、その優しそうな目元を見て、すぐに2年前にわたしを出迎えてくれたのと同じ人物だとわかった。


「カウンターの位置、変わったんですね」


そんな変化に気づいて話題にしてみると、


「そうなんですよ!最近模様替えして。たしか、2年前にもいらっしゃってたんですよね?おかえりなさい。」


そう言って柔らかな笑顔を向けてくれるお兄さんの笑顔に、ほわほわと心があたたまっていく。

NINIROOMの入り口。




宿泊のルールを簡単に説明してもらい、スーツケースを両手で持ち上げながら3階へと上がる。


1階から2階へ上がる階段の壁は、モスグリーン。
そして、3階に上がるとそれはラベンダーになる。


ああ、そうだそうだ、こんな色だった。
ひとつひとつ確認するように、壁や天井を、くまなく見回す。

フロアごとに、壁の色が違う。




3階に到着すると、ふわっと木の香りがした。
ああ、この匂い。覚えてる、と思う。


靴を脱いで草履に履き替え、回れ右をすると、わたしの部屋がある。


301号室。


2年前にも、泊まっていた部屋。
たくさんの思い出が詰まった空間。


暗証番号を押して扉を開けると、懐かしさがぶわっと込み上げてきて、ああ帰ってきたんだ、と泣きそうになる。


「ただいま。」


真っ先に、言葉が自分の口を突いた。


帰ってきた。
わたしはここに、帰ってきたんだ。


思い出が詰まった部屋。そしてこれからも、たくさんの思い出が増えていく予感がしている、京都の部屋。


ふかふかのベッドの触り心地やカーテンの隙間から入る陽の光、コンクリートの壁のひんやりとした冷たさ、いつまでも新しい木の匂いがする机。


それらの一つ一つに目を細め、「ただいま」と挨拶をして、ここに戻ってきたことを、全身で噛み締める。

部屋に置いてあるデスクは、ちょうどいいサイズ。




身支度をして1階に降りていくと、カフェスペースには人が増えていた。


中央のテーブルでPC作業をしていたお兄さんと、ショートヘアの小柄な女の子が「これからお出かけですか?」「どこに行くの?」と話しかけてくれる。

そして、夕飯をどこで食べるか迷っていることを話すと、「今夜は日本酒パーティーをするから、一緒にどう?」と誘ってくれた。わたしは喜んで「ぜひ!」と応じる。初対面とは思えないほど、自然なやりとりだった。


そして、今晩ここに帰ってきたとき、誰かが待ってくれているというのは心強いなあと思った。2年ぶりのひとり旅で少し緊張していたけれど、やっぱり宿泊場所をここにして、よかった。


そう思いながら外に出ようとすると、「いってらっしゃい!」と明るい声で彼らが手を振ってくれた。


そうだ。ここはいつでも「いってきます」と「いってらっしゃい」、「ただいま」と「おかえり」が飛び交う場所だった。


少しずつ思い出し、ほぐれてゆく心をたしかめながら、こちらも笑顔で「いってきます!」と返事をする。


なんだかもう、この数分間のやりとりだけで、心と身体が元気になっているような気がした。







旅先で、「いってきます」や「ただいま」が言える場所があること。


それだけでわたしは安心して新しい場所に出かけられるし、ひとりでどこまでも行ける。そう思える。


帰ってくる場所があるから。
そこには「おかえり」と言ってくれる人がいるから。


そして何より、ここには日常の「暮らし」があるから。


はじめて京都を訪れ、観光地を歩いて「ここが京都かあ」と感動していた大学時代。はじめて「ひとり旅」をして、新しい人と出会い、友達ができ、自分のお気に入りの過ごし方を見つけた24歳の終わり。


そして、はじめて「帰ってきた」と全身で感じた、26歳の春。


7度目にして、「ここが、わたしが帰りたい場所だ」と思える京都を見つけた。憧れでもなく、片思いでもなく、自分が町やそこで出会う人たちに受け入れられている、溶け込むことができている、自然体でいられている感覚。


憧れだった土地に自分が帰る場所ができ、そこには変わらない風景と、新しい出会いがある。


ホステルを中心に、神宮丸太町という町全体が、「自分が自分でいられる場所」になる。そんな喜びが、心のなかに満ちていく。



ようやく見つけた、わたしの京都。



ここでわたしは、もっとたくさんの日常を過ごしたい。もっとたくさんの景色や人に出会いたい。もっといろんな顔が見たい。そう強く思った。




***



そしてこの春、神宮丸太町のこの部屋に、3度目の滞在をする。

今回は、ひとりではなく "ふたり" で。


「この先もわたしは、何度もここへ帰ってくるのだろうな」と思っていた場所に、まさか自分以外の人と一緒に訪れる日がくるとは、想像もしていなかった。


だけど、自分の好きな場所に好きな人が来てくれる、というのはこの上なく嬉しいものだ。それこそ自分の家のように、得意げに部屋まで案内する自分の姿が想像できる。


そして今回も、朝起きてパン屋さんに向かい、パンを買って鴨川沿いで食べ、書店で買った本を喫茶店で読み、日が暮れると「ただいま」と言って家の扉を開けるのだろう。


いつかわたしが「おかえり」と言って誰かを迎える未来もくるかもしれない。そんなことを想像しながら、わたしはこの春も、「京都にできた、もう一つのお部屋」に帰る日を、心待ちにしている。



***

この春の滞在で3度目になる、神宮丸太町のHOSTEL NINIROOM。




【おまけ】何度も通いたい、愛しいお店たち。


◯アイタルガボン(神宮丸太町)
オイルパスタが絶品!小腹を満たしつつ、本を読みながら甘いものまでしっかり堪能できる、至れり尽くせりなカフェ。隣にある誠光社で本を買って、ここで読むのがお気に入りの過ごし方。

◯あおいろ珈琲(一乗寺)
ゆっくり静かに考えごとをしたり、本を読んだりするのにこれ以上ない、「ひとりのお客さん」への優しさと細やかな気遣いの詰まった空間。珈琲の香りに包まれ、コポコポという音を聴きながら過ごす時間は、心を穏やかにしてくれる。


◯ウグイス(茶山)
お昼からワインを飲みながら、ひとり分のふかふかな椅子に身を委ね読書ができる、この世の天国のようなカフェ。野菜たっぷりのランチプレートや甘いものをお供に、幸せ時間が過ごせます。


旅の様子はInstagramにまとめています𓂃𓂂𓏸




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